第12話 インスタ戦争⑤

「分かったわよ……で、菜々香。あんたの意見では、高級ブランド路線は止めろってことなのね」


「はい。お嬢様はありのまま、ユニクロのままで攻めるべきです。むしろその方向性をテーマにして強調すればいいんじゃないかと」


「テーマ?」


「そうです。『オールユニクロでコーデしてみました』ってテーマでいくんですよ。これなら絶対に個性的で注目されますよ」


「いやいや。それってべつに珍しくはないだろ。『オールユニクロ』とか『全身ユニクロ』はハッシュタグもあるぞ」


「それとは違うわ。炎城寺紅子っていう世界的なセレブがオールユニクロ、ってところが注目されるのよ」


「はー、なるほど。紫凰様がカリスマセレブを気取るなら、こちらは親しみやすさで勝負するわけですか」


「うーん。それってどうよ? 芸能人や政治家の庶民派アピールって、俺はあんま好きじゃないけどなあ」


「その人達は、本当は贅沢してるのに人気取りのために庶民派演技をするからイラッとくるのよ。でもお嬢様は違う。本当に日常的にオールユニクロで過ごしているんだから。この本物のオーラは必ず伝わるわ」


 菜々香は、あくまで紅子の素の魅力をアピールすべきと力説する。


 その主張は大いに紅子の琴線に触れた。


「そうね、菜々香の言う通りだわ。わたしはユニクロ路線を貫くわ! 紫凰のやつと真逆のやり方であいつを叩きのめしてやる方が気持ちがいいしね!」


「けど、そのユニクロファッションで写真上げても反応がなかったんじゃないですか」


「そこはあんたの腕の見せ所でしょ。はじめ、あんたのグダグダ語ったファッションの組み合わせとやらの知識で、わたしをコーディネートしなさい。チャラ男の腕の見せ所よ」


「チャラ男呼びはやめてください」


 茶髪に染めているというだけの理由で、はじめは紅子からもイルカからも「チャラい」と評されているのだ。


「まずは、わたしが今履いてるこのズボンよ! これ使ったコーデを一発仕立ててみなさい!」


 紅子はユニクロ製のチノパンを履いた足を上げ、ぶらぶらと揺らした。


「ベージュのチノパ……チノズボンすか」


「別にチノパンはチノパンでいいわよ」


「うーん……チノパンってのはシンプルなだけに、安物は生地の質の悪さがモロに出るんすよ。しかもこれ、お嬢の足のサイズに合ってないからダボダボ……その上ベージュだし……」


「ぐだぐだ煩いわね! あんたベージュのチノパンにどんだけ恨みがあるのよ!」


「じゃ、まずダボダボを逆手に取ってロールアップしてみますか」


「ロールアップ?」


「裾を折り曲げることですよ」


 はじめは紅子の足元に膝をついて、チノパンの裾を九分丈まで折りたたむ。


「これくらいの長さでどうすかね」


「ほお、なんかダボってしてださいチノパンが、爽やかな感じになりましたね」


「へー、たしかに。ただ裾巻いただけなのにかっこいいじゃない。足が長くなった感じがするわ。まあ元から長いんだけど」


「折る時に、前と後ろでちょい角度つけてるんですよ。こうすると足長に見えるんです」


「はーー、チャラ男はしゃらくさい小技を色々持ってんのねぇ」


「帰っていいですか」


「冗談よ。褒めてあげるから続けなさい」


「へーへー。んで、九分丈のズボンにしたわけですんで、靴下は脱いでください。あと靴もなにか履きましょう。夏っぽくサンダルとかを」


「サンダルね。ビーチサンダルなら持ってるけど……」


「他になんかないんすか?」


 それを聞いて、イルカが玄関から革サンダルを調達してきた。


「これなんかどうですか? 奥様お気に入りの、なんかオサレなサンダルです。お嬢様が使うなら問題はないでしょう」


「ああ、グルカサンダルな。いいじゃん。これを使わせてもらいましょう」


 九分丈のロールアップパンツに革サンダルが追加され、紅子の足元もなかなかにオシャレになった。


「じゃ、次にトップスですね。下のベージュとバランス取るために、上もシンプルに無地の白シャツとかでいきましょう」


「青のチェックは駄目なの?」


「絶対駄目です」


「仕方ないわねえ」


 紅子はクローゼットから白のブラウスを取り出す。


「はい、白シャツよ」


 はじめは、手渡されたシャツをしばらく吟味して首を振った。


「このシャツだと光沢が強すぎてベージュと合いません。白と言ってもオフホワイトかアイボリーあたりで、ワントーンコーデにまとめましょう」


「いちいち注文の多いやつね」


「誰のためにやってると思ってるんです?」


 再び紅子は手持ちのユニクロ・コレクションをあさり、はじめの眼鏡にかなうアイボリーのシャツを取り出した。


「じゃあ、とりあえずそれに着替えてみてください。俺は後ろ向いてますんで」


「絶対振り返るんじゃないわよ。見たら殺す。スマホで盗撮とかもするんじゃないわよ」


 はじめがドアの方を向き、紅子はもぞもぞと着替え始めた。


「着替え終わりました! もうこっち向いていいですよ! 早く向きなさい!」


「まだ終わってないわよ! 黙れイルカ! はじめも振り返るんじゃない!」


「……いいからさっさとしてくださいよ」


 そんなやり取りをはさみながら着替えは完了した。


 三人で紅子のコーディネートを眺めるが、今ひとつ評判はよろしくない。


「うーん……駄目っすね」


「駄目ですねえ。なんかダサいですねえ。無地の白シャツなんてどれも同じでしょうに、紫凰様の写真だとスタイリッシュでお嬢様はダサいんですよねえ。なにが違うんでしょう。ダサいなあ」


「ダサい連呼するな」


 三人は、紅子のダサコーデとshionのインスタを見比べて検討する。


「着丈が長いからじゃないですか」


 菜々香が指摘した。


「着丈?」


「ほら、紫凰様のインスタだと、白シャツの裾は腰の位置、ベルトがギリギリ隠れるくらいのところでしょう。逆にお嬢様のシャツの裾は腰より二十センチくらい下にあるんです」


「あー、なるほど。だからペローンとして野暮ったい印象になるんですね」


「つまり、わたしは紫凰より二十センチも腰の位置が高いってことね!」


「どういう思考回路してればそんな結論になるんです。もともと着ているシャツの丈が違うんですよ」


「まあ……お嬢様も紫凰様も、足長くてスタイルいいのは事実ですけどね……」


 菜々香は、羨ましげに紅子の二本の足を眺める。


「ただ、今はその足の長さが逆に仇になってますね」


「はん? どういうこと?」


「ファストファッションブランドのシャツって誰でも着れるように丈が長めに作られてるんですよ。短足や胴長の人ならそれでいいけど、お嬢様みたいにスタイルがいいと、丈が余り過ぎちゃうんです」


「紫凰が着てるような高級品のシャツは丈が短めなの?」


「というより、あれはオーダーメイドだと思いますよ。紫凰様の体型にピッタリ合わせて作ってるんです」


「じゃあわたしもユニクロでオーダーメイドのシャツをつくるわ!」


「ユニクロにそんなサービスないですから」


「着丈を詰めるくらいの裁縫なら、わたし出来ますよ」


 菜々香が提案した。


「お、マジで? ならわたしのナイスバディにフィットするように調節してよ」


「分かりました」


 菜々香は裁縫箱を待ちだして、紅子のシャツの丈を計りながらマチ針を刺していった。


「着丈の長さはこれくらいでいいと思いますよ」


「ウエストも詰めたほうがいいんじゃないか?」


「そうね……お嬢様ってウエストすっごい細いし……」


 紅子の脇腹に手をあてながら、菜々香はまた羨望のため息を付く。


「でも、ウエスト絞るのはやったことないのよね。出来るとは思うけど……」


「いいじゃん試してみれば。失敗しても、たかがユニクロのシャツだし」


 またしてもユニクロ軽視発言を放ったはじめに、紅子は激昂する。


「はじめえええぇぇ!!! あんた何百回ユニクロを差別したら気が済むのよ!!! 失言アンド失言アンド失言……政治家かあんたは!!!」


「う、動かないでくださいお嬢様! 針が刺さっちゃいますよ!」


「ふん。やっぱりチャラ男は、心の深いところでユニクロ舐めてんのね」


「まあまあ、お嬢様。チャラ男の発言にいちいちキレてたら駄目ですよ」


「だからチャラ男じゃねーから。普通だから」


「まったくもう。小学校までは坊ちゃん刈りの地味男クンだったくせに、中学入った途端に方向転換してチャラチャラしだして……」


「中一の五月に、急に一人称が『僕』から『俺』に変わりましたよね。何があったんでしょうね」


「やめて。マジで」


 こういうイジりを紅子とイルカが長年続けてきた結果、はじめに距離を取られるようになったのだ。

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