第20話 「おあいそ」はマナー違反なのか?④
「なによこれーーーー!?」
スシタローでの昼食から帰宅後、一時間もしないうちに王我はレスバトルを仕掛けてきた。
「どうしたんです、お嬢様」
「わたしのTwiterに、常連の荒らしがリンク貼っていったんだけど……」
「『常連の荒らし』ってなんか凄い表現ですね」
紅子のTwiterは、常時百人以上のアンチに監視され粘着されるという悲惨な事態になっているのだ。その中でも特に攻撃的で登場頻度が高い十人ほどが、紅子にとっての常連の荒らしである。
「王我がTwiterでわたしをディスってるのよ!」
「え?」
土橋王我@orgablueey
『本日、寿司屋で格闘家の炎城寺紅子さんをお見かけしたのだが、食事後に席を立って大声で“おあいそ”だと……。やれやれ、こういう人が将来日本の財界の一角を担うとは暗澹たる気分になりますね』
土橋王我@orgablueey
『“おあいそ”というのは寿司屋の店員側が使う符帳としての言葉であり、客側が使うのは失礼にあたるのです。このような日本語の使い方をする人は……』
「知ってるわボケ!!!」
案の定、紅子は王我の煽りツイートに光速で反応して怒りくるう。
「今どき『おあいそ』であげ足とってんじゃないわよクソ馬鹿野郎が! この世に『おあいそ』と『役不足』の意味間違えてる奴なんてとっくに絶滅してるわよ! 令和の時代にこんなことドヤ顔で指摘するほうが恥ずかしいわ!!!」
「そうなんですか。化石級に時代遅れなお嬢様のことだから、あの『おあいそ』はてっきりマジで言ってんだと思ってましたよ」
「んなわけあるか! 分かってるけど、
「なぜわざわざあえるんですか」
「じゃあ聞くけど、金払う時に『おあいそ』の代わりになんて言えばいいのよ?」
「『お勘定』とか『お会計』でいいじゃないですか」
「『お勘定』って偉そうだしおっさんみたいじゃない。逆に『お会計』ってのはナヨナヨして女々しいわ。結局、誤用と分かっていても『おあいそ』使うしかないのよ」
「そういうもんですかねえ。わたしは普通に『お会計』って言いますけど」
「女はそれでいいんでしょ」
「お嬢様も女じゃないですか。一応、生物学的には」
「わたしには男より強くなってしまった女としての責任があるのよ。軟弱な言動をすることは許されないの」
「……普段やりたい放題してるくせに、なぜ変なとこでこだわって生きづらくしてしまうんです?」
「とにかく、このドヤ顔勘違い野郎に反論しなきゃいけないわね! わたしが
ネットの煽り・荒らしをスルーするという選択肢は紅子には存在しない。さっそくパソコンのメモ帳を開いて、カタカタと作文を書き始めた。
「なんでTwiterじゃなくてメモ帳なんです?」
「長文になりそうだから下書きするのよ。わたしの高尚な思想を説明するには、最低五百字は必要だからね」
Twiterに一度に書き込める文字数の上限は百四十文字なのだ。
「えーと、まず……『FF外から失礼します』と……」
「あっちはお嬢様を名指しでディスってきたんですし、『F外失礼』はいらないと思いますが」
「だめよ。そこを外したらまた『Twiterのマナーがなってない』とか因縁つけられるわ。王我のやつ、ネットではいい子ぶって結構な数の信者抱えてるみたいだし」
「王我様も紫凰様も、リアルでは暴れまわるくせにネットではお行儀いいですよね。普通の人間は逆なんですがねえ」
「だからわたしはあいつらが嫌いなのよ。外面取り繕ってないで、もっと本音で語るべきだわ」
「お嬢様はもう少し取り繕うことを覚えたほうがいいと思いますが」
その後、一時間ほどかけて紅子の作文は完成した。
「よし出来た! 千文字超えちゃったから八分割くらいしないと書き込めないけど、最高の傑作に仕上がったわ! これをリプライすれば論破確実、王我は涙目発狂間違いなしよ!」
「おー、お疲れ様です」
ベッドに寝そべってスマホゲームをしていたイルカが腰を上げた。
「イルカ、まずあんたが読んで感想を聞かせてちょうだい」
「かしこまりました。それでは拝見させていただきましょう」
イルカはパソコンの前に座り、紅子渾身の『おあいそ』考察論を読み始めた。
「………ふむ……ふむ……………………うわあ…………」
紅子の作文なんてどうせ小学生並みの文章だろう、と高をくくっていたイルカは驚愕する。小学生並みではなく、幼稚園児並みの文章だったからだ。
「どう、イルカ? わたしに遠慮しなくていいから、思ったことをありのまま言ってみなさい」
ここで本当に思ったことをありのまま言えば紅子は激怒することを、イルカは知っている。
「うん……まあ……いいんじゃないですかね。ただ…………」
「ただ?」
「文末に、『寿司屋の人、そこまで深く考えてないですよ』というのと『なんか具体的なデータあるんですか?』ってのを追記しましょう。それでさらにこの文章はパワーアップします」
レスバトルにおけるアルティメットワードである。極論すれば、ネット上の議論のほとんどはこの二つで論破可能なのだ。
「ふーん。べつにわたしの考えたのだけで十分王我をぶっ殺せるとは思うけど……まあ、あんたの顔を立ててやるか」
イルカの助言通りに文末は追記修正される。
その後、作文の内容はTwiterの文字制限に適合するよう十の段落に分割され、準備は万端となった。
紅子はマイ論文の最初の段落をコピーしてTwiterに貼り付ける。
「さあ、いくわよ! まず一発目!」
炎城寺紅子@Red_Faire
『FF外から失礼します。土橋王我さん、あなたはわたしが“おあいそ”の意味を間違えて使っていると思っているようですが、とんでもない勘違いです。わたしは知っていて、あえて“おあいそ”を使っているのです。その理由をこれから説明します。すべて読んで、自分の間違いに気付いたら謝ってください』
「よし、つぎは二発目よ!」
【土橋王我@orgablueeyさんはあなたをブロックしました】
「はああああああああああああ!?」
「あらら、ディフェンスが速いですねえ」
ブロックされてしまえば、当然リプライを送ることもできない。
紅子が一時間かけて書き上げた『おあいそ』の是非に関する論文は、十分の九が日の目を見ることなく葬られてしまう。
「ふっざけんじゃないわよ! わたしの反論を聞きもせずにブロックすんな! これさえ貼ればわたしの勝ち確定なのに! 逃げんなおい!!!」
「先制攻撃でディスるだけディスって、反論されたら即ブロックですか。良くも悪くも全面戦争上等だった紫凰様とは違って、王我様は効率主義者のようですね」
「くそ、くそっ! 自分は好き放題わたしの悪口言ってたくせに! こんなの卑怯でしょうが!」
「SNSの世界では、普通につぶやく分には誰の実名出してどんな悪口言おうが『個人の感想』という免罪符で許されますが、それがリプライとなると途端に『クソリプ』『厄介』として叩かれるんですよ」
「なんでよ!? どっちも悪口言ってるのは変わんないじゃないの!」
「そういうもんなんです。誰だって批判するのは好きだけど、批判されるのは嫌なんですよ」
「うぎいいいぃぃいぃーーー!!!」
「まあまあ。まだ終わったわけではありませんよ、お嬢様」
「は? なんでよ。ブロックされたんだから、これ以上どうしようもないじゃない」
「Twiterのアカウントをもう一つ作ればいいんです」
「それって駄目なんじゃないの? ひとりでアカウントいくつも作ったら、運営にBANされるって聞いたことあるわよ」
「お嬢様の今のアカウントはパソコンのメールアドレスを元に作ったものでしょう。ですから、スマホのメアドを使って別のアカウントを作れば問題ありません」
「おおっ、なるほど!」
イルカの指導のもと、紅子は早速スマホから第二のアカウントを作成する。ハンドルネームは『炎城寺紅子@Red_Faire2』である。
「よし! これで今日からわたしも裏垢女子ね!」
「おもいっきり本名出してるんだから裏垢じゃないです。てゆーか裏垢女子って誉め言葉じゃないですからね」
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