第17話 人狼ゲーム⑰「黄昏の王の夢」

 10月5日、午前12時。


 紅子にとってピンチの連続だった朝が終わり、昼食の時間となった。


「ゲーム初日から盛り上がってるようでなによりじゃ。午前中に頭使って腹が減ったじゃろうから、皆たんと食えよ」


 六郎太は愉快そうに笑う。


「たしかにねー。頭使うとお腹減るってホントだったのね」


 紅子はしみじみと言った。だが、他に口を開く者はいない。


(あれ……?)


 普段ならここで紫凰や王我が、「お前が頭使うなんて雹が降るな」とかディスってくる流れのはずだ。


 見ると、誰も彼も食事も上の空でぶつぶつと思案にふけっている。


(あー、こいつら『人狼』探しでオーバーヒート気味なのね)


 紅子とイルカが議論をかき回し捻じ曲げまくったせいで、「裏の裏のそのまた裏……」まで考える羽目になったからだ。


 実際には、裏もクソもなく表がそのまま真実なのだが。


「皆よく味わっておけよ。別館の食事はここよりだいぶ質素じゃからの。最低限のパンと水が与えられるくらいじゃ」


「ええ、なんでよ?」


「ま、ちょっとしたペナルティじゃな。脱落者にご馳走は食わせんということじゃ」


 六郎太はとことん演出好きなのだ。


「分かっとるだろうが、この面子で食卓を囲むのはこの昼食で最後じゃぞ。18時の処刑投票では、必ず誰か一人が脱落する。夕食にありつけるのは六人だけ。処刑されたものはそれを横目に別館行きで、今夜は飯抜きじゃ。はっはっは」


 七人は皆、それとなく顔を見合わせた。


 この中の一人が、今度こそ脱落する。それが誰かを決めるのは、他ならぬ自分たち自身なのだ。




 食事が終わった後、紅子はイルカを捕まえて話しかけた。周りに他の人間はいないが、それでも昨晩の決め事通り『人狼』としての会話は避ける。


「ねえ、イルカはどうするつもりなの?」


「うーん、そうですね。わたしとしては、そよぎ様が『人狼』じゃないかな、と思うんですがねえ」


(そよぎを『人狼』に仕立て上げて脱落させようってことね)


「ただ、みなさんが信じてくれるかどうかは難しいかもしれません」


(他の連中を騙くらかす自信はないってことね)


「しばらく、ひとりで情報を整理して推理したいと思います」


(また大嘘でっちあげる悪巧みするってことね)


 とりあえず、イルカにもまだ決め手はないようだった。




 イルカと別れた紅子は、部屋に戻る前に厨房に顔を出した。


「ねえ、プロテインと豆乳ないかしら?」


 昼下がりのコーヒー代わりに、豆乳割りプロテインを飲むのが紅子の日課なのである。


「申し訳ありません。プロテインはちょっと……」


 五輪家の厨房を取り仕切る料理長、岸本はそう言って頭を下げた。


「じゃー豆乳だけでいいから、後でわたしの部屋に持ってきて。プロテインは明日までに船便で送らせといてよ」


 自分の三倍の年齢の男に、平然と命令する。それが紅子の生まれ持った身分であり、気質なのだ。


「かしこまりました」


 岸本も、特に不満を見せず快諾した。


 五輪一族とその使用人の関係は、これで問題なく回るのだ。


(そよぎもこれくらい大きく構えてればいいのにね)


 謙虚で大人しいそよぎは、なるべく使用人に頼らず自分のことは自分でやろうとする。今回のパーティーにも、付き人のメイドを連れて来ていない。


 立派な心掛けと言えるかもしれないが、それを知った口さがない連中は「養子は使用人も付けてもらえないのだ」と陰口を叩くのだ。


「……ねー、ちょっと聞きたいんだけどさ」


「はい」


「あんたら五輪本家の奴らはさ、ぶっちゃけ誰に跡継ぎになってほしいって思ってるの?」


「それは、私どもの立場で申し上げられるような事ではございません」


「そういうのいいから。これオフレコだから、本当の事言ってよ」


 岸本はしばし逡巡した後、おもむろに口を開いた。


「……紅子様です」


「なによ。お世辞ならいらないわよ」


「本心ですよ。我々、五輪家の使用人の意見としては紅子様派が五割、天馬様、王我様を推すものが二割ずつ、あとは紫凰様か美雷様……といった感じでして」


 まさか自分が一番人気だったとは思わなかった。


「あのさ、本当にわたしでいいの? 自分で言うのもなんだけど、わたしって頭おかしいらしいわよ」


「六郎太様だって昔はかなり破天荒でしたよ。大人しいだけの優等生より、エキセントリックな鬼才こそ五輪家の当主として相応しいのです。頭がおかしいとか、頭が悪いとか、そんなことは周りの部下がフォローすればいい話です」


「頭が悪いとまでは言ってないわよ」


「……失礼。つい調子に乗って喋りすぎました。とりあえず以上が私の意見です」


「そよぎは?」


「え?」


「そよぎに当主になってほしいって奴はいないの?」


「それは……その……いません。あの方はまだ小学生ですし……」


「ふーん」


 養子だから、とは流石に口にしない。


 だが気まずそうな口ぶりを聞けば、岸本たちがそよぎをどう見ているのかは明白だった。


「あ、そよぎ様といえば、先ほどこちらに来られましたよ」


 あからさまに、岸本は話題をそらした。


「紫キャベツか、ナスかぶどうはないかとおっしゃられて」


「は? キャベツと……ナスとぶどう……? なにそれ?」


「いえ、分かりません。とりあえず普通のキャベツとナスならありますと答えたら、あとで取りに来ると言われて……何だったのでしょうね、あれは」


「………………」


 そよぎが何を考えているのか、紅子にも見当がつかない。だが猛烈に嫌な予感がする。


 紅子の背中が、またぞくりと総毛だった。





◆――――◆――――◆





10月5日、午後5時。


「どうじゃ、皆の様子は」


 ベランダで安楽椅子に身を委ねながら、六郎太は清水に聞いた。


 老人の顔は、既に水平線近くへ傾いた夕日に赤く照らされている。


「まだ何もありません。皆様、昼食以降はお一人でバラバラに過ごしていらっしゃいます」


「ふむ……」


「もうすぐ投票が始まるというのに、誰も話し合おうとされないようです」


「みな、懲りたんじゃろうな」


「懲りた?」


「誰かが自分の考えを語ろうとしても、すぐ邪魔されてあげ足をとられて有耶無耶にされる……話し合いなんぞするだけ無駄と気付いたんじゃろ」


「それは……確かに午前中はそのような水掛け論の応酬でしたが……。だからといって話し合いを放棄してしまったら、村人チームに勝ち目はないでしょう」


「だから、奴らは処刑投票の始まるギリギリの時間を狙っておるんじゃ。そこで声高に『誰々が人狼だ~』と大声でわめきたてて、反論の出る前に投票が始まってしまえば持論を押し通せる。これな、現実の討論会などでも有効なやり方なんじゃ。今風に言えば『レスバトルは最後にレスした奴が勝つ』ってことじゃな」


「はあ……なるほど」


「とはいえ、人狼チームなら自分の意見をゴリ押しできればそれでよいが、村人チームはそれ以前に『人狼』の正体を正しく見抜かねばならんがな」


「難しいでしょうか?」


 紅子とイルカが『人狼』であることは、すでにそよぎが指摘した。そよぎ自身はその考えをほぼ間違いないと確信しているだろう。


 だが、それを他の者が信じるかどうかは別問題である。


「ま、6時の処刑投票が見物じゃな。誰が何を仕掛けるか……それに……」


 六郎太は、赤く染まった西の空を眺めて目を細めた。既に天に召された彼の家族――五人の姉と、両親を想うかのように。


「『宮殿』へと辿り着く者は……果たして現れるのか……」


「宮殿……?」


「うむ。正直なところ、儂がもっとも興味のあるのはそこなんじゃ」


 六郎太は、夕焼けの空を眺めながら言った。


「……もう五十年以上前の話じゃ。若い頃の儂は父親――五輪グループの創始者、五輪竹蔵に成功の秘訣というものを尋ねた。『なぜお父さんは、わずか十数年でこれほどの富を築けたのですか?』とな。父は言った、『それは私が宮殿を手にしたからだ』と」


「それは……何かの比喩ですか? それとも、実際どこかに『宮殿』という建築物や財宝が存在している、と?」


「分からん。父は教えてくれんかった。ただ、『もし、お前が宮殿へと到達した時は、自然にこれがそうだ・・・・・・と理解できるだろう』とだけ言った」


「…………」


「が、結局この歳になっても儂には『宮殿』が何のことか分からん。儂には父ほどの器がなかったということじゃな。……まあ、それはそうじゃろ。この五十年、儂がしてきたことは父や姉たちの築いた五輪グループを守ることだけ。所詮はただの管理人よ」


 六郎太はうつむき、自虐気味に笑う。


 しばしの沈黙の後、黄昏の王は再び空を見上げた。


「だが、奴らは儂とは違う。あの六人の子供らの、才能と輝きはな……」

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