第27話 大炎上⑪
『あなた頭おかしいんですか!!!!!!!!!!』
電話先で、春奈が半狂乱になって喚いている。
「春奈さんさあ……あんた、そんだけ喚いてたら、いつまで経っても退院できないわよ」
『誰のせいだと思ってるんですか!!!!!!!!!!』
テレビ局から戻った紅子に、真っ先に連絡してきたのが春奈であった。
『いったい!!! あなたは!!! なにを考えて生きているんですか!!! どこまでバカなんですか!!! 全国中継で!!! 生放送で!!! ムチャクチャですよ!!! 信じられない!!! こんなバカ見たことない!!! 幼稚園児より頭悪い!!! どういう神経してるんです!!! この気違い!!! 精神異常者!!! 九条さんは何してるんです!!! なぜ止めないんです!!! っていうか包丁!!! 殺人未遂って!!! あなたの家は悪魔の巣窟ですか!!!!!』
『矢島さん、落ち着いてください!』
『先生、また矢島さんが暴れて!』
『鎮静剤! 鎮静剤を!』
医者や看護師のものと思われる声が聞こえ、電話は切れた。
「はー、もう。ほんとうるさい女ね」
紅子は受話器を置いて肩をすくめた。
「春奈さんが、あんなヒステリー女だとは思わなかったわ」
「別に、あの人が特別というわけではありませんよ。紅子様に普通の人間が関われば、誰でもああなるんです。菜々香も似たような反応をしているでしょう」
大音量で受話器から漏れていた春奈の声は、傍にいたさつきにも聞こえていたようだ。
「かつては私も、紅子様にあの調子でお説教をしておりました。今はとっくに諦めていますが」
「そう。じゃあ、わたしの勝ちね」
「勝ちとか負けの話ではありません」
時刻は夜の十一時だが、みい子以外の者は、またリビングルームに集まっていた。
もはや作戦会議室と化した部屋で、今回もはじめがパソコンを操作し、ネットを飛び交う世論を調査していた。
「で、どうよ、はじめ。わたしの公開処刑を目にした愚民どもの反応は?」
「どうもこうも……見なくてもわかるでしょう。この世に煉獄が浮上しましたよ」
『暴走ゴリラ生放送でも大暴れ』『腹抱えて笑った』『晒された記者の家近所だw』『マスコミ総リンチ』『さすがに仕込みだよな』『ぶっちゃけ面白かった』『視聴率七十パーセント』『今世紀最大の放送事故』『小学生に絡むのは酷い』『こいつはもう鎖に継いでおくべき』『今回はマスコミが悪い』『包丁ってなんだよ』『炎城寺と戦争する度胸あるやついるの?』『精神病院に送れ』『死刑にしてください』『生で見たかった』『なに考えてんだ』『うp動画1000万再生』『炎城寺さんに同意する』『包丁持ち出した人の名前→さつき』『殺人って嘘でしょ?』『ざまあ』『死ね』『殺人未遂はさすがにギャグでしょ』『戦争! 戦争!』『暴走少女』『全裸土下座の写真まだ残ってる?』『こいつ本気でおかしい』『よく最後まで放送したな』『最高のエンターティナー』『ちょっと好き』『私も牛駒新聞は嫌い』『警察動けよ』『さつきは必ず守る!←名前ばらすなwww』『報道リンチ嫌い』『紅カス死ね』『矢島春奈の証言だと』『ヤジマって誰だっけ』『もう交通事故とかどうでもいい』『アメリカに帰れ』『スマホ持ってないの?』『ブス』『お願いだから死んでくれ』『応援してます』『やばすぎる』『こいつに理性は存在しないのか』『むしろよくやってくれたと思う』『本当に人間かよ』『ありえない』『服着てるだけのサル』
「あれ……?」
SNSの投稿を見ていたはじめが、意外そうな声をあげた。
「どうしたのよ」
「いや……炎上は相変わらずなんですが、なんか論調が変わってきているというか……お嬢を支持する声も増えてる気がします」
「ふん。ようやくエテ公どもも、真実に目覚めたってことね」
「そんな大層なことでもありますまい。単に、弱い者いじめの矛先が紅子様から晒された記者たちに変わったというだけのことでしょう。あるいは、紅子様が怖くなったのかもしれませんな」
「ああ、それはありそうです。お嬢をブログやSNSでさんざんディスってたのに、今になってせっせと書き込みを消してる奴らが大勢います」
「今日のテレビで、殴られて住所まで晒されたマスコミを見て、ひょっとすると自分も……と思ったのでしょうな。自分だけ安全な場所から叩いている分にはいいが、その安全が少しでも危なくなったら、即座に逃げ出すのも愚かな大衆の習性だ」
「ふん、根性無しどもが。ま、お利口さんとも言えるわね」
その他、いくつかのサイトに投稿されたコメントを見回ったが、どの場所でも似たような兆候が見られた。すなわち、紅子を叩いていた者たちが怖気づき始め、逆にマスコミやネット民の紅子叩き自体を叩く勢力が強まっていたのである。中には、テレビで紅子が晒した記者たちのSNSをさっそく掘り出し、身元特定に精を出す者もいた。
「ふふん。いい感じじゃん。これはもう、明日にはわたしの方が優勢になること間違いなしね。馬鹿なマスコミやアンチどもめ、いい気味だわ」
「それは良かったですけど……結局、重蔵さんの言うとおり、みんながこれまでの態度を反省したっていうより、リンチの対象が変わっただけって気がしますね」
「ネットは……いや、大衆とは昔からそういうものだ。今さらどうしようもあるまい」
重蔵は、齢五十九年の経験から導き出した感想を、ため息とともに吐き出した。
ひつじテレビの生放送から一夜明けると、世論はまさに紅子の予想どおりに流れていた。
もはや紅子叩きの論調は明らかに衰退し、マスコミの報道姿勢やネットの炎上商法を批判する意見の方がはるかに上回っていた。それらの論者はもちろん紅子を擁護し、事故について彼女に非はない、未成年を追いかけ回し小突き回す人間の方が悪である、と主張していた。
それに加えて戦況に影響を与えたのが、紅子という人間のイメージの増大である。炎城寺紅子に歯向かったものは容赦なく血祭りにされるということを、ひつじテレビの特番はまざまざと見せつけた。
これは、特に実名で活動しているネット民を心底から震えさせた。
倉本雅俊◆人権活動家@NalKuramoto75
『今回の炎城寺選手の事件は、まさに日本の格差社会の闇の象徴です。また、自分の過ちを認めず、暴力を持って他者を排除しようとする態度は、決して許されることではありません』
炎上寺紅子@Red_Faire
『黙れよ。お前も潰されたいのか』
倉本雅俊◆人権活動家@NalKuramoto75
『ごめんなさい。許してください』
「ふん、ちょろいもんね。わたしがちょっと凄んだだけで、簡単にビビってやんの」
炎城寺紅子は「殺す」「潰す」と言った言葉を本気で実行する。それが日本中に周知された今、SNSで紅子を批判する声は百分の一以下になっていた。
「というか、お嬢の事故の話題の数自体が、既にかなり減ってますよ」
はじめの言葉どおり、もうネット上の話題トレンドでは芸能人の不倫や政治家の失言が上位に来ており、紅子の話題は三、四番手程度の位置であった。
「紅子様を叩けないなら、もう興味はないということか。七十五日どころか三日で飽きるとは、まったく呆れた連中だ」
「飽きてくれるなら、それに越したことはありませんよ。こんな下らない馬鹿騒ぎは、さっさと終わりにしたいですからね」
重蔵とさつきはそれぞれの感想を漏らす。
「よかったですね、おじょうさま。みんな、おじょうさまと仲直りしてくれたんですね」
みい子は何もわかっていなかった。
ともあれ、紅子含め炎城寺邸の住人たちは皆、もう心配ないだろうと考えていた。この様子なら、あと数日で炎上騒動は鎮火するだろう、と…………。
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