第15話 インスタ戦争⑧
「ふうん、フォロワーのコーディネートの相談に乗ってるのか。……アドバイスしたフォロワーの写真には『benikoコーデ』のハッシュタグが付いて、それがさらに他の人間の目に止まる、と。親切を装いながら、ちゃっかり広告塔として利用してるわけだ」
今や大人気インスタグロマーとなった「beniko」の広報戦略を天馬が分析する。
「でも実際アドバイスは的確で親切なんですよ。普通これくらい大御所になったインフルエンサーっていちいちコメント返しなんてしないんですけど、benikoさんはすごく気さくで返答レスも早くて、神対応って言われてます」
「あいつ今はニートらしいからな。時間はあり余ってるんだろ」
「そんなわけですから、benikoさんを頼るフォロワーはあとを絶たずで……」
身内のメイドまでそんなことを言い出したのだから、紫凰としては不満で仕方ない。
「どーしてみんな紅子なんかに頼るんですの!? コーデの相談くらい、わたくしだって聞かれたら答えてあげますのに! どうしてわたくしには誰も聞いてこないんですの!」
「そりゃ、お前の着てる服はほとんど高級ブランド品だからな。普通の人間にはそうそう買えないし、あえて大金出して買うような人間は、もう自分のファッションスタイルを確立してるだろう」
「ぐ、ぐ、ぐ……紅子めえええ……! わたくしは銀座の一流店で買った超一級品で堂々と勝負しているのに、ファストファッションの服を使うなんて卑怯ですわ!」
「どこが卑怯だ。どっちかっていうとお前のほうが卑怯だろ。……ま、今回はお前の負けだな」
天馬はスマホをしまって立ち上がった。
「相手が悪かったな。どうも紅子の側には、優秀な知恵袋がいるらしい」
「お、お兄様、どこへ!?」
「部屋に戻るんだよ。そろそろ小説の続きを書かないと、締切に間に合わない」
「そんな! なんとか紅子に勝つ方法を教えて下さい、お兄様……!」
「そんなものはない。いい加減、お前も遊んでばかりいないで勉強しろ。夏休み前の期末テストも赤点だらけだったらしいじゃないか」
「やだやだーーー! 見捨てないでお兄様ぁーーー!」
泣きわめく紫凰を無視し、天馬は部屋を出ようとドアに手をかけた。
だがその時、メイド達が一斉に立ち上がった。
「お待ち下さい」
「なんだ?」
「このまま引き下がるのであれば、天馬様も炎城寺紅子に負けたという事になりますが、よろしいのですか?」
「…………そんな煽りが俺に効くと思っているのか?」
と言いつつ、天馬は明らかに気分を損ねていた。
冷静な天馬も性根は負けず嫌いなのだ。それが空峰家の――否、五輪一族の血統である。
「失礼をお許しください。けれど、私達はこのまま紫凰様が紅子様に侮られたままなど我慢ならないんです」
「天馬様には、まだ何か対策があるのではないですか? ないと言ったのは紫凰様に勉強させるための方便でしょう」
紫凰がはっとして、天馬の顔を見る。
「そ、そうですの!? お兄様、教えてください! お勉強は後でちゃんとしますから!」
「私達からもお願いします。出来ることがあれば、なんでも協力しますから」
メイド達が一斉に頭を下げた。
「なぜ、そこまでするんだ?」
天馬が尋ねた。
「そりゃあ紅子などに負けるわけにはいかないからですわ! わたくしのプライドが……」
「お前じゃない、紫凰」
天馬がメイド達を見る。
「お前達三人に聞いたんだ」
メイド達は顔を見合わせる。
「……それは……………」
「それは、紫凰様のことが好きだからです」
「そうです。初めてお会いした時は、正直言って頭のおかしい人だと思いました。……いえ、実際おかしいんですけど……」
「でも今では、本当はとても優しく気高い方だと分かってます。だから、紫凰様には負けてほしくないんです」
「………………」
天馬はしばらく黙って彼女達を見つめていたが、やがておもむろに息を吐いた。
「……仕方ないな。お前達に免じて、もう一度だけ力を貸してやる」
そう言い残し、天馬は部屋を出て行く。
しばらくして戻ってきた彼は、数本の日本刀を抱えていた。
「これは……」
「この前、天馬様が紫凰様から取り上げた『三月日宗近』ではないですか。それに『鬼霧国綱』に『菊十文字』……」
「旦那様のコレクションを持ち出してきて、どうされるんです?」
「ああ、分かりましたわ!」
紫凰が得心したように手を叩いた。
「ここにいる全員で武装して、紅子の家に殴り込みをかけるのですね!? 素晴らしいアイデアです! わたくしとお兄様の二人がかりなら、必ずやあのクソ猿の首を取れますわ! あなた達はその間に、他の連中を足止めするのですよ!」
「ええええええ!?」
「そ、それって私達が……あの九条さつきと戦うってことですか!?」
「無理無理無理! 死んじゃいます!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!? あなた達、ついさっきなんでも協力すると言ったばかりでしょうが! まさか、その舌の根も乾かぬうちに嫌とは言わないでしょうね!?」
「嫌です!」
「無理です!」
「きいいいいいーーー! この嘘つき共め! 今ここで打首に……」
「やめろ」
激高する紫凰を、天馬がまたまた首根っこを捕まえて止める。
「この刀は戦争するために持ってきたんじゃない。写真を撮るだけだ」
「へ……? どういうことですの……?」
「紫凰、お前は顔や金なんかをアピールするより、よほど人気者になれる素質を持ってるんだぞ」
「それが刀なんですか……?」
「あ、そうか、刀剣女子アピールですね!」
「そうだ。それと作戦はもうひとつある」
「まだあるんですの! それはなんです?」
「それはだな…………」
目を輝かせる紫凰に、天馬は最終作戦を語るのだった。
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