第3話状況把握


「…………」

「あの~、大丈夫ですか? 私の声聞こえてますか?」


 大自然の中、顔を伏せた一人の男に麗しい一人の女性が声を掛ける。

 緑の髪に月を思わせる黄金の冠を乗せ、ギリシャ神話に出てくる衣類キトンに身を包んだ女性。

 穴からひょっこりと顔を出したということは、この女性が空から降ってきたのだろう。アニメや小説の中にしか出てこないようなナイスバディに絶世の美女と言っても可笑しくはない美貌を持つ女性が何故空からと疑問が更に増えたが、今竹島の頭の中を占めるのは、羞恥心だけだった。


「(ああぁあああぁあ!! ハッズゥ~~~~~~!! 恥ずかし、忘れたい、死にたい。子供みたいに駄々を捏ねたところを見られた。泣かれてる所見られたぁ!!)」


 体育座りで蹲り、先程の行動を死ぬほど後悔する。

 こんなに後悔したのは母親が掃除で部屋に入ってきた時にエロ動画を再生していた時以来だ。


「(そうだ。貝になろう。動かず硬い殻に覆われた貝になろう。そう、ここは誰にも手を出されることのない聖域。外との関りを断絶した孤高の城。私は貝私は貝私は貝)」

「ちょっとー聞いてますか?」


 羞恥心のあまり暗示に似た何かを呟きながら顔を一向に上げない竹島に顔を近づける女性。

 フワッと女性特有の甘い香りが竹島の鼻腔を擽る。

 童貞男に999のダメージ!!竹島は麻痺状態に陥った!!


「(ぐおぉお!! おのれ、こんな凶悪的なもので俺を揺さぶってくるとは……勝機を保て俺!! これは悪魔の誘惑だ。そう正義は決して揺るがない。平常心だ。平常心を保って――)」

「フー」

「グハァ!?」


 蜂蜜のような甘い香りから精神を引き戻した竹島を襲うのはただの吐息。どんなに声を掛けても何一つとしてリアクションを取らない竹島の耳に女性が息を吹きかけたのだ。

 不快感はなくどちらかと言うとこそばゆい感覚を味わい、反射的に顔を上げてしまう。


「ウヒィ!!」

「あ、ちょっとストップ。ちゃんと会話をする時は顔を見る!! お母さんに言われなかったの!?」


 顔を上げた矢先に視界に移ったのは真っ白な素肌をした女性の肌――についている二つの大きな果実。

 それが何なのかをしっかりと分かってしまった竹島が顔を伏せようとするが、前から伸びてきた腕が顔をがっちりと拘束する。

 自分とは違う柔らかな肌、甘い香り。それに思考を奪われた竹島は無理やり顔を上げさせられた。


「全く……話をちゃんと聞いてるの!? さっきから、ずぅっと話しかけてるんだよ!!」

「へ、え……えっとすみません」

「本当にそう思ってるの?」

「う……え、えっと…………お、思ってます」

「うん、ならよろしい。これからは、下を向かずに話をできるね? そうじゃなきゃ、先に進めないのよ」

「わ、分かりました」


 至近距離で顔を近づけられた竹島が言葉に躓きながら返事をしていく。綺麗な人だなぁと思いながらも人とこれだけ急接近したことがない竹島は自分の息は臭くないかとどうでも良いことを心配してしまう。

 対して、突如空から降ってきた女性は陽気に口を開いた。


「よぉし――なら、まずは貴方、自分の状況を把握できる?」

「え………………あぁ!! そうだった。俺山の中に一人で取り残されて」


 嵐が来たように出来事が次々と起きた時とは違い、ゆっくりと落ち着いた時間の中で竹島が自分が置かれていた状況を思い出す。

 部屋にいたらいつの間にか山の中に放り出されていた。それが、最後の記憶から分かる竹島の状態だ。その後、色々と起きたが置いておくとして、最初に何故こうなったのかをまず知りたかった。


「なぁ……えっと、そのぉ――」

「? どうかしました――あぁ、そうですね。まだ名乗っていませんでした」


 竹島が女性に顔を向け、口を開いては閉じる。まるで、金魚のような行為に女性が首を傾げてから、何が言いたいのかを察する。

 パァ!!と花が咲くように笑顔を浮かべた女性が眩しすぎて竹島が顔を背けた。女性に笑顔を向けられたことのない竹島は、悪意のない笑みに耐性がなかった。


「特に呼び名はないんですが…………そうですねぇ、取り敢えず神と呼んでください」

「はい?」

「神です」

「あ、それは分かります…………いや、ごめんやっぱり分からない。え、何? 紙?」

「かみ違いです。私は神です」


 あ、ごっめ~ん間違って殺してしまったわ~。とか小説でよく出てくる神?何だがよく読む小説の主人公と同じ立場になった竹島。

 小説の主人公は何故こんな場面で急に出てきた人物が神だと直ぐに信じることができたのだろうか。

 頭の痛い人なのだろうかと顔を見上げるが、すぐに目を逸らす。美人を直視ができなかった。童貞か…………童貞でした。

 まぁ、神です!!何てこんな美人が言っていたとしても誰だって許すだろう。だって美人なんだから。男は美人に弱いのである。


「(というか、でかいな)」


 女性を見上げる行為。高校の時などはよく女子と顔を合わす時があったが、身長が高い部類に入る者でも自分と同じぐらいが数える程度しかおらず、見上げると言った行為がなかった竹島は、改めて神と名乗った女性を見上げる。


「(外国の人……だよな見た目はどう見たって。それにしては日本語上手いな)」

「だから神ですって」

「……何も、言ってませんよ?」

「心を読みました」

「…………」

「あ、ちょっと思考停止するの止めてくださいよ!? もうめんどくさいとか思わないでください!!」


 次々と考えたことを的中させる女性を気味悪く思い始めた竹島が、思考を停止する。それに怒った?女性が腕を上下に振るって思考をやめるな!!などと言っているが、考えることをやめた竹島にその声は届かない。


「はぁ、話を進めましょう。これでは、貴方のためになりません」

「はい、そうしてください。本当に……分からないことだらけで不安なんですよ」


 頭を上下に振って女性――神(仮)、の言葉に頷く。分からないことや信じられないことを考えても仕方がないのだ。


「では、何故、貴方がこんな場所にいるかと言うと――」

「と言うと?」

「貴方は死にました」

「はい?」

「貴方は死んだのです」

「え、いやでも俺はこうして」

「正確には、貴方の部屋の中で栄養失調で死んで貰った後、私が転生させました」

「はぁ!? 栄養失調!? 転生!? 死んで貰った!?」

「はい、その通りです」


 訳が分からずに叫び声をあげた竹島にゆっくりと女性が頷く。


「いやいやいや、何でそんなことができるんだよ」

「神だからです」

「もうそれは良いよ!? 真面目に答えてくれよ!!」


 神だから、で全てを片付けようとする女性に苛立ち竹島が詰め寄り、胸倉を掴む。脅すつもりで竹島は詰め寄った。しかし、表情に不安が隠しきれていないことが女性には見え見えだった。それに、竹島は信じてはいないが、この女性は本当に心、と言うよりも思考が読める。そのため、今竹島が考えていることも丸わかりだった。


 引きこもりだからってバカにしてんのか。俺が何をしたって言うんだ。早く家に帰せ。真面目に答えろ。使えない奴……etc

 それら全てが女性に丸聞こえであることなど考慮せずに、思考を暴露されていく竹島。その様子を見た女性は、この目で見せなければ信じることはないと判断する。


「竹島裕司さん。手を拝借します」

「は? どういうことおぉお!?」


 返事も待たずに竹島の手を取ると、行動を開始する。竹島を胸元まで引き寄せ、地面を軽く蹴る。小さくつま先でジャンプする朝のラジオ体操によくある動き。だが、引き起こされた結果はそんな優しいものではなかった。


「おぉおお!? おおおおおぉ!!」


 その軽い跳躍が森を抜け、野原を超え、湖を跳び越すなど誰が思っただろう。少なくとも竹島は思わない。というか、巨大な果実で息ができなくなっていたのでそれどころではなかった。

 僅か数秒にも満たない対空時間を竹島は味わう。そして――


「着きました」


 静かに女性が言葉を発する。

 拘束から逃れた竹島が顔を真っ赤にしながら女性から距離を取り、辺りを見渡す。そこは山の中。と言っても先程までいた木々が生い茂る緑豊かな自然の中ではない。

 木々ではなく、ゴツゴツとした岩があちこちに転がっており、岩が槍のように鋭くとがっていたり、円の真ん中だけをくり抜いた三日月のアーチ状の岩もある。大地が死んだように地面には草木が一本も生えておらず、岩しかない場所。

 言うなれば、石の山がそこにはあった。


「嘘、だろ。何でここに、何でこんな所にアレがあるんだ」


 それでも竹島の目にはそれは映らない。

 初めから、彼の視線を独占していたのはたったの一つだ。


 白銀の船体に交差するように刻まれた二つの赤い銃身、それは何度も見たことのある者だった。

 自由戦艦ノーチラス号。船体によって反射された太陽の光が、竹島の目を眩しく照らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る