第3話 人狼ゲーム③「異端のルール」

 凍り付いた空気の中、壁際に立つ者たち――イルカを含む分家の使用人たちが息をのむ。

 

 海原そよぎが養子であるなど、彼らのほとんどが初耳だったのだ。


 そんな空気など意にも介さず、王我は続ける。


「本来なら、こいつがこの席に座っているだけでも図々しい。単なる部外者……」


「おい」


 紅子が、地獄の底から響くような声とともに立ち上がった。


「ぐちゃぐちゃと下らねえ事喋ってんじゃないわよ……! その口、一生開けなくされたいの……!?」


 凍った空気を一瞬で溶かしつくす怒りを噴出しながら、紅子は王我を睨みつける。


「何を息巻いている、紅子」


 並の人間なら失神しているだろう紅子の殺意の視線を、しかし王我は平然と受け流す。


「貴様はついさっき『次期当主など誰がなろうが知ったことじゃない、勝手にしろ』と言ったではないか。それなのに、そよぎが当主になれないと聞けば途端に不満を言い出すのか」


「う……」


「フン。選挙にすら行かないくせに政治に文句を垂れ流す小市民共と変わらんな」


「……ぎ……ぐぎぎ……」


 殴り合いの喧嘩なら天下無敵の紅子だが、口喧嘩では世界最弱である。あっさり王我のレスバトルにやりこめられ、顔を真っ赤にしてふるえだす。


「お、王我ぁ……わたしに向かってロジハラかますなんていい度胸してるわね……! ぶっ殺して……」


「やめろ」


 紅子が暴力に訴えようと飛びかかる直前、天馬が低い声で制した。


「紅子、ここはお前の家じゃない。今ここでお前が好き勝手に暴れたら、その後片付けはお爺様とこの場の使用人たちがするという事を忘れるな」


「…………ちっ」


 天馬の言葉に、紅子は不満げながらも矛を収めて座り直した。


 天馬は、次に王我に向かって言った。


「王我、お前もだ。紅子はお前がそよぎの出生をあげつらって侮辱したことに怒ったのであって、当主がどうこうという話とは関係ない。論点をすり替えて議論を捻じ曲げるな」


「そうよ、そうよ! わたしはそれが言いたかったの! この卑怯者! 論点すり替えやがって! そんなすり替えがわたしに通用すると思ったの? やーい、わたしの勝ちー!」


「フン。馬鹿と話していると脳が腐る」


 王我は取り合わずそっぽを向いた。


「……二人とも収まったか? ほんとにお前らはすぐ喧嘩するのぉ」


 成り行きを見守っていた六郎太がようやく口を開いた。


「どうしようもない連中ね。あたしのような普通の人間は肩身が狭いわ」


 またしても美雷が普通アピールを挟む。


「で、話の続きじゃが」


 六郎太は咳払いをして、改めてそよぎに問いかけた。


「そよぎ。お前は本家の当主となって五輪グループを背負う気はあるか?」


「……わたしは……よくわからないです……」


 ついさきほど、自分が話題の渦中にあっても沈黙し続けてきたそよぎは、迷いながらそう言った。


「ふむ。まあ、小学生のお前に選択しろというのはちと早すぎるかもしれんな」


「でも、勝負は真剣にやります。そのために来ました」


「よろしい」


 これで、六人全員の意志は出そろったことになる。


「まぁ、五輪グループを継ぐか継がないかは、この先ゆっくり考えればよい。今回のところは皆、勝負に勝つことだけを考えておれ。その点については、ここにいる全員が本気であることを儂は確信している」


 六郎太の言葉に、若者たちは沈黙をもって肯定した。


「さて。お前らがぎゃあぎゃあ騒ぐせいで前置きが長くなったが、そろそろ始めるかの。今回、お前たちの計りとして用意したゲームはあれじゃ」


 六郎太は背後の壁を振り返り、額縁に入れて飾られたカードを指差した。


『占い師』『霊媒師』『村人』『裏切り者』『騎士』『人狼』


「あのカードのこと?」


 紅子が入室直後から気になっていたものだ。


「そうじゃ。儂はここ数年こいつにハマっておっての。最初はネットでプレイ動画とか見とるだけじゃったが、最近は自分でもちょくちょくやってみたりするんじゃ。そんな道楽が高じてオリジナルのカードも特注で作らせた。ほら、こうして額縁にいれておけば、それだけでもかっこいいじゃろ?」


 齢八十の六郎太は、年甲斐もなくうきうきと語りはじめた。


「こいつは実に面白い。単なる運や駆け引きではない、人間の能力……知性、創造性、統率力が試される。お前たちの素質を計る試験として、これほど適切なものはないと確信しておる。…………そう、『人狼ゲーム』じゃ。まさか知らんものはおるまいな?」


「知らない」


「ふぁっ!?」


 六郎太のみならず、五人のいとこも周りの使用人たちも、信じられないといった表情で紅子を見る。


「し、知らんのか紅子……いや、やったことはなくてもルールはだいたい知っとるじゃろ? 名前くらいは聞いたことあるじゃろ?」


「知らないって。人狼ゲームなんて聞いたことない」


「ほえええ……ほんまかい……。儂と同年代の連中でも知らんものはおらんぞ……」


 紅子はIT音痴である。インターネットにまともに触れるようになったのが四か月前、初めてスマホを買ったのが一月前だ。流行りのネット文化やゲームといったものにはとことん疎い。


「これだから猿は」


「所詮原始人の知能ではな」


「やっぱり精神異常者ね」


 紫凰、王我、美雷がここぞとばかりにディスりにかかる。


「うるっさいわね! 知らないもんは知らないのよ! だからまずルール説明してよ、お爺ちゃん!」


「しょうがないのぉ。『むかしむかしあるところに……』」


「え、ストーリー設定から話すの?」




“むかしむかしあるところに、小さな村があり、それを狙う狼の妖怪『人狼』がおりました。『人狼』は人に化ける術を使い、その正体は普通の人間には決して見破れません。その術で人に成りすました『人狼』は村に入り込み、一晩に一人、村人を食い殺します。『人狼』の存在に気付いた村人たちは決意します。一日に一人『人狼』と疑わしいものを処刑しよう、と――――”




「人狼ゲームでは、初めにプレイヤー一人に一枚、役職カードがランダムに配られる。そのとき配られたカードで『村人チーム』か『人狼チーム』かに割り振られる。配られたカードは本人だけが見て自分の役職を確認後、即座に回収される。つまり自分の役職は自分以外わからないということじゃ。


 それが終わればゲームスタート。


 まず『夜』のフェイズから始まる。ここでは『人狼チーム』の者が相談して『村人チーム』から一人食い殺す相手を決める。このとき殺されたものはゲームオーバー。脱落じゃ。


 その後は『昼』のフェイズ。ここでプレイヤー同士が話し合い、『人狼』と疑わしいものを推理する。そして、プレイヤー全員の多数決により、誰を処刑するかを決めるのじゃ。このとき処刑されたものも当然ゲームオーバーで脱落となる。


『村人』は当然、誰が『人狼』かを真剣に推理するんじゃが、『人狼』は自分が処刑されないために嘘を並べ立て、逆に『村人』に罪をなすりつけるというふうに立ち回る」


「なるほどね。ほんとは人狼のくせに『私は村人ですー信じてくださーい』って言って、『お前怪しい! お前人狼だろ!』って村人に難癖つけるわけか。すっごい性格悪いわね」


「そういうゲームだから仕方あるまい。夜が来るたびに一人食い殺され、昼が来るたびに一人が処刑される。そうして、『村人チーム』と『人狼チーム』どちらかの陣営が全滅した時点でゲーム終了、生き残った方の勝ちじゃ」


「ふんふん、分かった。完全に理解したわ。けど、チーム戦だと勝者が一人に決まらないじゃん」


「お前たちには、何よりまずチームワークを重視して欲しいからの。ま、あえて勝者を一人選ぶなら一番活躍した者、MVPが勝利者じゃな」


「ふーん。ところで、相手をぶん殴って拷問するのはあり?」


「ナシじゃ。特に紅子、王我、紫凰に言っておくが、ゲーム中は一切の暴力を禁止する」


「「「なんで?」」」


「お前たちの親は一体どういう教育をしとるんだ?」


 六郎太は深々とため息を付いた。


「ただし、暴力以外の禁止事項はない。どんな手でも好きに使うがよい。……さて基本的なルールは以上じゃが、『人狼ゲーム』には様々な特殊カード、追加ルールが存在する」


「トランプの大富豪みたいなもんね」


「そのへんのレギュレーションをどうするかじゃが……初心者の紅子がいるのだからビギナー向けの基本ルールでいくのがよいかな?」


「なにをおっしゃいますの! 初心者だからなんて甘やかしてはいけませんわ! 無知は紅子の自己責任! ここはバリバリに尖ったアドバンスルールで『妖狐』とかぶち込みましょう!」


 紫凰が主張する。


「六人村で『妖狐』とか入れられるわけないでしょ。常識的に考えたら『村人』4『占い師』1『人狼』1でしょ」


 と、美雷。


「『裏切り者』が入らない構成は面白みがないな。『村人』3『裏切り者』1『占い師』1『人狼』1がいい」


「欠けルールで『人狼』1『裏切り者』1『占い師』1『騎士』1『村人』3だ。連続ガードはナシ」


 天馬も王我もそれぞれのこだわりを主張する。


 どうやら紅子以外は皆、それなりの心得があるようだ。


「まあ待て。レギュレーションを決める方法も用意してあるんじゃ」


 六郎太は、家令の清水から紙の束とペンを受け取り、六人に配った。


「なんですか、これは」


「アンケートじゃ。各自、ここに書かれた①から⑤番の中の1つを選んでマルを付けよ。多数決で最も多かったレギュレーションでゲームを行うことにする」


「ふーん。どれどれ……」


 紅子は手元に配られたアンケート用紙に目を落とす。




 ①ビギナー:初心者でもプレイしやすい! やさしくてかんたんルールです。

 ②スタンダード:基本にして王道。最も一般的なルールです。

 ③アドバンス:上級者におすすめ。一段上のレベルにチャレンジしよう。

 ④アブノーマル:普通のプレイは飽きちゃった、そんな人はやってみよう。

 ⑤スーパーアルティメットエキスパート:究極レベルの最上級難易度。常識を超えた頭脳戦に挑む覚悟があれば。


※⑤は人狼ゲームの根本を破壊しかねない超危険なレギュレーションです。天才、超人、狂人いずれかに該当する人間以外にはお勧めしません。




「…………」


 紅子は、ほとんど考えることなく番号を選んで用紙を提出した。


 他の者もすぐに回答を終え、ほどなく六郎太のもとに六枚のアンケート用紙が回収された。


「……ほう、ほう。ふーむ。まったく、お前たちは仲がいいのか悪いのかわからんの」


 アンケート結果に目を通した六郎太は二、三度うなづいて顔を上げた。


「六人全員、満場一致で決定じゃ。レギュレーションは⑤番の『スーパーアルティメットエキスパートルール』で行うこととする」

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