第14話 インスタ戦争⑦

「くやしいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


 紫凰は顔を真赤にして悔しがっていた。


「あ、あの紅子のフォロワーが十二万人……!? わたくしが抜かれたですって!? ありえませんわ! ありえませんわーーーーー!!!」


「お嬢様! 落ち着いてください!」


「早くなんとかしてください天馬様!」


「お坊ちゃま! お助けを!」


 泣きわめく紫凰を止めるため、またしても天馬は駆り出される羽目になっていた。


「う、ううう……お兄様ぁ…………ぐす……ぐす……」


 紫凰が泣きついてきたものだから、天馬の服は涙と鼻水でベトベトに汚される。


 オサレセレブを気取っているインスタグロマーshionの、実に見苦しい醜態であった。


「……紅子のインスタが、そんなに人気なのか?」


「そうです……いえ、あの猿がわたくしより優れているとか、そのような事実は決してありえないのですが……。あのモンチッチは汚いやり方で民衆に媚びへつらい人気取りを……なんて浅ましい……ど畜生があぁぁ……!」


 天馬はため息を付きながらスマホを取り出し、benikoのインスタアカウントを開いた。


「あの紅子が、かわい子ぶって自撮り写真をネットに上げるようになるとはな。これも時代ってやつかねえ。…………なになに、『オールユニクロコーデ』か……こういうのって珍しいのか?」


「ユニクロコーデ自体はよくありますけど、ひとつのアカウントがオールユニクロの写真だけを専門に上げ続けるのは珍しいと思いますよ」


 メイドの一人が解説する。


「ふーん、紅子にしては結構センスいいじゃないか」


「ですよね。わたしもフォローして、たまに真似してるんですよ。ほら、このベージュのチノパン使ったコーデとかかなり可愛い……」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!? あなた、今なんて言いまして!? あのクソザルを、ふぉ、フォローしてるですって!? この裏切り者がああああーーーー! そこになおれ! 打首にして差し上げますわ!」


「やめろ」


 紫凰が抜刀した瞬間、天馬が刀を奪い取る。


「返してくださいお兄様! わたくしの刀ですよ!」


「お前のじゃなくて親父のコレクションだろうが。いつも当たり前みたいに真剣を持ち歩く癖をいい加減どうにかしろ」


「護身用ですわ! 今の世の中、危険が一杯なんです! わたくしのような美少女ジェーケーは、いつ異常者に襲われるか分からないんですのよ!」


「異常者はお前だ」


 じたばたと暴れる妹を押さえつけながら、天馬は改めてbenikoの写真に目を通す。


「このファッションって、シャツとかチノパンより一番存在感があるのはサンダルじゃないか。このグルカサンダルは、どう見てもユニクロで買える安物じゃないぞ。本革を使った高級品だ」


「そうなのですか? じゃあオールユニクロなんて嘘じゃないですか」


「まあ、指摘されたら『靴はノーカウント』って言い張るつもりなんだろ。反則ではないグレーゾーンのギリギリを狙ってるな」


「きいいいいーーー! なんて卑怯なんですの! あのゴウカザルがあああああ!!!」


 憤る紫凰の傍らで、天馬は妙な懐かしさを覚えていた。


「こういう、したたかなやり方を俺に教えてくれた奴がいたなあ……」






「はーーーーーはっはっはっは! ついにあの狐のフォロワー数を抜いてやったわ! ざまああああああああ!!!」


 十二万人のフォロワーを獲得したインスタグラマー、benikoこと紅子は有頂天であった。


 日課のインスタチェックをしていると、今日も読みきれないほどのコメントが付いている。単純に「可愛い」「綺麗」「オシャレ」といった称賛の声ももちろん多いが、「自分のコーディネートについてアドバイスがほしい」という依頼もちょくちょく寄せられている。


 コーディネートの相談を受け付けることにしたのはイルカの提案である。


「『フォローしてくれればbenikoがあなたのファッションの相談に乗ります』って宣伝しましょう。これでさらにフォロワーを増やせますよ。なーに、難しく考えることはありません、気楽に思いついたことテキトーに言っとけばいいんですよ。『これが可愛い!』って自信満々に断言すれば、向こうも『そうなんだ!』って納得してくれます。コンサルタントなんてそんなもんです。動画サイトで自己啓発だの投資だの語ってる先生方が良いお手本です。イワシの頭も信心から、ですよ。うえっへっへ」


 この「ファッションコーディネーター」と「オールユニクロ」という属性の組み合わせは非常に相性がよく、benikoの人気を爆発させるきっかけとなった。



『benikoさんを参考にして、私もユニクロで秋コーデ揃えてみました。どうでしょうか、アドバイスお願いします』



 当然、紅子本人にファッションの助言など出来るわけはないので、実際の回答は菜々香やはじめに丸投げすることになる。


「はじめ、この人のコーデ見てあげて」


「んー、そうですね。この人は足が太いからスキニーは似合いません。ワイドパンツかロングスカートをお勧めしてください」


「分かったわ」



【beniko】

『あなたは足が太いからスキニーは似合いません。ワイドパンツかロングスカートをお勧めします』



「前半は言わなくていいですから」


「じゃ、こっちの人は?」



『benikoさん相談です! 私のコーデいかがでしょうか(*^^*)  自分的にはけっこーうまく出来た(笑)つもりなんデスが……(汗) ぜひ×2ご評価お願いしまーーーす\(^o^)/』



「この人は腕にシミやほくろが目立ちますね。コメントの文章とか絵文字で若者ぶってるけど、多分三十歳以上でしょう。ブラウスを長袖にして、色も落ち着いたものに変えたほうがいいと思いますよ」


「分かったわ」



【beniko】

『あなたは若者ぶってるけど多分三十歳以上でしょう。ブラウスを長袖にして、色も落ち着いたものに変えたほうがいいと思います』



「だから、前半は言わなくていいんですって」


「なら最初からそう言いなさいよ!」


「どうして常識で考えれば分かることが分からないんですか?」


 などと言い合っていると、菜々香とイルカがやって来た。


「お嬢様。フリースの裁縫終わりましたよ」


「よっし、さっそく撮影いくわよ! 今日のお題は『秋冬に向けてユニクロフリースの着こなし』ね! イルカ、カメラの用意!」


「はーい」


「くくく……紫凰との差を、さらに何倍にも広げてぶっちぎってやるわよ!」


 今や庶民派インスタグロマーのカリスマとなったbenikoこと紅子は、不敵に笑うのだった。

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