第3話 狐狗狸さん 壱

 授業を適当にこなし、放課後。


 雲母に先導される形で、二人はくだんの霊に憑りつかれた者の元へと向かっていた。


「私から依頼しておいてなんだけど、本当に良かったの?」


 雲母が申し訳なさそうな顔をしながら二人に訊ねる。


「愚問だな。昼休みにも言ったが、俺達はそっち方面の探偵だ。こういう依頼こそ本来の業務だ」


「それより、烏口さんは大丈夫なの? 案内だけでも良いんだよ?」


 雲母は案内だけでは無く、二人にそのまま同道するらしい。本人曰く、危ない事を依頼しておいて自分だけ関わらないなんて事はしたくない、という事らしい。


「ええ、依頼人としてきっちり見届けさせてもらうわ。先の件もありますしね」


 ジトっと好を見る雲母。


どうやら、盗撮犯の事を明かさなかった事をまだ根に持っているようだ。


 しかし、そんな視線もなんのその。マイペースに好は言う。


「ならば、幾つか約束をしてもらおう」


「約束? 言っとくけど、見てるだけで余計な手を出すつもりは無いわよ?」


「それは着いてくる上での大前提だ。それに合わせて、俺とワトソン君の言う事を必ず聞く事を約束してもらう」


「それは良いけど……」


「別に君を信頼していない訳じゃない。ただ、こういう案件には得てして逃げなくてはいけない時もある。霊の見えない君では、その判断は出来ないだろう?」


「確かに……」


「俺とワトソン君は霊が見える。とりわけ、ワトソン君の目は特別だ。霊的な事の判断は俺よりもワトソン君の方が適任だ。だからこそ、ワトソン君の言う事はしっかり聞く事。良いな?」


「うん、分かった」


「よし」


 雲母が素直に頷けば、好は満足げに一つ頷いた。


「ねぇ、烏口さん」


「何かしら?」


「その人達がやってたのって、本当にこっくりさんなの?」


「ええ、本人達はそう言ってたわ」


「そうなんだ。珍しいね、この街でこっくりさんなんて」


「珍しいからこそだと思うわよ。愛の女神様・・・・・はやり倒した感があるし」


 この街ではこっくりさんよりも有名な占いがある。それが、『愛の女神様』だ。


 愛の女神様も占いの一種であり、こっくりさんとまた同じ要領で行われる。


 鳥居の代わりに天国への門を表す扉を描き、『はい』と『いいえ』の二択を扉の両脇に書き、五十音を並べて書く。扉以外は普通のこっくりさんとなんら変わらない。


 別段、これはおかしな事ではない。地方によっては『ケイドロ』だったり『ドロケイ』だったりと遊びの名前が違うのと同じようなものだ。場合によっては名前だけでは無く、そこに独自のアレンジも加えられたりもする。


こっくりさんではなく愛の女神様が流行っているのはそう言った地方の特色めいたものもあるだろう。ようは同じ占いだ。ちょっと違うだけなのだ。


 本来なら別段おかしな話では無い。しかし、それに陰謀を感じさせる要因が一つ存在する。


 それは秀星高校に愛の女神様と呼ばれる存在が実際に存在する事だ。


 占いと同名の存在が居ると言う事実。それが、地方ゆえの特色とは言い切れない違和感を二人に抱かせている。


 安心院五十鈴にただ幽霊がとり憑いてるだけであればもっと話は簡単なのだけれど、そこにバックボーンがあるのであれば慎重に事を進めなければいけない。今回の事件を無事解決に導く事が出来たとしても、第二第三の事件が起きては意味が無いからだ。


「まぁ、珍しいと言っても少し内容が違うだけだけどね」


「いや、そうでもない」


「え?」


 雲母の言葉を、好が即座に否定する。


「確かに同じ占いだ。しかし、その内容の差異は明確だ」


「何が違うの? 確かに、鳥居の代わりに扉を書いてるし、呼ぶ時の言葉も違うけど……」


「確かに、見た目の差異はその程度だ。が、呼ぶ霊が異なる」


「え、同じじゃないの?」


「ああ。まずこっくりさんだが、当て字をするときつねいぬたぬきの三つの漢字を合わせる。この三つを合わせて狐狗狸こっくりさんだ。まぁ、こっくりさんという名前自体起源があるのだが、今回は割愛しよう。大事なのは、こっくりさんには動物の漢字が使われているという事だ」


 此処まで説明をしても、雲母は理解した様子は無い。まぁ、そう言った話に疎い者ではかみ砕いて説明をしなければ分からないだろう。好だって、最初は違いなんて分からなかったのだから。


「動物の漢字が当てられている事から、こっくりさんは動物霊を呼び寄せる傾向にある。逆に、愛の女神様は人の浮遊霊を呼び寄せる傾向にある。呼び寄せる霊が動物か人かの違いだが、その違いは大きい」


「へぇ、そうなんだ……」


 好の解説に素直に感心した様子の雲母。


「こっくりさんとした事と言い、君から獣の匂いがした事と言い、動物霊にとり憑かれている事は間違い無いだろうな」


「え!? 私獣臭い!?」


 すんすんっと自身の匂いを気にしだす雲母。


 そんな雲母に優しい笑みで茨は言う。


「もうすっごい臭い」


「臭いとか言わないで!? 普通に傷付くから!!」


 涙目で茨に訴える雲母。


「臭いと言っても霊的な残滓だ。普通の人には嗅ぐことは出来ない。が……確かに、少し臭うな」


 言って、好はすんすんっと雲母の匂いを嗅ぐ。


 途端、雲母は顔を真っ赤にして好を引っ叩く。


「だっ!?」


「な、ななななななっ!! 何人の匂い嗅いでるのよ! この変態!!」


「だからと言って手を上げるのか君は!? それに、ワトソン君も嗅いだだろう!?」


「こんなに直接的には嗅いで無いでしょ!? それに、茨ちゃんは良いのよ! 可愛いんだから!」


「君は人によって態度を変えるのか! なんて奴だ! ワトソン君! 離れたまえ! 悪人が移る!」


「あんたこそ離れなさい! この子、出会った時はこんなに口悪く無かったわよ!? あんたの影響じゃ無いの!?」


「ワトソン君は初めから口が悪かった!!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、茨の手を引っ張る両者。


 真ん中で良いようにされている茨はどう収集を付けたものかと悩んでいる。


 ぞわり。


「――っ!!」


 ある種和やかな日常の最中さなか、背筋が凍る程の嫌な気配を感じとる。


 反射的に、茨は前に出した足を二、三歩後ろに引き戻して距離を取る。


「え、どうしたの?」


「どうした、ワトソンく――なるほど」


 不思議そうな顔をした雲母とは対照的に、直ぐに理解した好はその顔を剣呑なものへと変える。


「い、いや、ごめん。大丈夫」


 顔を青白くしながらも、茨は笑みを浮かべる。


「いや、明らかに大丈夫じゃないでしょ? 風邪でも引いてたの? 今日は止めとく?」


「風邪ではないから心配するだけ無駄だぞ、烏口。それよりも、ワトソン君。俺は君の所感を聞きたい」


「ちょっと、そんな言い方無いでしょ?!」


「大丈夫だよ、烏口さん。ホームズ、所感は全部が終わってからにしよう。急いだほうがいいかもしれない」


「なるほど。では急ごう。烏口、案内を頼む。出来るだけ早足で頼む」


「な、なんか私だけ置いてけぼりなんですけど……」


「やばいってだけ分かれば充分だよ」


「はぁ……分かったわよ。その代わり、全部説明してもらうからね」


 霊的な事は何も分からない雲母は何が何やら分からないと言った様子だけれど、二人のただならぬ様子を見て好の言う通りに早足で目的地へと向かう。


 そこから十分程移動した先に、くだんの家があった。


「これは、中々……」


「うわぁ……」


 その家を見て、好もその笑みを引き攣らせる。


 茨は元々色白な顔を更に白くさせている。


 漂う獣臭。家の外からでも分かる気配。明らかに、ただ事ではない。


 霊の見えない雲母にもこの場所は居心地が悪いのか、気分が悪そうに眉を顰めている。


「じゃあ、入るわよ」


 二人が頷くのを見て、雲母はインターフォンを押す。


 ほどなくして、声が返ってくる。


『はい、新藤です……』


「あ、先日お伺いした烏口です。その、以前お話し――」


『専門家の方を連れてきてくれたんですね!? ま、待っていてください! 直ぐに開けますから!』


 雲母の言葉を遮って通話を切る。


 少しして、慌ただしい様子で玄関の扉が開く。


 出て来たのは四十代の女性。とり憑かれた者の母親だろう。頬はこけ、目の下には隈が出来ている。


「せ、専門家の方はどこ!? 早く美々花みみかを見て貰わないと!」


「お、落ち着いてくださいお母さん! この人達が以前言っていたこういった事に詳しい人達です!」


 雲母が二人を指し示せば、興奮した様子の母親は一気にその興奮をます。


「この人達って……まだ子供じゃない!」


「で、でも、とっても詳しいんです! それに、今までに幾つもの事件を――」


「ふざけないで!! ごっこ遊びなら他でやってちょうだい!!」


「違うんです! この人達は本当に――」


 説明をしようとした雲母の肩に手を置き、そっと後ろに下げる好。


 その顔はいつになく真剣で、いつもの安い笑みはなりを潜めていた。


「新藤さん、単刀直入に言います。貴方のお子さんは今非常に危険な状態にあります。一刻も早くこの事態を収拾しなければ、取り返しのつかない事になります」


「そんな事言われなくても分かってるわ! だから、だから藁にも縋る思いで頼んだのに……こんな、子供だなんて……」


 堪えきれなくなったのか、母親は涙を流す。


 確かに、藁にも縋る思いで頼った相手が高校生であれば、幻滅もしよう。


 しかし、好も此処で引き下がる訳にはいかない。


「なら、その藁に縋ってみませんか? お金はいりません、物だって必要無い。何せ、達には貴女を騙そうだなんて気が無い。騙すなら身元が分からないように制服を脱いでから来る。そうでしょう?」


 くずおれる母親の肩に、自らも腰を落としながらそっと手を置く。


「次の手を打つ間の繋ぎとでも考えてくれて構いません。ただ、私達は誠心誠意努めさせていただきます。お願いします。どうか、私達に娘さんの容態を見させては貰えないでしょうか?」


 真摯な眼差し。


 それに、向こうにももう縋る者が居ないのだろう。


 泣きながら、母親は頷いた。


 少しでも、娘が助かるなら。


「ありがとうございます。では、早速取り掛からせてもらいます。お邪魔してもよろしいですか?」


 好の言葉に、母親は泣きながらこくりと頷いた。


「烏口、新藤さんを頼む。行こうワトソン君。仕事の時間だ」


「うん」


 真剣な眼差しを崩しもせず、好は新藤家へと足を踏み入れる。その後ろに、茨も続く。


 家の中に入れば、その気配は一層濃くなり、獣臭さも増していく。


「二階。部屋の前まで行けばどこだか分かるよ」


「ああ」


 茨の言葉に、好は頷く。


 靴を脱いで上がったその時、リビングと思しき部屋から複数の人が出てくる。


「え、あんたら誰?」


 全部で三人。男が二人に女が一人。どれも、秀星ではない制服を着ている。


「私達は探偵だ。新藤さんから許可は貰った。失礼する」


 手短に言って、好は二階へ向かおうとするが、その行く先を男子二人が遮る。


「いや、待てって。探偵って何? ふざけてんの?」


「明らかに怪しいだろお前等」


「新藤さんから許可は貰ったと言っている。邪魔をするなら少々手荒くなるが?」


「あ? 嘗めてんのかお前? こっちだって怪しい奴通す訳ねぇだろーが」


「おふざけなら帰れよ。俺ら今それどころじゃねぇんだからよ」


 明らかに苛立った様子の男子二人に、それを心配そうに見ている女子。


「ホームズ、行って良いよ」


「良いのか?」


「此処まで来れば僕が見てもホームズが見ても同じでしょ。それより、時間が勿体無い」


「分かった」


「おい、何勝手に話し進めて――」


 一人が好の肩を掴もうとする。


 しかし、その手は空を切った。正確に言えば、その軌道を変えられたのだ。


「――ッ!?」


 直後、どっと重たい物が落ちる音が響く。


「感謝する、ワトソン君」


「後から僕も行くよ」


 一人分空いたスペースから、好はするりと二階へと駆けあがる。


「あ、お前!!」


 好を掴もうとした手は、先程の男子生徒と同じように空を切る。


 そして、もう一度どっと重たい物が落ちたような音が響く。


「ホームズの邪魔しないでよ」


 冷めた目で茨は床に倒れる二人を見る。


 そう、二人とも茨が投げたのだ。


 相手の体重の移動、身体の動きを利用して投げ飛ばした。


 小柄ながら、茨は体術が得意だ。それこそ、運動神経抜群で喧嘩がめっぽう強い好が負けを認めるくらいには。


 二人は突然の痛みにもんどりうつも、直ぐに立ち上がろうとする。


 が、その二人の前でだんっと茨は足を踏み鳴らす。


「邪魔、しないでって、言ってるよ?」


 にこっと笑みを浮かべる。しかし、それが愉快で笑っている訳では無い事は明白であった。

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