第10話 インスタ戦争③
「ああっ、お兄様! 聞いてください、紅子がわたくしのインスタを……!」
天馬の姿を見つけた紫凰が泣きついてきた。
「落ち着け紫凰。まず叫ぶのをやめろ」
「うう……はい……」
天馬に言われて、紫凰は不満気ながらも静かになる。メイド達は、ほっとため息を付いた。兄である天馬にだけは、紫凰は大人しく従うのだ。
「そもそも、今日はパーティーの招待状を届けに紅子の家に行ったんじゃなかったのか」
「それはちゃんと渡してきましたわ」
「渡すだけじゃなくて、パーティーに来るよう説得したのか?」
「来なければ殺すって説得しました」
「それは説得じゃなくて脅迫だ……まあいい。俺も今日、王我のところに行ってきた。だから残りは美雷とそよぎだな。ただ、そよぎはスイスに留学中で、美雷も家を出ているらしいから……」
「今はそんなことどーでもいいんです! それよりも問題は、紅子の猿野郎がわたくしを卑劣極まりないやり方で愚弄したことですわ!」
「……なにがあったんだ、一体」
「紅子がわたくしのインスタを荒らしたんです」
「………………え?」
「紅子がわたくしのインスタを荒らしたんですわ!」
「それだけ?」
「それだけで十分屈辱ですわ!」
「お前なあ……ネットの荒らしなんかにいちいち腹立ててたらきりがないだろ。俺のTwiterだって、『お前の小説つまんねー』みたいな書き込みはしょっちゅう来るぞ」
「インスタグロムは、Twiterみたいなオタクと高二病の掃き溜めとは違うんです! お上品な紳士淑女だけが立ち入りを許される社交場なんですのよ!」
「だったらなんでそこにお前が居るんだ」
「はい……? どういう意味ですの……?」
「……………………」
紫凰には、天馬の皮肉を理解できなかったようだ。
「……それで、お前のインスタを紅子が荒らした? あいつは確かスマホもパソコンもろくに使えなかっただろ。三年くらい前に会ったときゲームボーイで遊んでたぞ、あいつ」
「それが、いつの間にかスマホ買ったみたいでして……。あの原始人にネットでバカにされたからこそ、余計にムカつくんですわ……! ほら、こんな陰湿で悪質で凶悪なコメントを書き込んできたんです!」
【beniko】
『たかがおやつ食べるだけでなに気取ってんだよ女狐がwwwwwww』
「え、これだけ?」
「これだけで十分わたくしの心は傷を負いましたわ! お兄様のような鈍感な方には何でもない言葉でも、この世にはガラスのごとく繊細な人間がいるのですよ!」
「これで煽られる人間は、この世にお前と紅子だけだよ」
「とにかく! こんなことされて黙っていては空峰家の名折れですわ! 復讐! 復讐をしなければ!」
「なにする気だ」
「今度は、わたくしがあの猿のインスタを荒らしてやるんですわ!」
紫凰は、コメントを書き込んできたbenikoこと紅子のページを表示する。……だが、そこに投稿写真は一枚もなかった。
「あ、あ、あいつ! わたくしの投稿を荒らすためだけにアカウント作ったんですの!? なんて陰湿なんですの! あのクソザルがあああああぁぁ!!!」
投稿していないのなら、当然荒らすこともできない。紫凰は再び激怒して叫びだした。
「もう許せない! リアルファイト! 戦争ですわ! あの猿め、ぶち殺してやるううううああああ!!!」
メイド達が静止する暇もなく、紫凰は日本刀を掴んで部屋を飛び出す。
が、廊下へ一歩足を踏み出したところで、天馬が風のような速さで追いつき、その首根っこを捕まえた。
「お兄様、離してください! 今度こそ、あの猿の息の根を止め……」
「落ち着けと言ってるだろうが。ネットで煽られたからリアルで暴力沙汰おこすなんて、それこそ馬鹿にされるぞ」
「なら黙っていろというのですか!? そんなの負けではありませんか!」
「そうは言ってない。もっと気の利いた方法で仕返ししてやれってことだ」
「え……どういうことですか……?」
「ちょっと待ってろ」
そう言い残して、天馬は紫凰の部屋を出た。
数分後、小箱を持って戻ってくる。
「ほら、これを使え」
箱から取り出したのは、動物の耳を模したヘアバンドである。
「なんですの、これは?」
「小説の資料のために買った、狐っ娘のコスプレセットだ。ケモ耳の他に尻尾もあるぞ」
「……お兄様の書いてる、あの社会問題だの人間心理だの小難しい小説に、ケモ耳の萌えキャラが出てくるんですの?」
「いや、副業でやってる同人ライターの方で……まあ、そんなことはどうでもいい」
「はあ。それで、このコスプレがどうして紅子への仕返しになるんですの?」
「いいか、それを使ってだな…………」
天馬は紅子を煽り返す作戦を伝授する。
なんだかんだ言って、彼もまた闘争心旺盛なのである。
「ああーーーー! 何よこれーーー!?」
インスタを見ていた紅子は、思わず声を上げた。イルカが何事かと寄って来る。
「どうしました?」
「これ、紫凰がさっきアップした写真が…………」
【shion】
『benikoさんに女狐とか言われちゃったから、コスプレしてみましたw』
“狐っ娘だ! めっちゃ萌える……溶けそう……”
“可愛すぎかーーー”
“shionさんってこういう路線もいけるんだw”
“いいですね! shionさんの新たな一面を見れました!”
“これはもう、むしろbenikoさんに感謝するべきかも”
“benikoさんありがとうございます(笑)”
“荒らしへの反応が粋すぎぃ!www”
“benikoさんとの器の違いを見せた感じw”
「おー、狐娘のコスプレですか。これは上手い切り返しですねえ。お嬢様の荒らしコメントを見事に逆手に取っていますよ」
「ぐぐぐ……あんの女狐がアアああ…………!」
「だから、その女狐発言を逆手にとられたんですって」
「うぎいいいいーーー! くやしいいいいいいいいいいぃぃぃ!!!」
紅子は顔を真っ赤にして、じたばたと床を転げ回る。
一通りもだえ叫んだ後、顔を上げて宣言した。
「もうチマチマとコメント荒らしなんてするのは止めよ。わたしもあいつと同じ土俵で戦ってやるわ」
「というと?」
「わたしも投稿する! インスタグロマーになるのよ!」
「はあ……そうですか」
「わたしも紫凰みたいなオシャレでファッショナブルな自撮り写真あげて、人気者になるのよ。それで奴の信者を根こそぎ奪ってやるの。いい作戦でしょ?」
「はあ。かもしれませんね」
「いつも通り、あんたがサポートするのよイルカ。あとカメラマンもやってよね」
「はあ」
「……あんたって、インスタの話題だと急に無口になるわね」
「だからそういう煽り効いてませんから。やめてください」
インスタデビューを決意した紅子は、早速写真を取ることにした。
iPhoneをイルカに渡してピースサインを決める。
「さあ、まず一枚目よ」
「その服のまま撮るんですか?」
「当然でしょ。これはわたしのお気に入りコーデなのよ」
自信満々の紅子の服装は、ジャージのハーフパンツとTシャツである。どちらもファストファッション「ユニクロ」のものだ。
「はいチーズ! イエーイ! ピースピース!」
「あの、ダブルピースとかはやめた方がいいんじゃないですかね……?」
とは言ったものの、イルカもインスタ文化については詳しくない。
結局そのまま写真に収め、その一枚は紅子の手により即座にインスタへと投稿された。三日前に人生初のスマホを買ったばかりの紅子に、自撮り写真をデコるだの盛るだのといった知識はない。
「うーん……誰も反応してくれないわね……」
投稿から三十分待っても、インスタ民は誰一人いいねもコメントも付けてくれなかった。
「そりゃあ何の実績もない新人のbenikoさんが、一枚自撮り上げただけじゃそうでしょうよ。『炎城寺紅子』の名前を出せば別でしょうけど」
「本名出すと、また荒らしが湧くからなぁ……」
素顔を晒しているのだから、遅かれ早かれbenikoイコール炎城寺紅子だということは世に広まるだろうが、それでも最初からアンチに絡まれたくはない。
「おや? 誰かがフォローしてくれたみたいですよ」
「ほんと!?」
見れば、たしかにゼロだったフォロワー数が一人に増えている。
「やった! ありがとう! あなたはニューファッショニストbenikoのファン第一号よ!」
紅子はうきうきとフォロワーのアカウントをチェックする。アカウント名は『shion』であった。
「フォロワーの名前はshionさんかあ………。………ん? shion……?」
そのアイコンに表示されているのは、憎き宿敵の顔である。
「こいつ紫凰じゃないの!」
「ですね」
「なにこれ、どういうこと……? なんであの狐がわたしをフォローするのよ。……あ、写真にコメント付いてるわ」
【shion】
『わたしに狐コスを勧めてくれたbenikoさん。インスタ初挑戦おめでとうございます。元気いっぱいで微笑ましいですね。わたしにもこんな初々しい時代がありましたw』
「なんか微妙に上から目線でムカつくわね……」
数分後、その紫凰はまた新たな写真をアップした。
【shion】
『benikoさんのコーデが素敵だったから真似しちゃいましたw ハーフパンツに赤Tシャツですw』
“可愛すぎるっ!”
“完全に上位互換ですねwww”
“benikoさんの立場ないよこれー”
“シャツの質感ぜんぜん違いますね”
“似たようなコーデでもセンスの違いがよくわかりますw”
「……………………」
「あーあー、これはあれですか。表向きは友達ヅラして、実際にはフルボッコにしようというわけですか。格下のお嬢様をダシにして、相対的に自分をよく見せるって戦略なんですね」
「あ、の、クソ女がぁ〜〜〜!」
「なかなかえげつないマウントの取り方しますねえ、紫凰様は」
「…………そう、戦争ね……このわたしと、とことん戦争しようってわけね紫凰……。素直に謝れば許してやったのにさあ……どうしても血祭りにされたいらしいわね……!」
「それはあまりお勧めしませんがねえ。フォロワー十万の紫凰様と全面戦争になれば、潰されるのは十中八九、お嬢様ですよ」
「んなわけないでしょ! 知性、品格、美しさ、どれをとってもわたしの方があのカスより上よ! レベルの違いを教えてやるわ!」
紅子は自身の絶対的優位を確信し、開戦を宣言する。
これぞまさに、争いは同じレベルのもの同士でしか発生しない、という典型である。
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