第5話 狐狗狸さん 参

 好の気迫に押され、茨の鋭さに気圧され、三人は洗いざらい全てを話した。


 一つ。使用した道具は全て先輩から借りた物である事。


 一つ。降霊の際に目盛の血を少量使用している事。


 一つ。お供え物として油揚げを置いていた事。


 一つ。助けての言葉の後に、美々花が指を離してしまった事。


 大まかな流れは花菱が話した通り。しかし、新しい情報が二つほど出て来た。


 だからこそ、好には一つ分からない事がある。


 目盛にこっくりさんのやり方を教え、更には一度降霊に成功していると言われている紙と十円玉を渡した先輩とやらは、その危険性を知っているはずだ。


 血を使い、お供え物すら用意したのであれば、今程ではないにしろ危険な状況にはなったはずだ。


 それを知っていて教えた? 遊びの域を超えた物を簡単に教えるだろうか? それとも、先輩とやらは失敗したのだろうか? だからこそ、教えた……いや、有り得ない。失敗していたのならこっくりさんを実際に呼び出した紙だなんて言わないはずだ。失敗したそんな物を取っておく意味が無い。


 呼んだと言う事実はあるはずだ。遊び程度で済んだのか? それとも――


 思考の坩堝るつぼに陥った好の耳に乾いた大きな音が乱入する。


「――っ」


 音の方を見れば、茨が笑みを浮かべて手を合わせていた。茨が一つ手を鳴らしたのだ。


「ホームズ。脱線してるでしょ? それは後で良いんじゃない?」


「……ああ、そうだな」


 確かに、今重要なのは先輩とやらの真意ではない。そこは、この件が片付いてから考えれば良いだろう。


「三人の説明を聞いて、仮説にかなりの補完が出来た。最初に立てた仮説で間違い無いはずだ。後は、今調べて貰っている事の報告次第だな」


「それ次第で、美々花さんは元に戻るの?」


「ああ。ただ、実際にやってみない事には分からない。いかんせん、霊的な事象だ。必ずしも正解がある訳ではないし、必ずしも成功する訳でもない。だが、やってみる価値は十分にある」


 好の言葉で皆の表情から少しばかり堅さが取れる。


 今まで見えなかった光明が見え始めたのだ。緊張が少し解けても仕方ないだろう。


「その、仮説って言うのを聞かせて貰っても良いかしら? 私達も、何か出来る事があるかもしれないし……」


 新藤の母親がおずおずと申し出る。


 本来であれば仮説を話す事は躊躇われる。何せ、確証が無い事だ。ぬか喜びをさせるかもしれないし、早とちりをしてやって欲しくない行動に移る可能性もある。


 しかし、子を思う親の気持ちを蔑ろにも出来ない。


「良いでしょう。ただし、まだ仮説です。勝手な行動はしないと約束をしてください」


「分かったわ」


「君達も良いな?」


 他の面々にも確認を取れば、皆一様に頷く。


「では、僭越ながら説明の方をさせていただこう。まず、彼女に憑いている者についてだ。率直に言えば、あれは山神と言われるものだ」


「山神……?」


「ああ。性格や祀り方は、山に住む民と農家を営む民で別々だが……まぁ、そこら辺の事情は良いだろう。今回に限っては、関係の無い事だしな」


「山神って、山の神様って事でしょ? その神様が、なんで美々花さんに?」


「てか、本当にその山神なのか? 正直、神様が憑いてるなんて言われてもなぁ……」


「私には何が憑いているか分からなかったが、ワトソン君はどの霊能力者よりも優れた目を持っている。私が見てきた霊能力者の中でも、ワトソン君はトップクラスだ。ワトソン君が言うなら、まず間違い無いだろう」


 好の言葉に、全員の視線が茨に向けられる。


 全員の視線が向いても、茨はにこにこと余裕の笑みを絶やさない。


「さて、何故山神が美々花さんに憑いてしまったかだが、まず大前提としてこっくりさんが原因である事は間違いが無い。あれは占いであると同時に降霊術だからな」


「でも、血とか油揚げ使ったとして、本当にその山神とやらが来るものなの? 神様なんでしょ?」


「そこは私も疑問に思ったが、その日は珍しく雨が降っていた。それなりの降水量だった事に加え、その日は山間部で土砂崩れが起きている」


 茨はリュックからタブレット端末を取り出して、その日のネットニュースの載ったページを表示してテーブルの上に置く。


 そこには、確かに山間部で土砂崩れがあった事が記されていた。


「よく憶えてたわね」


「記憶力には自信があるのでね。まぁ、この土砂崩れに神社が巻き込まれているかは分からないがな」


「でも、この土砂崩れとこっくりさんに何の関係があるんだ?」


 花菱の問いに、好は淀みない口調で答える。


「山神は文字通り山の神様だ。山間部にある神社が山神を祀っていたとしても不思議ではない。それが土砂崩れに神社が巻き込まれ、御神体が土に埋もれているのであれば、山神が助けを求める動機にもなる。助けてと文字をなぞった直後に美々花さんが指を離して異常が起こったのだろう?」


「ああ」


「それが山神からのメッセージである可能性は十分に考えられる。山神は山そのものが神であり、そこから派生する古木や石、獣などもまた山神だという思想もある。土砂崩れのある山には稲荷神社があったはずだ。稲荷であれば、祀っているのは狐だ。山の神が狐であるならば、こっくりさんで呼ばれる可能性は無きにしもあらずだ」


 ただ、普通であれば絶対に呼ばれないだろう。呼ばれたとしても低級霊。血やお供え物をしたとしても、質の悪い動物霊が来る程度のはず。今回は、異例中の異例だろう。


「美々花さんに憑いた理由だが、まず第一に美々花さんが途中で指を離してしまった事が原因だろう。こっくりさんの途中で指を離してはいけないからな。その禁を破ってしまったがゆえに、美々花さんにとり憑いた。後は、美々花さんが女性だったからだろう」


「女性は幽霊にとり憑かれやすいのか?」


「いや、場合によりけりだろう。だが、今回の場合、相手は山神だ。一般的に、山神は女神とされている。同じ女性の方がとり憑きやすかったのだろうな。まぁ、君達のいずれかが指を離していても、結果は変わらなかっただろうがな」


 誰がとり憑かれてもおかしくなかった。暗にそう言われ、三人は身震いをする。


「ともあれ、美々花さんがとり憑かれたのは山神だ。助けてと文字をなぞったのであれば、山神の身に何かがあった証。雨に土砂崩れと来れば、御神体が土砂崩れに巻き込まれた可能性が高い」


「じゃあ、土の中から御神体を見つけ出せば……!!」


「帰ってくれる可能性は高い。自分の身体が見つかったのであれば、仮住まいに居続ける意味が無いからな」


「なら、早速――」


「待て。まだ確証が無い。返答があるまで待つんだ」


「でも百パーそれだろ!! 他に考えられねぇよ!!」


「言っておくが他にも考えられる可能性はある。一番確立の高い仮説を推しているに過ぎない。もし仮に仮説これが間違えていたら振出しに戻る事になる。まずは、御神体が土砂崩れに巻き込まれているかどうかだ。それに、勝手に動かないと約束しただろう?」


「けど……!!」


「はぁ……君は投げられたから分かると思うが、ワトソン君はめっぽう強い。痛くしようと思えば、君が悲鳴を上げるくらい痛めつける事が出来る。さて、簡単な問いだ。此処で待つか、ワトソン君に痛めつけられるか。好きな方を選ぶと良い」


「ぐっ……」


 花菱の視線が茨に向けられる。


 茨はにこにこと笑みを浮かべながら、わしわしと指を動かしている。


「くそっ……」


 悪態を一つついてから、花菱は浮かしかけた腰を落とす。


「まぁ、もう少し待て。もうすぐにでも連絡が――おっと、噂をすればだ」


 言葉の途中で、好のスマホが着信を知らせる。


「失礼。出させていただきます」


「ええ」


 断ってから、好は電話に出る。電話の相手は調査を頼んでいた霧生だ。


「もしもし、法無です。はい、お疲れ様です。はい。はい。そうですか。では、先方にこれから向かうと連絡を入れて貰えますか? 私より霧生さんの方が話が通しやすいでしょう? それに、私が言うよりも説得力がある。後、道具の準備もお願いしますね。では、現地で」


 そうして通話を終わらせると、好はスマホをポケットに仕舞う。


「仮説通り、山間部にある稲荷神社が土砂崩れに巻き込まれたそうだ。その際、御神体も巻き込まれている」


「じゃ、じゃあ、それを見つけ出せば!!」


「ああ、恐らくだが今回の件に方が着くだろう」


 好の言葉に、四人の表情が明るくなる。


「だが、土砂崩れが規模が大きくて御神体を見つけ出せていないらしい。業者が手を入れているらしいが、それでも状況は芳しくないそうだ」


「そんな……」


「まぁ、だからと言って諦めるつもりは毛頭無いがな。美々花さんには時間が残されていない。業者が見つけられないのであれば、私達が見付ければ良い話だ」


「でも、業者の方が作業に入ってるんでしょ? 行っても帰されるだけなんじゃ……」


「大丈夫だ。先に現着するだろう霧生さんが話を付けてくれるだろう」


「……さっきから気になってたんだけど、その霧生さんっていったい誰なの?」


「刑事さんだ。こういう不可思議な事態の解決専門の部署のな」


「あんた、刑事さんの知り合いいたんだ」


「色々あってな。まぁ、私の事はどうでも良い。話は刑事である霧生さんが付けてくれる。私達はこのままその神社に向かって、御神体を掘り当てる。それで今回の事は解決するはずだ」


 言って、好は立ち上がる。


「なら、俺も行く! 人手は多い方が良いだろ!」


「当り前だ。男連中は全員強制参加だ。女性の方々は、美々花さんに何かあった時のためにこの場に残ってもらいたい。ただ、今日中に見つかるとも限らない。業者の現着がいつになったか分からないが、本職が数日をかけても見つけ出せていない。素人の私達が行って直ぐに見つかる保証も無い。女子二人は、見つかっても見つからなくても、暗くなる前に変える事。良いな?」


「でも……」


 自分だけ待機な上に先に帰るように言われ、石嶌は言葉にはしなくとも表情で不服を訴える。


「こればかりは承諾してもらわなくては困る。此処から先はただの力仕事だ。花菱と目盛は体力がありそうだが、君は特に部活に入っている訳でも無いだろう? 随分と、綺麗にネイルをしているからな」


 石嶌の爪には綺麗にネイルアートが施されている。運動部の生徒であれば爪を補強するためのネイルはしても、お洒落なネイルはしないだろう。


「つつじ、私達は残ってよう」


「雲母……」


「大丈夫。法無は変な奴だけど、ちゃんと事件は解決してくれるから。それは、私が保証する」


「変は余計だ」


「変でしょうが! 高校生で探偵だなんて! それに、幽霊だって見えるし!」


「その理屈で言うならばワトソン君も私と同類だが?」


「茨ちゃんは良いのよ。可愛いから」


依怙贔屓えこひいき過ぎやしないか、君?」


 やれやれと肩をすくめる。


「ひとまず、私達は神社に向かいます。新藤さん、二人を置いて行きますが、遅くなりそうなら帰してあげてください。それと、何かあったら私に直ぐに連絡を入れてください」


「分かりました。あの……娘を、お願いします」


 深々と、頭を下げる新藤の母親。


 最初は懐疑的だった。文字通り、藁にも縋る思いだった。


 何せ、相手は高校生だ。大人でも解決の出来ない事に対して、高校生がどうこう出来るとは思えなかった。


 けれど、結果はどうだ? 自分達がどれだけ頭を捻っても出てこなかった真相を、この二人は一時間もしない内に解き明かしてしまったではないか。


 光明が見えた。それは、二人が見せてくれた光だ。


 であれば、丁寧に謝意を込めて向き合う。それが、自分を助けてくれる相手に対する礼儀だからだ。


 大の大人に頭を下げられたにも関わらず、好に驕った様子は無く、ただただ真面目な表情のまま言葉を掛ける。


「誠心誠意努めさせていただきます。どうか、吉報をお待ちください」


 一つ頭を下げた後、好は玄関へと向かう。


 その後に、茨も続く。


「じゃ、行ってくるね」


 笑みを絶やさず、雲母達に手を振る。


「じゃあ、俺達も行ってくる」


「待ってろ! 御神体とやらなんざ速攻で見つけてきてやっからよ!!」


 花菱と目盛も二人に続いてリビングを出て行った。


 残されたのは女性だけ。


「大丈夫かな……」


 ぼそりと、石嶌がこぼす。


 弱音を吐く石嶌の手に、雲母が優しく手を重ねる。


「大丈夫。きっと大丈夫だから。小母さんも、信じてください。あの二人なら、絶対に見付けられますから!」


「……ええ、そうね」


 雲母の言葉に、新藤の母親は薄く笑みを浮かべる。


「お茶、冷めちゃったわね。新しいの用意するから、待ってて」


「あ、なら私も」


「良いのよ、座ってて」


 皆が飲んだお茶をお盆に乗せて、新藤の母親は台所に向かう。


 気丈に笑みを浮かべてはいるけれど、やはり心配なのだろう。その背中には元気が無く、何かをしていないと気が紛れないと言った様子がうかがえた。


 こうなって、もう一週間。もう、彼女も限界だ。


「……頑張って、皆」


 祈る事しか出来ないもどかしさを覚えながらも、雲母は必死に天に祈った。

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