第2話Welcom New World
「う、うぅん……」
深い森林の中で、一人の男が目を覚ます。
黒いボサボサの頭にカサカサの肌。ダラっと襟の部分が伸びたTシャツに灰色の短パンを着た男――竹島裕司は辺りを見渡す。
「……………………」
草がある。木がある。林がある。森がある。目に飛び込んできた光景をそのまま受け取り、しばしの間放心。そして――
「どこだここ!?」
目の前にある光景が本物なのか、これは夢なのかと疑ってしまう。先程まで自分の部屋にいたはずなのにいつの間にか連れ去られ、森の中へと放置された。
何故こんなことになったのか、もしや親が自分を捨てたのかと冷や汗をかく。
「ふざけんじゃねぇぞ!! 俺を捨てたのか? たった一人の息子なのにっ」
親が子を捨てる。普通であるならば考えられない出来事に竹島が怒りを覚え、近くに落ちていた小石を蹴り飛ばす。
そんなことをしても何の意味もないのだが、怒りを紛らわす方法がそれしか思いつかなかった。
「くそくそくそくそ――――どうすればいい? 俺はこれからどうしていけばいい!?」
勿論、竹島は自然で生き抜くサバイバル技術などを持ち合わせている訳がない。持っていたとしても木の棒と木の棒を擦り合わせれば火を起こせるんだろ?程度だ。
方角も正確に分かるかだって怪しい。そんな自分が、大自然の中に取り残された。
「あぁ、喉が渇いた」
どれぐらい長く気を失っていたのか、喉が異様に乾き、水を欲している。
川を探そうとポケットに手を突っ込むが、そこにいつもあるはずのスマートフォンがないことに気付く。
「そんな、スマホもない何て……」
これでは地図を開いて現在位置を調べることもできない。ここにはパソコンもテレビも漫画もゲームもない。あるのは大自然のみ。ここがどこかも分からない。食べるものなど何もない場所――そこにたった一人で放り出された。
心臓の鼓動が早くなり、頭が真っ白になる。
「何で、何でこんなことに――――ヒィイッ!?」
パニック状態になった頭でこれから自分の身に降りかかる不幸を想像し、顔を青ざめていた時、衝撃が竹島を襲った。
動体視力が普通の人間の竹島に何が起きたのか見切ることなど出来はしなかった。ただ、自分の身に更なる不幸が押し寄せた。そう思い、逃げようとするも腰が抜けてしまって地面にへたり込んでしまう。
何処からともなく飛来してきたものは地面に陥没、いや、穴だ。まるで、工事現場でよく見た掘削機で地面をくり抜いたように何かが落ちてきたと思われる部分だけごっそりと穴が開いている。
一体何が落ちてきたらこうなるのだろうか。もし、落ちてきたものが自分に当たっていたらどうなっていたか。
1メートルもない穴との距離。前に踏み出していたら、間違いなく命がなかった。誰でも簡単に想像できてしまう結果を導き出してしまった竹島は限界を迎える。
「うぶぅっ――――オエェェッ」
目を覚ましたら一度も目をしたこともない大自然の中。捨てられたのかという恐怖、近代機器のない苛立ち、そして、
立て続けに起きた出来事は竹島の許容範囲を簡単に超えた。一つ一つが一日おきに起こったのならば、彼も頭を悩ませ、恐怖に怯えるだけで済んだかもしれない。だが、30分にも満たない短い時間で起きたことで、竹島裕司の体は限界を迎える。
視界がチカチカと点滅しだし、胸がムカムカと気持ち悪く騒ぎ出す。奥から湧き上がってくる吐き気に負け、腹の中のものを地面へと吐き出す。
小学生に上がったばかりの頃飲んだ薬の味を思い出した。とてつもなく苦い、これまで飲んでいたイチゴ味の薬ではなく渋いお茶を更に濃くしたような味。それが、口の中へと残り、顔をくしゃくしゃにする。
涎と嘔吐物を口から垂らし、目から涙を……鼻から鼻水を垂れ流しながら、少しずつ、後ずさりをする。
――逃げたい。ただ、ひたすらに逃げたい。
それだけが、竹島を支配していた。
「(なんだよこれは……夢なのか? 夢だよな? 俺は、眠気に襲われて寝ちまったはずなんだ。だったらこれは夢だろ!? 早く覚めてくれよ。こんな意味の分からない所にもういたくないんだ!!)」
何かに追いかけられている夢を見るのは、自身が精神的に追い詰められていることが原因だとある。過去にもギロチンを持った男や転がる岩に追いかけられた夢を見たことがある竹島はこれが、その類だと勝手に思い込む。
もしかしたらここから逃げれば終わるのではないか。もう少しすれば、いつものように机の上で目を覚ますのかもしれない。
しかし、そんな都合の良い状況は何時まで経っても訪れない。時間が経つにつれて竹島の頭も現実を見てくる。
ここは、現実だと――
「嫌だ…………何で、何でこんな目に――」
目、鼻、口からあらゆる液体を垂れ流し、顔をぐしゃぐしゃにした竹島が嘆く。
口が苦い、爪に入った土が気持ち悪い。ズボンやシャツの間にも入ってきている。風呂に入り、炭酸水(コーラ)を飲み、温かな布団で眠りたい。ぐるぐると走馬灯のように頭の中を走り去る思い。
それが、余計に今の自分の惨めさを際立たせた。
「うぅぅ――ぐすっ」
みっともなく、大泣きをしそうになる。涙を流すことなど何時ぶりだろうか。恐らく、高校の最後で思い人に告白し、振られた時が最後だろう。そんなどうでもいいような記憶を思い出しながらも、竹島は地面に体を投げ出す。
そして、感情のままに手足をばたつかせ発散する。大の大人がそんなことをすれば、みっともない姿を晒すことになるだろうが、関係ない。だって、こんな山奥に人などいるはずもいないのだから、バレることなどありはしないのだ。
「うわあぁああ!! あああぁあ!!」
暴れる、暴れる。好きな玩具を買ってもらえない子供のように、駐車が嫌だと全力で抵抗する子供のように。
それでもそれが、長く続くことはなかった。人が全力を動かせる時間など数秒しかないのだ。トップアスリートでも無酸素状態で全力疾走ができるのは40秒程度。体力のない、そして、叫び続け呼吸も忘れた竹島が暴れ続けられた時間は10秒程度だった。
「はぁ……はぁ……」
発散しても後から後から湧き出てくる不安と苛立ち、恐怖はなかなか消えない。少しだけましになった。その程度だ。しかし、その少しが竹島の意識を外に向かわせることになった。
具体的に言うならば、何処からともなく降ってきたものに対して。
「…………」
「…………」
目が合った。あちらもそれに気づいたのだろう。あ、やっべぇみちゃった的な顔をしたと思ったら申し訳なさそうな顔をして、体を小さく縮めながら竹島の前へと歩み寄る。その後、咳ばらいを一つすると、にこやかな顔で竹島に歓迎の意を示した。
「貴方はこの度、異世界への永住権を手にしました。つまらない現実に飽き飽きしている貴方でもここでは、とびっきりの刺激を手に入れることができます。ようこそ、新しき世界へ!! 刺激に満ちた人生を送っちゃいましょう!!」
謎の光がその人物の背後から発し、神々しく照らし出す。
アニメや漫画でよく見た光景だ。それに、言われた内容にも覚えがある。異世界、新しい世界、つまらない現実。ネットで転生モノの創作小説を探す時によく使うキーワードだ。
色々と疑問が残り、詐欺にすらならない誘いをかけている女性に思うことはあるが、今一番最初に言うべきことは――
「さっきの、見てた?」
「はい、もうバッチリ。イェーイ☆」
イェーイ☆じゃない。ピースをするな。意味が分からない。
まぁ、ともかく。竹島はこれまでとは全く別の意味で涙が出そうになるのだった。
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