第11話 インスタ戦争④
「はじめー! 菜々香ー! ちょっと来なさい!」
インスタ戦争の開戦から三日後。紅子は炎城寺邸の若手二人に招集をかけた。
「あんた達、二人共インスタやってたわよね?」
「そうですけど」
「ちょっとアドバイス聞かせてよ。フォロワーの伸ばし方ってやつを」
「なんすか、またネットでバトルとかいうのですか。そういう下らない遊びはイルカとだけやっててくださいよ」
蜂谷はじめは煩わしそうに、紅子の傍らのイルカに目を向けた。
はじめもイルカ同様、紅子とは幼い頃からの付き合いである。昔は姉弟のように三人一緒に遊ぶこともあったが、最近はプライベートで距離を置いている。十六歳にもなって姉弟で遊ぶなんて恥ずかしい……という思春期的な感情のためである。
「あいにく、インスタとフェイスブックはわたしの守備範囲外なんですよね」
イルカが肩をすくめて言った。
頼みのイルカがこの調子なので、紅子のインスタ活動は苦戦を強いられていた。この三日間、二十枚以上の写真を投稿してきたのだが、フォロワーは一人の状態から増えていない。その一人が当の宿敵、紫凰なのだから、これでは勝負どころか晒し者にされているだけだ。
「ねえ、わたしって美人よね?」
紅子は改まってはじめに尋ねた。
「そうすね。顔だけは、間違いなく」
「百点満点でいえば何点よ?」
「うーん……九十五点くらいですか」
「じゃあ、この糞女はどうよ?」
紅子は紫凰の写真を見せる。
「九十五点ですね。ってか、お嬢のいとこなんでしょ、その人」
同点であった。
「チッ……まあいいわ。少なくとも、わたしは紫凰に顔で負けてはいないのよね」
「そうすね」
「なら、どうして互角のルックスなのに紫凰ばっかりちやほやされて、わたしのインスタは無視されてんのよ。ほら、こんなに可愛いのに」
紅子はマイアカウントbenikoの投稿を見せつける。
「……全部ユニクロじゃないですか、これ」
「ユニクロのなにが悪いのよ。ユニクロは世界最強の服屋なのよ」
「服を褒める言葉に最強とか使うのがおかしいんですけど」
はじめはbenikoの投稿に一通り目を通し、ため息を付いた。
「あの、お嬢。ユニクロが駄目とは言いませんけど、インスタに上げる写真がオールユニクロってのはおかしいでしょ。それに組み合わせのセンスも意味不明ですし……。お嬢のアップした写真、どれも滅茶苦茶でクソダサいですよ」
「なによ! あんたユニクロだけでなくわたしのこともディスる気!?」
「じゃあ説明しますけど。たとえばこれなんて、青いチェックのシャツにベージュのチノパン、インナーに白いヒートテック……? なに考えてこんな組み合わせしたんですか?」
「シンプルでオーソドックスな正統派を意識したわ。青も白もベージュも基本の色でしょ」
「基本の色は青じゃなくて紺、ネイビーです。青はめちゃ派手で使い所が難しい色なんですよ。そのチェック柄を、よりによっておっさんパンツの代名詞のベージュのチノパンと合わせますか」
「なにがパンツよ。パンツは下着でしょうが。かっこつけずにズボンと言いなさいよ」
「はいはい。とにかく上下の組み合わせがメチャクチャなうえにサイズもダボダボ。しかもインナーに白いヒートテックが覗いてるのが、もう最悪です。ヒートテックは肌着ですよ。白の肌着が見えちゃってるって、いくらなんでもありえないでしょ」
紅子自慢のコーディネートは、はじめによりボロカスにディスられてしまう。
「ってゆーか、これアップするときにイルカは止めなかったんですか?」
「わたしにそんなファッションどうこう言われても困りますよ」
イルカのセンスは紅子と五十歩百歩である。メイド服以外はほとんどファストファッションしか持っていない。
「そういえばイルカもユニクロ愛好者だったっけ」
「ユニクロの悪口はやめなさいって言ってんでしょ!」
「いや、悪いのはユニクロじゃなくて、使いどころとか組み合わせなんですって。お嬢の写真はどれもトップスとボトムスの組み合わせがチグハグで……」
「だからボトムスじゃなくてズボンでしょうが! なんでズボンをズボンと言えないのよ!?」
「まあ……実は俺も言っててちょっと恥ずいんですけど……服屋はユニクロの店員ですらズボンをパンツとかボトムスって言うから……」
「『すら』ってなによ!? あんたやっぱりユニクロ馬鹿にしてるわね!」
「してませんって……」
「落ち着いてください、お嬢様。それより本題に入りましょうよ」
イルカが取りなして、脇道に逸れっぱなしだった話題の矯正を試みる。
「分かったわよ……えーと。それで、なにが本題だっけ?」
「紫凰様に勝つにはどうしたらいいか、っていう話でしょう」
「そう、それよ。文句付けるだけじゃなくて改善策を言いなさいよ、はじめ」
「そう言われても……」
はじめは、茶色に染めた髪をかきながら首をひねる。
「このshionは、そうとういい服着てますよ。海外製の名門ブランドの、何十万とかするやつばっかじゃないですか。この人にユニクロで勝とうってのは……」
「大事なのはブランドじゃなくて組み合わせだって、あんた言ったじゃないの」
「その組み合わせも完璧なんですよ。センスいいですからね、この人。キラッキラの派手な服ばっか着てるのに、全然嫌味じゃないし」
「嫌味よこいつ。性根が腐ってるもん」
「そういう話じゃないです」
「まったく、どいつもこいつも見てくれだけで紫凰を持ち上げやがって。そうじゃなくて、ちゃんと中身を見なさいよ。そしたらこの女狐がクズだってすぐ分かるのに」
「写真でどうやって中身を見るんすか」
「それで、どうやったら紫凰様のインスタに勝てるんですか、はじめ」
また脱線しそうだった話を、イルカが戻す。
「んーまあ……お嬢も金は持ってるんですから、銀座とかのブランド店で買ってくればいいじゃないですか? ああいうとこなら、おまかせで全身コーデもしてくれますよ」
だが、黙りっぱなしだった菜々香が異議を唱えた。
「わたしは反対です」
「え?」
「銀座のハイブランド品を大金はたいて買って、そんなことに何の意味があるんです? 紫凰様に勝ちたいのに同じことやっててどうするんですか?」
「む、それは確かに……」
「お嬢様の素晴らしさは、いつでも自分の力で戦うところです。『わたしは天才だ、最強だ』って自慢することはあっても、『わたしは炎城寺家の娘なんだ』なんて威張ることは絶対にしません。それが他のくだらないボンボン達とは違うところです」
「…………」
「そんなお嬢様が、ブランド品に頼って虚栄心を満たそうなんてらしくありませんよ。いつものように、ありのまま自分自身の魅力で勝負してください」
イルカとはじめは呆気にとられていた。菜々香が紅子に対してこんな物言いをしたのは初めてだったからだ。
「……菜々香……あんた、いいこと言うわね……」
「恐縮です」
「うんうん。なんだかんだで、あんたもわたしのこと好きなのね」
「好きですよ。初めて会った頃は気違いだと思ってましたけど、今は尊敬しています。本当は優しい人だと分かりましたから」
紅子と菜々香が初めて顔を合わせたのは今年の六月だ。それから三ヶ月、二人で話し込む機会も何度かあり、それなりに友情を育んできたのである。
「よし、じゃあ菜々香。フォローしなさい」
「えっ」
「わたしのインスタよ。友達なんだからお互いフォローするのは当然でしょ? あんたが二人目のフォロワーになってよ」
「あ……それはちょっと……」
「は?」
「リアルの知人とは、ネットで繋がらないことにしてますので……」
「はああああ!? あんた、わたしのこと尊敬してるって言ったじゃないの! なのにたかがインスタのフォローが出来ないってどういう了見よ!?」
「いえ、その、フォローが出来ないわけじゃなくて……アカウントを知られるのが嫌なだけで……」
「なんでよ!? さてはあんた、インスタでわたしの悪口書き込んでるわね! 口では調子いいこと言っても、ネットではコソコソわたしのことディスってんでしょ!」
「してませんって!」
「お嬢様、落ち着いてください。さっきから全然話が進んでいませんよ」
またまたまた脱線した話を、三度イルカがレールに戻すのだった。
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