第2話 人狼ゲーム②「華麗なる一族」
「よく来たの、紅子」
五輪本家の現当主にして五輪グループ二代目総帥、五輪六郎太は紅子の遅刻を咎めることなく、穏やかに言った。
「来てあげたわよ、お爺ちゃん」
日本の政財界の半分を意のままに動かせる六郎太に対して、こんな口をきけるのは親族といえど紅子だけである。
「相変わらず貴様は礼儀を知らんな。脳が幼稚園児の頃から進歩していないらしい」
紅子の対面の席、童顔だが整った顔立ちの男が因縁を付けてきた。
土橋王我、十八歳。
土橋グループの若社長として辣腕を振るう、ビジネス界注目の新星である。
「しょせん猿ですわね」
今度は左の席の少女が毒づいた。
空峰紫凰、十七歳。
今年、高校剣道インターハイを優勝した空峰家の令嬢。インスタグラマーとしても人気の美少女である。
二人は表向き紅子の六郎太に対する無礼を咎めているようだが、真意はそんなことではない。単に紅子をディスる口実が欲しかっただけなのだ。
「ああああ? 誰が猿で幼稚園児だって?」
そして紅子も、煽りに即座に反応する。
今日この食卓に集った六人、五輪一族の黄金世代はほぼ全員仲が悪い。招待者が六郎太でなければ、そもそも同じテーブルにつくことすらなかっただろう。
「お姉ちゃん、喧嘩はだめだよ」
幼い声で諌めたのは、海原そよぎ。十一歳。
全国小学生模試一位、将来有望な優等生。今回招待された若者たちの中でも、最も年下の少女である。
五輪一族でも紅子とそよぎだけは例外的に仲がいい。優等生と不良はなぜか惹かれ合うものなのだ。
「はいはい、分かったわよ」
可愛い妹分にたしなめられ、紅子は肩をすくめて席についた。
「ああ、お爺ちゃん、誕生日おめでと」
紅子は今思い出したように祝いの言葉を述べた。
「ほっほ。ありがとうよ」
六郎太は特に気分を害した様子もなく、愉快そうに笑う。
寛大、というより、彼自身も変わり者なのだ。
「さて」
老人は、目の前に集った六人の若者を見すえ、あらたまって切り出した。
「紅子。王我。天馬。紫凰。美雷。そよぎ。儂の八十歳の誕生日を祝ってくれたこと、あらためて礼を言おう。じゃが今回の集いに、それとは別の目的があることは、すでに知っておるだろう」
六人全員が、軽くうなずいた。
「回りくどいことは言わん、はっきりと説明しよう。現在、五輪本家に跡取りはおらん。ならば、分家の子息であるお前たちの誰かが次の当主となる。……これは、お前たちが産まれた時には既に決まっておったことだ。いわば、お前たちの宿命じゃ」
五輪一族における本家とは、いまや六郎太ひとりとなった「五輪家」であり、分家とは親戚筋の「炎城寺」「空峰」「土橋」「天津風」「海原」のことである。
「わたしたちは産まれたときから戦う運命だったってこと? だから仲が悪いのかしらね」
紅子が口をはさんだ。
「それは単なる性格の問題じゃ」
六郎太はあっさり答えた。
「そんなお前たちも成長し、そよぎ以外はもう子供とは言えん年齢になった。そろそろ、時がきたのだ。儂は五輪家の現当主として、お前たちの中から誰か一人を後継者に選ばなければならん」
長身の青年が手を上げた。
「そのことですが、お爺様。先に言っておきたいことがあります」
空峰天馬。十九歳。
紫凰の兄であり、新進気鋭の小説家である。
「家督を継ぐ気はない、という話か?」
「はい。俺は空峰家の家督は妹に譲りますし、当然、本家の当主になる気もありません。今日ここに来たのは全員参加しなければ後継者が決まらないという話だったからと、純粋にお爺様のお誕生日をお祝いしたかっただけです」
「そうやってすぐいい子ぶる。アンタはいつもそうよね」
茶髪とピアスで派手に決めた少女が天馬に茶々をいれた。
天津風美雷。十七歳。
FPSおよび格闘ジャンルでプロ級の腕を持つゲーマー……なのだが、本人がもっぱら時間を費やすのは札束で殴り合うような廃人ソーシャルゲームである。
「ふむ。まあ、そのあたりのことはお前の親父から聞いている。あやつはまだ納得しておらんかったがな」
「ですが……」
「まあ待て。なにも今すべてを決める必要はあるまい」
天馬を制し、六郎太はあらためて全員に語りかける。
「そもそも今回の勝負で即、次期当主を決めるわけではない。お前たちはみんなまだ若いし、儂とてあと十年はくたばるつもりはないしの。あくまで、いくつかある選考基準の一つだと思っておれ」
「なによ、まどろっこしいわね」
「じゃが、とりあえず。全員の意思を確認しておこうかの」
六郎太はそう言って、紫凰に顔を向けた。
「紫凰よ。お前の兄はこう言ってるが、お前自身はどう考えておる?」
「わたくしは空峰家と五輪グループの代表となることに異存ありませんわ。お兄様が辞退するなら、わたくしが跡継ぎになるのは当たり前でしょう」
「ふむ、お前は一応やる気はあるのじゃな」
次に、老人は王我に問いかける。
「王我、お前はどうじゃ」
「オレは当然、五輪家の次期当主となるつもりでここに来ましたがね」
「うむ。では紅子は?」
「あー、わたしはそういうの興味ゼロ。次期当主なんて誰がなろうが知ったこっちゃない、勝手にしてってかんじ」
紅子はひらひらと手を振って肩をすくめた。
「ただ、勝負自体はやる気バリバリだから心配しないで。赤ん坊の頃から腐れ縁のこの連中と、キッチリ序列をつけられるのは最高に楽しみだわ」
「戦いが手段ではなく目的か。お前らしいの」
六郎太は、今度は美雷に目を向けた。
「美雷、お前はどうなんじゃ?」
「あたしが当主になったら、炎城寺家と空峰家を取り潰していいの?」
過去の因縁により、美雷は紅子と天馬に多大な恨みを抱いているのだ。
「ダメじゃ」
「なら、あたしも興味ありませーん。こんな変態一族の当主なんて、常識人のあたしにはとても我慢できないから。だから……そうね、あたしが勝ったら、次期当主の権利は一番高値をつけた人に売ってあげるわ」
自称常識人の美雷は、平然と言い放った。
「なんちゅう奴じゃ。まったく」
六郎太はため息をつき、残った少女に語りかけた。
「では最後に、そよぎ。お前はどうじゃ?」
「わたしは……」
だが、そよぎが答える間もなく、王我が口をはさんだ。
「そよぎに聞く必要はないでしょう、お爺様」
王我は、隣席のそよぎを見下しながら言った。
「こいつは五輪一族の血を引く人間ではない。ただの海原家の養子なのですから」
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