第16話 人狼ゲーム⑯「間一髪」
「べつに、そよぎが『人狼』確定というわけではないだろ。ただ、カードの指紋が偽造された可能性は否定できないというだけだ」
天馬が冷静に状況を総括した。
「そよぎと紅子たち、どちらかが嘘を付いてるわけだな」
「そよぎが『村人』で、推理通り紅子と千堂が『人狼』か。それとも、そよぎが偽の証拠をでっち上げた『人狼』で、紅子と千堂が潔白の『村人』か、ってことだ」
「後者ですよ」
「そーそー。わたし『村人』だもん」
イルカと紅子はとりあえず
「無意味な主張だ。誰だってそう言うに決まってる」
王我がにべもなく一蹴した。
「その二択だけ、ってわけじゃないでしょ。第三の真実ってのもあるんじゃない?」
美雷が言い出した。
「第三の真実?」
「そよぎ、紅子、メイド、全員が潔白の村人チームだって可能性よ」
「バカな。そんな事ありえん」
「とは言い切れないわよ。さっきそのメイドが語った指紋の偽造トリックを、そよぎじゃない別の誰かが仕掛けた可能性よ」
「はあ?」
「そよぎでも紅子たちでもない『人狼』が夜のうちに指紋を偽造して、それを自分以外の誰かが解き明かすことを期待して黙っている、って作戦よ」
「……犯人が偽の証拠を用意して、探偵に誤った推理をするように誘導するってのか。まるでエラリー・クイーンの推理小説だな」
「小説ならともかく、現実でそんなことやる奴はそうとうイカれてますわね」
「この場にいる人間で、イカれてない奴の方が少ないでしょうが」
その意見には、全員が同意した(全員が「自分は違うけどな」という表情をしていたが)。
「ともかく、そよぎか紅子たちのどちらかが『人狼』って完全に決めつけるのは危険だと思うわよ」
「まあ……可能性はあるな」
天馬は疑しげながらも美雷の意見を認めた。他の者も、特に異は唱えない。
(うーん。これって、いい流れ……なのかしら? そよぎかわたしたちどちらかが『人狼』って限定されるより、全員にまだ疑いがあるってことになった方が……いい筈よね、イルカ?)
紅子は首をかしげながら、ちらりとイルカの様子をうかがう。
「なるほどー。第三者による証拠の偽造ですか、ふむふむ。そういうことも考えられるのですね!」
イルカは腕を組み、大げさにうなずいた。
「そよぎ様、すみません。わたしはそよぎ様を『人狼』だと決めつけていましたが、そうではなく『村人』の可能性もあるのですね。いえ、というか『村人』であってほしいです! そしてあなたが潔白で、本当に紅子お嬢様とわたしの指紋を『人狼』のカードから見つけたのだとしても、わたし達が潔白の可能性もあるのだということを忘れないでください! お願いします!」
目をうるうるさせながら、イルカは主張する。
(ひえっ。よくもまあ、あんな真剣な顔で心にもないこと言えるもんだわ)
全てを知って見ている紅子はドン引きである。
「……分かった」
そよぎは、しぶしぶと矛を収めた。
間一髪、紅子とイルカは絶体絶命の危機を逃れたのだ。
(よっし……これで生き残ったわね……よかった、よかった)
紅子はほっと溜息をついた。
「とりあえず『人狼』については保留だな。では次の議題だ」
王我が言い出した。
「は? まだ何かあるの……?」
もう安心と思っていた紅子は、またも修羅場の予感に身をすくませる。
「『騎士』についてだ。『騎士』のカードの指紋も調べるかどうか……どうするんだ?」
「ああ、そっか『騎士』のこともあったわね」
(ここで『騎士』が誰か分かれば、今夜の襲撃で殺せるじゃない! ラッキー!)
と紅子が思ったのもつかの間。
「やめた方がいいんじゃない? 『騎士』が誰か公表したら今夜殺されるわよ」
美雷が反対した。
「ですが『騎士』が明らかになれば、昨夜の護衛対象が誰かも判明しますよ」
イルカは『騎士』の公表に賛成する。それが本心かどうかは、紅子にも判断できないが。
(う……ん……? 『騎士』が誰か分かれば、そよぎの『村人』が確定しちゃうわけで……でも『騎士』は確実に殺せるし……どっちがメリットでかいのかしら……?)
もはや完全に紅子の脳の許容範囲を超えている。
「そもそも、カードの指紋は偽造されてる可能性があるんだから、『騎士』の指紋を調べてもそれが正しいかどうか分かんないわよ」
「かもしれんな。かえって混乱を招くだけか」
「ふーむ。言われてみると、この状況下で全員に『騎士』の指紋を公表することは『人狼』側のメリットが大きいかもしれませんねぇ」
だったら公表してほしいのだが、もちろん紅子がそんなことを言うわけにはいかない。
「天馬くんはどう思いますか?」
「俺としては、紅子・千堂・そよぎ以外の人間だけで『騎士』の指紋を確認するのがいいと思うが……まあ、そんなことお前たちは納得しないだろうな」
「当たり前よ! そんなのずるいもん! ……あ、これは別にわたしが『人狼』だから言ってるわけじゃないわよ」
結局、カードの指紋はこれ以上追求しないということで落ち着いた。
そよぎも特に異議は唱えない。紫凰も黙っていたが、これは異論がないからではなく皆が話している内容を理解できなかったからだろう。
「さて、そういうことならこのカードは額縁に入れて元に戻しましょうか」
そう言ってカードに伸ばしたイルカの手を、天馬が掴んだ。
「待て」
「……なんですか?」
「このカードは破棄する」
天馬は『騎士』のカードを取り上げ、ためらいなく二つに破った。
「はあ!? あんた何してんのよ!」
「当然の処置だろう」
天馬は残った『人狼』と『村人』のカード六枚もビリビリに引き裂き、残骸をひとまとめに皿に移して小田桐に差し出した。
「このカードを厨房に持って行って、灰になるまで燃やして廃棄してください。今すぐに」
「は……? え……、あの……?」
小田桐は啞然としていた。
「あんた、頭おかしくなったの……?」
「気でも狂ったのですかお兄様……」
「お前らにだけは言われたくない。いいか、現在カードに付いている指紋が『人狼』によって偽造されたものならこのまま額縁に戻しても問題ない。だが本物だったらどうなる?」
「どうなるって……」
「カードの指紋が本物の場合、すなわち千堂・紅子が『人狼』だとしたら。この場合、あとでこっそり二人だけでカードの指紋を調べて『騎士』が誰か特定できるわけだ」
(あー……なるほどね……)
だからイルカは、この場では『騎士』の公表に反対して、さっさとカードをしまおうとしていたわけだ。
「そうだろ、千堂?」
天馬が探るようにイルカに問いかける。
「そうですねえ。仮に……仮にですが、わたしと紅子お嬢様が『人狼』だったら、そういう戦略もありえたかもしれませんね」
イルカは微塵も動揺を見せずに答えた。
「おい天馬……だからって儂が丹精込めて作ったカードをいきなり破くか……? 酷すぎるぞ……」
六郎太が、恨みがましく口を挟んできた。
「再発行のプリント代は俺が出しますよ」
「そういう問題じゃないわ」
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