第15話 人狼ゲーム⑮「反撃のレスバトル」

「……そうか。うむ、分かった。またなにか進展があったら教えてくれ。もちろん、ルールに抵触しない範囲で構わない」


 炎城寺家の家令、黒須くろす重蔵じゅうぞうはスマホの通話を切り、重苦しいため息を吐いた。


「本家の人からの電話ですか?」


 執事見習いの少年、蜂谷はちやはじめが尋ねた。


「ああ、五輪本家の清水からだ。あいつとは同期でな。今回の勝負の状況について教えてくれるように頼んでいたんだ」


「ええっ。それって、スパイですか?」


 驚いて声を上げたのは新人メイドの美星みほし菜々香ななかである。


「まさか。教えてくれるのはあくまでゲームの進行状況だけだ。このことは当主様の許可も得ている……というより、当主様自身が五輪グループ内に広く伝えるよう奨励しているんだ」


「実況中継というわけですか。お祭り好きのご当主様らしいですね」


 メイド長、九条くじょうさつきが肩をすくめた。


 彼らはみな、炎城寺家に仕える使用人たちである。主人不在の炎城寺家のリビングで、彼らは紅子の勝利を必死に祈っていた……というほどでもないが、まあそれなりに勝負の行方に興味はあった。


「種目は人狼ゲームらしい」


「じ、人狼ですか……」


「なんてゆーか俗っぽいというか。そんなバラエティ番組みたいな事で五輪グループの次期総帥を決めるんですか」


「それで、紅子様は? まさかもう負けたとかではないでしょうね」


「まだ脱落者は出ていない。だがちょうど今そよぎ様が、紅子様とイルカを『人狼』だと断定した」


「は……? なんでイルカがゲームに参加してるの?」


「知らん」


「それに、お嬢が『人狼』って……本当なんですか?」


「それも分からん。だが本当にしろ嘘にしろ、『人狼』と指摘されたらまずいことに変わりないな」


「……イルカが頼みですね」


「ですね。お嬢様の頭で、そよぎ様と舌戦なんてできるわけありませんから」


 紅子の頭がいかに悪いか、彼らは身に染みて知っているのだ。


「イルカちゃんとそよぎちゃんのレスバトルですかぁ。どっちも頭いいからすごい戦いですね。『ちょうじょうけっせん』ですよ!」


 能天気に言ったのは、小学生の根岸ねぎしみい子である。彼女はそよぎとも友達感覚で仲がいい。


「イルカのあれは、『頭がいい』というより『小賢しい』のですよ」


 さつきはため息を付きながらこぼすのだった。





◆――――◆――――◆





 イルカは、六郎太を振り返って言った。


「当主様。わたしにも小麦粉をいただけますか? それに水と、料理用のボウルもお借りしたいのですが」


「……? まあ、構わんが……」


 六郎太は頷き、傍に控えていたメイドの江藤を調理場に行かせた。


「また小麦粉? それにボウルって……」


「何をする気だ、千堂」


「まあまあ。説明は少々お待ちください」


 イルカはあくまで余裕の表情である。


 紅子にはさっぱり分からないが、彼女に何か勝算があることは間違いない。


(頼むわよ、イルカ……)


 ほどなく、江藤は小麦粉を入れたボウルと水差しを持って戻ってきた。


「さて皆様、よくご覧ください」


 イルカはボウルをテーブルに置き、解説を始めた。


「準備しましたこの小麦粉。ここに水を加えます。そして、よくこねます。こね、こね……と」


 奇怪な動きを始めたイルカの手元を、紅子たちも六郎太も注目する。メイドの江藤や家令の清水まで、立場を忘れて観客となっていた。


「一体何をしてますの、あなたは」


 紫凰がたまりかねて聞いた。


「パン生地というのはこうやって作るんですよ。名家のご子息の方々には馴染みがありませんかね?」


「パンの作り方くらい知ってますわよ。なんでいきなりお料理教室初めたのかと聞いているのです」


「いえいえ。作るのはパンではなく、あくまでパン生地です。……うん、これくらいでいいでしょう」


 イルカが手を止めた。


 ボウルの中にはこねたパン生地ができあがっていた。


「さて、このパン生地をひと掴み取りましょう。そして、このグラスの指紋が付いた場所にピタッと押し付けます」


 その言葉どおり、イルカはパン生地をグラスに押し当てて数秒待ち、離した。


「そして、今度はこれをカードに押し当てるのです。はい、ポンっと……さて、どうなったでしょうか?」


 パン生地を当てたカードの表面に、かすかな脂の紋様が浮かんでいた。


「あっ……!」


「指紋が……カードに移った……?」


「はい、そのとおり。つまり指紋のスタンプというわけですね」


 イルカは得意げに、手に持ったパン生地を見せつける。そこにもグラスから写った指紋が浮かんでいた。


「わたしが何を言いたいか、もうおわかりでしょう。カードの指紋なんて、このようにいくらでも偽造が可能なのですよ」


 嘘であり、本当でもある。


『人狼』カードの指紋は確かに紅子とイルカのものだが、それを偽造できるということもまた、間違ってはいないのだ。


「そよぎ様は、この方法で偽の証拠をでっち上げ、わたしと紅子お嬢様を『人狼』に仕立て上げた! それすなわち、実はそよぎ様こそが『人狼』であるということです!」


 イルカは逆転裁判のごとく、そよぎを指さして断言した。


 しん――――と食堂が静寂に包まれる。


 紅子は、内心で大喝采を上げていた。


(うおおおおおぉぉぉ! さすがイルカ! よくとっさにこんな大嘘を! こいつもうレスバ王超えて捏造王ね!!!)


 そよぎが、静かに口を開いた。


「嘘だよ。でっち上げはイルカさんの方じゃない」


「いいえ。でっち上げたのはそよぎ様です」


「わたしがそんなおかしな動きをしてないってことは、お爺ちゃんや清水さんたちが証人になってくれるよ」


「いえいえ。このトリックをしかけるのは、夜の間にだって出来るんです。皆が寝てるあいだに厨房やこの食堂に忍び込んで、カードや小麦粉を拝借するくらい簡単です」


「指紋入りのグラスは朝食の時まで手に入らないよ?」


「指紋くらい別の場所から採取できます」


「いつ、どこで? 勝負が人狼ゲームだって発表されたのは、昨日の夜だよ? その後の数時間で、全員分の指紋を怪しまれずに採取する……そんな機会があるかな? 皆が確実に触れるもので、表面がグラスのようにつるつるしてるもの……食事の時以外に、手に入る?」


「簡単。各自の部屋の、ドアノブですよ。これなら皆が寝た後、誰もいない廊下でいくらでも指紋取り放題じゃないですか」


「……………………」


「おや、もう反論ありませんか? なら『人狼』はそよぎ様で確定ですね!」


(でたーーー! イルカのゴリ押し理論! 本当は引き分けなのに一方的に勝利宣言しちゃうやつだわ!)


 絶体絶命と思われた状況は、いつの間にかイルカがそよぎを言い負かした雰囲気に変わっていた。

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