第21話 人狼ゲーム㉑「一人目の脱落者」
イルカは天馬と友人関係なのだと言っていた。
だからこそ、天馬は知っているのだ。千堂イルカは油断ならない、殺すべきだと。
(くそ……)
紅子は食堂の壁に掛けられた時計をちらりと見上げる。時計の針は、5時55分を示していた。
「……これらのことを考慮に入れると、順位は入れ替わり、疑わしいのは千堂が一番、美雷が二番……とも言えるんじゃないか?」
(ぎぎぎ、こ、こいつ~~~!)
このまま天馬に好き勝手喋らせておくと、せっかく
紅子はいきり立って反論した。
「ってゆーかさ! そんな簡単に汗かいたり乾燥したりするなら、そもそも噓発見器なんて信用できないじゃん! 美雷とかイルカとか関係なしに、全員怪しいってことじゃん!」
一気にちゃぶ台返しに持っていく。
「いや、俺は全く信用できないとは言ってない。アメリカではポリグラフが犯罪捜査の一手法として採用されている州もある。なにより、他と比べて千堂と美雷のグラスの変色はあまりに激しい。これは偶然や誤差ってだけでは片付けられないだろう。特に、手が乾燥している筈なのに変色した千堂はな」
(いちいちイルカのこと攻撃してんじゃないわよクソ野郎! ほんっと、五輪一族の血を引く奴はどいつもこいつも、一人残らず性根が腐ってやがるわ!)
自分の事は棚に上げて、紅子は憤る。
天馬が、ちらりと壁の時計を見上げた。
その針はもう、5時58分手前を指していた。
「最後に言っておこう」
「え……」
「俺は千堂に入れる」
「ちょぉぉおおおおお!? 異議あ――」
イルカがヒステリックに叫びながら立ち上がった、その瞬間。
――――ピピピピピピ!
食堂に電子音が響き渡った。
「時間じゃ。6時になった」
六郎太が、ポケットからスマホを取り出してアラームを停止した。
「これより処刑投票を開始する。以降、投票が終わるまで発言は一切禁止じゃ」
「え……?」
掛け時計の針は、まだ5時58分を数秒過ぎたところだ。
「ちょっと、なんでよ。まだあと2分くらい……」
「紅子、発言禁止と言ったじゃろうが。次しゃべったら失格にするぞ」
「ぐ……」
仕方なく、紅子は口をつぐんだ。
自分のスマホを取り出して確認すると、確かに六郎太の言うとおり、18時になっていた。
とすると、あの掛け時計だけが遅れているのだ。
(なんでよ……あれって電波時計でしょ……よりによって、このタイミングで……)
その思いは紅子だけではなかったようだ。
「おい、ちょっとその時計を確認してくれ」
六郎太が首をかしげながら清水に命じた。
清水が壁の時計を取り外し、裏面を確認する。
「これは……電波受信機能がオフになっています。そのために時計が遅れて……。しかし、昨日まではこんなことはなかったと思うのですが……」
「今日、誰かがいじったという事じゃな」
六郎太は天馬に目を向けた。
「お前じゃな、天馬」
「さあ? 仮にそうだったとして、ルール違反ですか?」
天馬はそ知らぬ顔で答えた。
(ぎいいいいいいいぃぃぃ! 天馬ぁぁぁっ! この卑怯者がぁぁぁ!)
紅子は天馬に殴りかかりたい衝動を必死でこらえる。
「やれやれ。まぁ、こんな戦略もアリといえばアリじゃな」
結局、六郎太はそれ以上追求しなかった。
テーブルに座った七人の前に、投票用紙が配られていく。
「皆、分かっておるな? 処刑したい相手の名前を一人だけ書くこと。記入の制限時間は5分。全員が票を書き終わったら、儂が集計する」
紅子は、ちらりとイルカの手元に視線を向けた。
(イルカ……結局、誰に入れたらいいのよ?)
昨日の夜、投票する相手を伝えるためのサインは決めていた。左手の指を立てた本数で、一本なら王我、二本なら紫凰、三本ならそよぎ……という名前のあいうえお順を示す簡単なサインだ。
イルカの左手が立てている指は五本。
投票先は『美雷』だった。
(確かに。この状況じゃ、それしかないわよね……)
紅子も同意見だ。
だがそれは、イルカの頭を持ってしても紅子と同レベルの発想しかできないという事だ。これまでのイルカなら、窮地において常に紅子の想像の斜め上を行く、ウルトラCを見せつけてきたのに。
今、彼女の顔にはどこか悟ったような諦めの色が見える。
(イルカ……)
5分はあっという間に過ぎ、六郎太の手元へ七枚の投票用紙が集められた。
老人のしわがれた手が、それを開票していく。
(天馬はイルカに入れるって宣言した。美雷も、自分が殺されるのを避けるために一緒になってイルカに入れる。そよぎも当然イルカに入れる。……こんだけの流れが出来たら、王我や紫凰も…………)
紅子は、暗澹たる気持ちで投票の行方を予測する。
追及の手がそよぎだけなら美雷をスケープゴートにして誤魔化せたかもしれない。だが、天馬の最後の一言が重すぎた。
――――レスバトルって言うのはね、とどのつまり最後にレスした奴が勝つんですよ。うえっへっへ。
いつだったか、イルカがしたり顔でそんなことを言っていた。まさにそれを天馬にやられてしまったわけだ。
(これ……駄目じゃん……)
もはや勝負の結果は見えていた。
「開票の結果を発表する。最も得票数が多かったもの……即ち、本日処刑されるのは…………ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル…………」
六郎太は、たっぷり十秒ほど溜めてから厳かに言った。
「千堂イルカ、じゃ」
その言葉を、紅子は必死のポーカーフェイスで受け止めた。
「ま、当然よね」
危ないところで処刑を回避した美雷が、冷や汗をかきながら言った。
「ポリグラフの結果うんぬん以前に、疑わしい点が多すぎたな」
どうやら王我もイルカに入れたようだ。
「さて、イルカ君。残念じゃが君はここで脱落じゃ」
「あー、はい。……ま、仕方ありませんね。部外者のわたしが出しゃばりすぎても悪いですし。この辺で身を引くのがちょうど良かったかもしれません」
「いやいや。君は、儂の想像以上にゲームを盛り上げてくれた。礼を言わせてもらうぞ」
「あははー。恐縮でございます、当主様」
イルカは、いつもの調子でヘラヘラと笑った。
「事前に言った通り、君には今から別館に移動してもらう。このメンバーにはゲーム終了まで会えんわけだが、最後に言うことはあるかね?」
「えーと、それじゃあ。わたしは無実でーす! 『村人』でーす! と、一応言っておきますね」
「ほっほっほ。みんなそう言うんじゃよ」
「わたし、今日は晩ごはん抜きなんですよね。酷いなあ」
「ちょいとした罰ゲームじゃ。明日の朝は用意してあるから心配するな」
「それでもせめて、ビスケットのひとつやふたつは……はあ……。ま、いいですけど。じゃあこのへんで、お別れにします」
「うむ。では、食堂を出て案内の者に付いて行きなさい」
「では『村人』チームの皆さん、あとはよろしくお願いします。頑張ってくださいねー。わたしは途中脱落しても『村人』チームが勝てばクルーザーもらえるんですから。お願いしまーす!」
懲りずにそんなことを言いながら、イルカは立ち上がった。
最後に、イルカは傍らの紅子に目を向け、囁くように言った。
「あなたもがんばってね。
「………………イルカ……?」
そして、イルカは食堂を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます