第6話 狐狗狸さん 肆
確かに、高校生四人がスコップを持って歩いていれば視線も集めよう。それが高校生じゃなくても同じ事だ。
「スコップって、割とすんのな……」
「必要経費だと思って諦めろよ。俺はもう諦めた」
家に寄ってスコップを取りに行く余裕も無し。仕方なしに四人は道中にあった個人経営のこじんまりとしたお店でスコップを四本買った。
それからバスに乗って移動して、少し歩いた先に目的地の稲荷神社はあった。
「うわぁ……こりゃ酷ぇ……」
思わず、花菱がこぼす。
神社事態に問題は無い。しかし、問題はその横だ。
神社は山の麓よりも少し上の方にあり、少し長い階段を上ったところにあった。山の中腹とは言わずとも、中腹からやや下ら辺に位置している。
山の中腹よりやや下にある神社よりも上から、山の斜面は地肌が見えており、鬱蒼と生い茂った山の斜面との差異をありありと四人に見せつけている。
その光景を見て、好は頤に手を当てる。
「ふむ……少々不味いな……」
「何が?」
「土砂崩れの規模が思った以上に大きい。それに、御神体は神社の中では無く外にあるはずだ。となれば御神体おそらく岩だろう。岩の大きさは分からないが、その岩がどこまで流されたのか、まるで見当がつかない」
一週間も前の事なのに業者が見つけ出せていない理由に納得だ。これほどの規模であるのならば、見つけ出すには相当苦労するだろう。
木の撤去作業から始まり、そこから御神体を掘り起こす。
これだけ木が鬱蒼と生い茂っているのだ。撤去作業も簡単では無いだろう。
「……来たところで、木の撤去がされている場所を掘り起こすしか無いか……」
見たところ、撤去された木は三分の一程度。業者は御神体の採掘にはまだ手を付けていないだろう。
焦っていたと言えば聞こえはいいが、実際には考えが及んでいなかった。
何せ、好は土砂崩れの現場を見た事が無い。知識は持っていたし、推理に重要な
けれど、木々が残っている事、また、その規模などは
これでは、完全に無駄足だ。
「いや、まだだ。採掘にはまだ手を付けていないはずだ。なら、そこの採掘を私達がすればいい」
そうだ。まだ完全に無駄足と決まった訳では無い。美々花にはもう時間が無い。出来る事は、一日でも早く進めておくべきだ。
そうと決まれば神主に許可を得る必要がある。そこには霧生も一緒に居るだろう。何せ、駐車場に霧生の愛車である赤のスポーツカーが停められていた。
踵を返して向かおうとしたその時、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ま、た、お前はぁ!! 俺をこき使いやがって!!」
「ああ、霧生さん」
「ああ。じゃない!! すかした顔しやがってお前は!!」
四人の元にやって来たのはスーツに身を包んだ髪を派手な金色に染めた長身の男だった。
彼が二人の知り合いの刑事
およそ刑事には見えないような風体ではあるけれど、正真正銘の刑事である。
「こんばんは、霧生さん」
「はいこんばんはー。って、だから違うっての! またお前等は面倒くせぇ事に首突っ込みやがって!」
「文句は後にしてください。それで、許可はいただけたんですか?」
「文句じゃくて説教だよ!! 許可は貰ったよだいぶ渋られたけどな!!」
「そりゃあ、土砂崩れのあった場所に子供達を入らせるわけにはいかないですからね」
がなる霧生の後ろから、神主と思しき男性がやって来る。
「ですから、そこは自己責任ですよ、自己責任。危険は承知してますって。なぁ、お前等……って、なんか人数増えてる!? え、お前等二人は知らないんだけど!?」
「まぁ、言ってませんからね」
「いや言えやボケェ!! こっちはお前等二人だと思ってたわ!!」
「一人増えようが二人増えようが変わらないでしょう。さ、許可が貰えたなら行きましょう。今は一分一秒が惜しい」
「いやだいぶ変わるわ! お前等分かってると思うけどな、何かあったら俺の責任になんの!! 分かる!?」
「何も無ければ良いだけの話です。それに、これくらい今更でしょう?」
「そうだけど!! 二次災害甘く見んな馬鹿!! っておい!! 勝手に進むな馬鹿タレ!!」
霧生を説き伏せる時間が惜しいとばかりに好は歩を進める。
「諦めて、霧生さん。ちょっと、今は時間が無いからさ」
ごめんねとばかりにウィンク一つして、茨は好の後に続く。
すんませんと一つ謝ってから、二人も後に続く。
「あーもう!! 何度も言うけどな!! 怒られるの俺なんだからな!? 絶対ぇ怪我すんじゃねぇぞ!?」
負け犬の遠吠えとは違うけれど、霧生は大声で四人に言う。
「だって」
「多少の怪我には目を瞑ってくれるだろう。私達は私達のやるべき事をするだけだ。……まぁ、だいぶ途方も無いがな……」
土砂崩れの範囲が広く、すでに日も落ちかけている。あと一時間もしない内に夜になるだろう。夜になれば、作業効率も落ちるだろう。
今日中に見つける事は、恐らく出来ない。見付けられたとしても、四人では掘り起こす事も出来ないだろう。
けれど、やるしかない。それが最善手であり、今四人に出来る事なのだから。
制服の上を脱ぎ、適当な場所にバックと一緒に置く。
「さて、宝探しの時間だ」
スコップを担ぎ、土砂崩れのあった地に降りる。
「分散してやるよりも、四人で一斉に範囲を絞ってとりかかろう」
「でも、それじゃあ効率悪く無いか?」
「範囲が広すぎる。人が多ければ分散してもいいかもしれないが、今は四人しかいない。なら、岩に見える物を片っ端から掘っていった方が効率的だろう」
岩が完全に地面に埋まっているのであればその方法は効率的ではない。けれど、それ以外に手段が無い。なら、そうするしかない。
「良し。では始めるぞ」
「うん」
「ああ」
「おう!」
早速、四人は御神体の発掘に取り掛かる。
余計なお喋りもせず、四人は岩に見える物の周囲を片っ端から掘り起こしていく。
しかし、そう簡単な作業ではない。足場が悪く、視界も不明瞭になっていく。
慣れている者でも土を掘り起こすのには体力を奪われるし、何より目的の物がそこに埋まっているとは限らないのだ。
御神体じゃ無かった時の精神的ショックは大きいだろう。
それでも、四人は黙々と地面を掘る。
汗を流し、手を汚しながら。
予想していた通り、小一時間もしない内に日は暮れ、周囲が見えなくなる。
頼りになるのは薄い月明りだけ。
「くそっ……どこにあんだよ、御神体ってのは……!!」
「口では無く手を動かせ」
「やってるだろ! くそっ……これで見当違いだったら許さねぇからな……!!」
見当違いでは無いだろう。もしそうであったのなら、茨が気付くはずだ。
茨は霊的な感覚が好よりも鋭い。御神体が無事であれば、まず茨がそう指摘するはずだ。
その茨が何も言わずに黙々と作業をしているのであれば、御神体は好の読み通りに土砂崩れに巻き込まれているはずだ。
当の茨は、必死に御神体の位置を特定しようと地面を掘りながらも周囲に目を向けている。
しかし、御神体の反応があまりにもふんわりとしていて不明瞭なのだ。この辺にある、というのは分かるのだけれど、明確に何処にあるのかが分からない。
幸い、あると分かっている場所の木はどかされているので地面を掘るのには困らないけれど、それでも範囲が広すぎる。
三人の様子を見れば、三人とも呼吸を乱している。当たり前だ。見つかるかも分からない御神体を探して今までずっと地面を掘っていたのだ。体力的な疲労もあるだろうけれど、精神的な疲労も大きいだろう。
今日は無理かもしれない。なら、明日……。
茨がそう提案しようとした時、カッと急に明かりが点く。
何事かと目を向ければ、そこには工事現場でよく見かけるバルーン投光器が置かれていた。
「ったく! まだ見つかってねぇのかよ」
そして、バルーン投光器の横に立った人物が四人の元へと小走りにやって来る。
逆光で見辛かったけれど、やって来たのはジャージ姿にスコップを持った霧生だった。
「此処掘りゃ良いのか? さっさと終わらせて帰んぞ」
言って、霧生は四人が掘っていた場所を掘り始める。
「なんで……」
「ああ? ガキ残して
「……なんで着替えてるんですか? 私達は着替えてないのに……」
「そこ別に良くねぇか!? 愛車に汚れたまま乗れっかっての! 良いから手ぇ動かせよ! 帰ってドラマ見てぇんだからよ!」
今日はみいちゃんの出番がうんたらこーたらとぶちぶちと文句を言いながらも、霧生は手を動かす。
見れば分かる。ジャージは新品で、手に持ったスコップだって新品だ。それどころか、靴だって新品だ。
四人を手伝うためにわざわざ買ってきたのだろう。バルーン投光器だって、頭を下げて業者の人に借りたのだろう。
「おら、お前等も軍手付けろ。ったく、なんでスコップは買ってきて軍手は買ってねぇんだよ」
言いながら、霧生はポケットの中から人数分の軍手を取り出して投げてよこす。
慣れない作業をしていたせいだろう。皆の手には
見た目の柄は悪い。言葉遣いだって荒い。けれど、人として大切なモノを持っている大人だと、好は常々思っている。
「ありがとうございます」
「いーから手ぇ動かせ。録画してあっけど、俺はリアタイ派なんだよ」
好のお礼に、煩わしそうに言葉を返す霧生。
これ以上の言葉は、今は必要無いだろう。感謝は、結果で返せば良い。
しかして、四人が五人に増えただけ。バルーン投光器の明かりがあっても、夜間の作業のし辛さは残る。
何か、何か手掛りさえあれば……。
地面を掘りながら、好は考える。
しかし、あまりに反意が広すぎる。それに加えて、岩というだけでは
抜かった……。そこの判別が出来なければ、大きな岩を掘り出したとしても徒労に終わってしまう……!
どうすれば。
そう考えている時、茨の手が止まっている事に気付く。
「……ワトソン君?」
「おい! 手ぇ止めてんじゃねぇよ! もうへばったのか!?」
「違う。アレ、見える?」
言って、茨は指でとある方向を指し示す。
いったん全員が手を止めて、茨の指し示す方向を見る。
「んだ、あれ……?」
「犬、いや、狐か?」
茨の指し示す方向には一匹の狐が立っていた。
「良かった。皆に見えてるって事は、幽霊の類いじゃないんだね」
「幽霊って、怖い事言うなよお前……」
「いや、今更だろ……」
五人に気付かれたにも関わらず、狐はこちらを見ているだけで動こうとしない。
「……っ、まさか!」
「うん、多分そのまさかだと思う」
「え、何が?」
「いや、これは気付けよ花菱」
「え、だから何!? どゆこと!?」
「話しは見えねぇけど、なるほどなぁ」
「だから何!? 何のこと!?」
四人は光明が見えたように晴れやかな表情になって狐の元へと向かう。花菱だけは何が何やら分からずに四人に着いて行く。
狐はまるで目印をつけるように二、三回穴を掘ってからその場を後にした。
狐が去った後の場所に、好がスコップを突き立てる。
「宝の地図に目印が付いた。さぁ、後は見つけるだけだ」
腰を落とし、目一杯土を掘り出す。
他の者も習って、目印の周辺に穴を掘る。
花菱もやっとこさ理解が追いついたのか、黙って地面を掘る。
それから少しして、がきぃんっと一層硬質な音が響き渡った。
全員が音のした方に顔を向ける。
「え、え? もしかして!?」
花菱は声に気色を乗せてその場を掘る。
そして、しっかりとした感触がありつつも岩や土とも違う感触の物にスコップが当たる。
「あった……あった!! 多分これだろ!? なんかよく神社にある縄みたいなのついてるし!!」
花菱が掘り当てたのは
間違いなく、当たりだ。
「この周辺を掘ろう。確実に全容が見えてから、新藤さんに連絡を入れる」
「おうよ!! っしゃあ!! 希望が見えてきたぁ!!」
「ああ! さっさと見つけて、新藤を助けてやらないとな!」
花菱と目盛は先程までの疲れはどこへやら。先程よりも軽快に地面を掘り進める。
「御神体だ。丁重に頼むぞ」
それだけ注意をして、好も地面を掘り進める。
ざく、ざく、と地面を掘る音だけが夜の森に鳴る。
疲れも忘れ、時間も忘れ、彼等はスコップを動かし続けた。
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