第21話 「おあいそ」はマナー違反なのか?⑤

 紅子はスマホで作成した第二アカウントに、パソコンからログインした。


「このアカウントから、わたしの『おあいそ』論文の残り九枚を貼っていけばいいわけね」


「いえ、それではどっちみちすぐブロックされてさっきの二の舞です。分割はやめて一度に全部投下しましょう」


「そんなの無理でしょ。Twiterの文字数上限はどうしようもないじゃん」


「お嬢様のその作文を画像にとって貼り付ければいいんですよ」


「おおっ! そうか!」


 紅子はパソコンの画面にスマホのカメラを向ける。


「はい、チーズ!」


「写真じゃなくてスクリーンショットを取ってください……」


 最新のスマホを買っても、紅子が現代人のIT知識に追いつくのはまだまだ遠そうだ。


 イルカのレクチャーのもと、紅子は「ALT」キーと「PrtSc」キーの組み合わせによるスクリーンショット撮影を習得し、ついに渾身の『おあいそ』論文が王我のアカウントに投下された。



 炎城寺紅子@Red_Faire2

『このスクショがわたしの“おあいそ”肯定論の全文です。あなたはこの完璧な論文を読んでも“おあいそ”を否定できますか? 反論できないならわたしの勝ちです。以降、わたしをブロックしたり、無視したり、話をそらしたら自動的にあなたの負けとします。いいですね』



「よーし。逃げ道は完全に塞いだし、これでもう王我も知らんぷりは出来ないわよ! わたしの勝ちね!」


「ま、お嬢様の作文の巧拙はともかく、わたしも『おあいそ』を過剰にディスる風潮はどうかと思いますよ」


「お、珍しく素直ね。いつもは逆張り大好きのひねくれ者のくせに」


「わたしが逆張りしてるんじゃなくて、お嬢様がいつも逆方向に暴走しまくってるんですよ」


 十分後。王我がリプライを返してこないので、紅子はうきうきとはしゃぎだす。


「王我の奴、なにも言えなくなってるわ!」


「ええ。これはもうお嬢様の優位ですね。さきほど、お嬢様が論文の一枚目を投下したとき、王我様は即座にブロックした。つまり今現在、王我様はTwiterを見てるわけです。それは明らかなんですから、お嬢様の今回のリプに反論しない言い訳として『Twiter見てなかった。そんなリプなんて知らなかった』というのは通用しませんからね」


「そうよね! よしよし、ここでさらに追撃してやるわ!」



 炎城寺紅子@Red_Faire2

『十分たっても何も言えないのかよw 知らんぷりしてもお前が今顔真っ赤にしてTwiter見てるのは分かってるんだからなwww やーいお前の負けーーー!』



「ふふん、これでわたしの完全勝利よ! ざまあみろ王我!」


「あまり過剰に煽らない方がいいと思いますがねえ……」



『この炎城寺って人なんなの? ほんとうざい』


『土橋さん、こんなの相手しないでください』


『こいつネットのあちこちで暴れてる厄介じゃん。みんなブロックしよー』



「王我に代わって信者共がごちゃごちゃ文句付けてきたわね。けどそんなディス、わたしには通用しないわよ」


「いや、これはまずい流れですよ」


「え?」



 土橋王我@orgablueey

『フォロワーの皆さんにご迷惑かけて申し訳ありません。炎城寺さんの幼稚で馬鹿げた論文(笑)とやらへ反論することはできるのですが、これ以上荒らしに構うことは皆さんを不愉快にさせてしまうのでやめておきます』


 土橋王我@orgablueey

『幼稚園児並の知能の人間を論破することは簡単ですが、それでフォロワーを不快にしてしまうのは大人の対応ではありません。皆さんのご希望に答え、虚しい議論はやめてブロックすることにします。勝って当たり前の相手と議論しても意味がないですからね(笑)』


 土橋王我@orgablueey

『私個人としては、炎城寺さんを完膚なきまでに言い負かす反論はいくらでも考え付いていたのですが……ここはフォロワーの皆さんの方を大事にします。あーあ、炎城寺さんは運がよかったなあ(笑)』


【土橋王我@orgablueeyさんはあなたをブロックしました】



「ふっざけんなあああああコラアアアアアアァァッああああ!!!」


「やれやれ。逃げられちゃいましたね」


「なにが『フォロワーの皆さんにご迷惑』よ! 本当は反論が思い付かなかっただけだろうが! 信者共を逃げる言い訳に使ってんじゃないわよ!!!」


「SNSにおいてフォロワー数はそのまま戦闘力ですからね。信者を多く抱えていれば、あらゆる局面で有利に働くのですよ」


「くそくそっ! あの卑怯者がーーーー! うぎゃおおおおおおおおーーーーー!!!」


 紅子は顔を真っ赤にしながら、じたばたと床を転げまわる。


「お嬢様って、そのムーブ好きですねえ」


「好きでやってんじゃないわよ! きいいいいいいいいいいいいっ!」


 その時、パソコンが電子音を鳴らして通知を告げた。


 イルカがモニタを覗いて確認する。


「あのー、メールが来たみたいですよ」


「……は? メール? 珍しいわね。まさか王我……いや、そんなわけ無いか……」


 王我は紅子のメールアドレスなど知らない。


「差出人は……『Soyogi』……ああ、そよぎ様ですね」


「そよぎが!?」


 途端に、紅子は顔を輝かせて立ち上がった。


 パソコンの前に座り直し、いそいそとメールを開く。


「なんて書いてあるんです?」


「……そよぎが明日、スイスから帰ってくるんだってさ!」


 紅子の最愛の妹分にして五輪一族の最年少、海原そよぎ。その帰国の報せだった。

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