第9話 インスタ戦争②

「あのクソアマアアアアァァァァ!!! 舐めやがってえええええーーーーーー!!!」


 紫凰が去った後、紅子は凄まじい剣幕で叫び散らした。


「いやー、凄い人でしたね。武器を持っていたとはいえ、まさかリアルファイトでお嬢様が防戦一方とは。それにしても紫凰……紫凰って名前、どこかで聞いたような……?」


 イルカが首をひねる。


「紫凰様は今年の高校剣道インターハイで優勝されてますからね。おまけにあのルックスですから、その筋では天才美少女剣士として有名ですよ」


 さつきが解説した。


「なにが天才よ! わたしはね、トレーニングの後で疲れてたの! 万全ならわたしの方が強いに決まってんでしょ! たかが日本一で威張んな、わたしは世界一よ!!!」


 荒れ果てたリビングルームで、紅子は地団駄を踏んで悔しがる。


「待ってろ紫凰! 体力回復したら、すぐお前の家に突撃してボコボコにしてやるからな!」


「お止めください。警察呼ばれて終わりですよ」


「じゃあどうしろっていうのよ、こんな舐めた真似されて黙ってるなんて……ん?」


 紅子はふと、紫凰の言葉を思い出した。


「ねえ菜々香。あいつ、インスタがどうとか言ってたわよね」


「あ、はい。『shion』ってアカウントで、インスタやってるらしいです。さっきのケーキの写真を上げるって言ってましたけど」


「面白そうじゃん、ちょっと見てみてよ」


「はあ……」


 菜々香はスマホを取り出し、インスタのアプリを立ち上げた。『shion』で検索をかけるが、あいにく該当者が多すぎて、どれが紫凰のものかは判別できない。


「『激旨屋』とか『ケーキ』のキーワードで絞込んだらどうですか?」


 イルカが横から助言する。


 そうして表示された一枚の画像には、間違いなく数分前この部屋にいた美少女、紫凰が写っていた。絶妙な角度で微笑みながら、優雅な仕草でティーカップを手にしている。


「あ、これです。さっきわたしが撮ったやつ」


「なんでわざわざ、あいつの承認欲求を満たすお手伝いなんかしてんのよ菜々香。わたしの部下なら、スマホ渡された時点で叩き割ってやりなさいよ」


「そんなことしたら、わたし完全に頭のおかしい人じゃないですか」


「ふん。どれどれ、あいつはどんな気取った書き込みしてるんだか」



【shion】

『激旨屋のケーキ美味しい~~! がんばって並んでよかった~(*˘︶˘*).。.:*♡』



“shionさん今日もめっっっっっっちゃ綺麗!!!”

“ケーキ食べてこのプロポーション維持できるの!?”

“このお皿とかティーカップ、すごい高級品じゃないですか……羨ましすぎる……”

“モデル級美人のティータイム”

“しんどみがすぎる……shionさんやばい”



「頑張って並んだのはわたしだっつーの!!! なんて図々しいやつなのよ!!!」


 紅子は怒るが、イルカと菜々香はインスタグロマーshionの人気にむしろ感心していた。


「ついさっき投稿したばかりなのに、コメントいっぱい付いてますねえ。しかもほとんどが紫凰様を持ち上げる絶賛コメですよ」


「うわ、フォロワーが十万人超えてる。凄いなあ……」


「これはもう、ちょっとしたネットアイドルですよ。うーん、お嬢様そっくりの人だと思ってましたが、こういうところは決定的に違いますねえ」


「アイドルが人んちでポン刀振り回すかっての。猫かぶりやがって、キモいのよ」


 毒づきながらも、紅子はニヤニヤと笑い出す。紫凰への復讐のチャンスを見つけたからだ。


「ま、自分を偽って信者に媚びて作り上げた教祖の座も、今日で台無しになるんだけどね。くっくっく」


「え……お嬢様、まさか……?」


「こいつのインスタを滅茶苦茶に荒らしてやるのよ」


「だ、駄目ですよ、そんなことしちゃ! 紫凰様が可哀想ですよ!」


「何言ってるのよ菜々香。わたしは自分の家をこいつに荒らされたのよ」


「だからってインスタ荒らすのはやりすぎですよ」


「リアルで家荒らすよりネットの日記帳荒らすほうが重罪なわけ無いでしょうが! そんな考えがもうネットに毒されてんのよ!」


「……ならせめて、ご自分のスマホを使ってください。わたしのアカウントは絶対貸しませんよ」


「分かってるわよ」


 紅子は自室から買ったばかりのiPhoneを持ち出して、インスタのアプリをダウンロードする。


「えーと、まずアカウント作ってと……。ハンドルネームは『beniko』、あえて本名にしておくわ。わたしの仕業だと分かるようにね。ふふん」


 アカウント作成後、紅子はさっそく紫凰の写真に対してコメントを書き込んだ。


「くらえ紫凰! ファイアー!」



【beniko】

“たかがおやつ食べるだけでなに気取ってんだよ女狐がwwwwwww”



「どうだ! キレッキレの煽りね、これは! 今頃あいつは顔真っ赤にして悔しがってるに違いないわ!」


「いや……あの……こんな幼稚な書き込みで悔しがる人なんていませんよ……」






「くやしいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


 空峰紫凰は、顔を真赤にして悔しがっていた。


「あ、あの猿がああああ! こ、このわたくしを女狐ですって!? フォロワーのみんなの前で、こ、こ、こんな屈辱的なコメントをーーー!!!」



“なんですかあなた? 信じられない”

“shionさん、こんなコメント気にしないでください”

“僕はshionさんが気取ってるなんて思いませんよ”


「あああああ! やめてくださいフォロワーのみなさん! どうして荒らしに構うんですの! 見ないふりしてスルーしてくれればいいのに! フォロワー増えたら、必ずこういう人が出てくるんですわーーー!」


「お、落ち着いてください、紫凰お嬢様!」


「うわああああーーー! ちくしょうちくしょう! 紅子の奴めええええーーー!」


「声がご近所まで響いていますから! また空峰家の評判が落ちますよ!」


 じたばたと転げ回りながらながら叫ぶ紫凰を、付き人のメイド達が必死でなだめている。


「誰か! 早くお坊ちゃまを! 天馬様を呼んできて!」


 空峰家には、九条さつきのように紫凰に対して力ずくの教育ができる使用人は存在しない。暴れまわる紫凰を黙らせることが出来るのは、兄の天馬しかいないのだ。


 かくして天馬は、事あるごとに引っ張り出されることになる。


「天馬様、よくご覧ください。あれが貴方の妹様の姿です」


「……あまり見たくないんだけどな」


「天馬様が一年前に家出して誰も叱るものがいなくなったせいで、ますます我侭になられました。天馬様があくまで小説家になるとおっしゃるなら、あの方が空峰家を継ぐことになるのですよ」


「悪いとは思ってる」


「でも考え直す気はない、ということですか……はあ……」


 空峰天馬は、紫凰と同様に美しい容姿と並外れた身体能力の持ち主である。それでいて紫凰と違って頭はよく、理知的で冷静。非の打ち所のない素晴らしい男、妹は少々やんちゃでも兄がこれなら問題なかろう、空峰家も安泰だ……と思いきや。よりによってこの長男は小説家になってしまい、家督を継ぐ気は全くないというのである。


 空峰家に関わるもの全員にとって、この兄妹は頭痛の種であった。

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