第25話 大炎上⑨
炎城寺邸の騒動の一部始終は、生放送でテレビに流れた。
それを見た春奈が、再び電話をかけてきた。
『あなた頭おかしいんですか!?』
「なによ春奈さん。電話してきて言うことが、いきなりそれ?」
『私はね、炎城寺さんが記者団の前に現れたとき、当然頭下げて“お騒がせして申し訳ありません”とか、そういう事を言うものだと思ってたんですよ!』
「わたしは何も騒がせてないわよ。勝手に騒いでんのはあいつらの方でしょ。だいたい、悪くもないのに頭下げるわけないでしょうが」
『だからって殴りますか!? しかも六回ですよ! テレビカメラに映ってるだけで六人殴ったんですよ、あなた! 全国中継のテレビのニュースで流れたんですよ!? ただでさえ日本中から敵視されてる状況で、こんなことやらかしたら、どうなるかわからないんですか!?』
「わかってたわよ。あいつらを殴り飛ばして追い払えば、みい子が学校に行けるようになる。実際、そのとおりになったわ。あ、みい子ってのはさ……」
『そういう問題じゃありません!』
「あんまり大声で叫ぶと体に障るわよ」
『誰のせいですか! あなた、傷害罪で訴えられますよ! 黒服のおじさんが、カメラ叩き壊すところも写ってましたよ! あの人も器物損壊罪ですよ! どうする気ですか!』
「さつきが包丁で刺したことは、報道されてないのね?」
『…………は……? ほう……ちょう………?』
「それはよかったわ。さすがにあれを撮られてたら、ちょっとまずいから」
『ちょっと……炎城寺さん……いま、包丁って言いました……? 九条さんが刺したって……冗談でしょ……ねえ……ジョークですよね……あはは……』
「じゃ、今ちょっと忙しいから。切るわよ」
『炎城寺さん!!!』
紅子は強引に会話を打ち切って、受話器を置いた。
「はあ。案外おせっかいね、春奈さんは」
「いい人なのですよ」
さつきは矢島春奈を気に入っているようだ。
「で、このわたしの反撃に対して、愚民どもの反応はどうよ?」
リビングルームに戻った紅子は、パソコンを操作しているはじめの背後から、モニタを覗き込んだ。
「どうもこうも……もともと山火事なみに大炎上していた話題に、お嬢が石油タンカーまるごとブチ込むような真似したおかげで……まあ、ご覧の有様ですよ」
『クラッシャークレナイ大暴れ』
『信じられない』
『こんな奴がチャンピオンベルト持ってるの?』
『普通に犯罪者』
『逮捕しろ』
『原始人かよ』
『日本から追放してほしい』
『何なのこの人』
「SNSも、掲示板も、ニュースサイトも、ネットのトレンドの上位ほとんどが、お嬢の話題で占められてますね」
「ふん。アンチどものコメント数だけ増えたところで、言葉のナイフにキレがないわよ。レスバトルなら失笑もののボキャ貧だわ」
「紅子様の無軌道ぶりを形容する言葉が、もはや思いつかないのでしょうね」
「どうよ、菜々香。理解できた?」
紅子が、側で呆然としていた菜々香に顔を向けた。
「え……何がですか……?」
「馬鹿どもが因縁つけてきたら、黙ってビクビクしてんじゃなくて、徹底的に殴り返してやればいいのよ。そうすれば気分はスカッとして、こんな炎上騒ぎなんて笑い飛ばせるようになるわ」
「そ、そういうものでしょうか……?」
菜々香は口ごもるが、さつきも重蔵も異議は唱えない。
普段は紅子の暴走を諌める彼らも、この非常事態においては徹底抗戦が正しいと考えているようだ。
「で、重蔵。ブツは回収できたの?」
「はい、ここに」
重蔵が懐からカードの束を差し出した。
「よしよし。さすが元産業スパイね」
「スパイ!?」
「昔のことだ。あまり触れてくれるな」
菜々香の驚愕の視線を、重蔵は苦笑して受け流した。
「なんですか、このカードは?」
横からはじめが手を伸ばす。
「……『山田和夫 東京都品川区〇〇〜』……『下村祐太 東京都豊島区△△〜』……これ、さっき押しかけてきたマスコミの免許証ですか?」
「そうだ。連中が、紅子様の立ち回りに注目しているうちに懐から拝借……おっと」
「あいつらが、『勝手に落としていった』のよ。そうでしょ、重蔵」
「はい。そのとおりです」
「あーなるほど。久しぶりですね、黒須さんの得意技」
はじめは特に驚きもしない。
「だから、『勝手に落としていった』のを拾っただけだ。人聞きの悪い事を言うんじゃない」
重蔵は、どこから見ても好々爺の表情を少しも崩さない。
「…………え……あれ……ひょっとして…………この家、おかしい人しかいないの……?」
炎城寺邸に就職して半年の新人メイド・美星菜々香は、次々明らかになる同僚達の本性に震えていた。
正午前になって、紅子のマネージャー、クリッパー・スミスから連絡が入った。
『ようクレナイ。お前に頼まれていたテレビ出演の件だがな』
クリッパーは、紅子がアメリカで新人格闘家としてデビューした時からの付き合いである。紅子の才能に惚れ込んでいる彼は、帰国した紅子を追って自分も日本にやって来ているのだ。
「どう、わたしに出演して欲しいっていうオファーはあった?」
『出演のオファーだけなら、日本中のテレビ局からきているぜ。ただ、生放送限定だというと、どいつも嫌がるな』
「その条件は譲れないわ。変な編集されて、わたしの発言を捻じ曲げられたくないからね」
『ああ、俺も同意見だ。それでな、ひとつだけ生放送を承諾したテレビ局があった。ひつじテレビだ。お前さえよければ、今夜にでも放送枠を確保すると言っている』
「話が早いわね。わたし好みだわ」
紅子は受話器を持ったまま、後ろに控えていた重蔵を振り返った。
「ねえ重蔵。ひつじテレビって、今朝押しかけて来た奴らの中にいた?」
「いえ、多分いなかったでしょう。普段の報道姿勢から見ても、ひつじテレビはまあ、マスコミの中では上等な部類と言えるでしょうな」
「よし、決まりね。クリッパー、出演してあげるって伝えて」
電話を切った紅子は、瞳に炎を燃やして不敵に笑う。
「くっくっく……。マスコミども、わたしに歯向かった落とし前が、パンチ一発で済むなんて思ってないでしょうね。お前らの地獄はこれからよ……!」
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