第20話 大炎上④

 

『被害者の人、意識が戻ったって』

 

『炎城寺さん終わったね』

 

『ついに事故の真実が語られる』

 

『炎城寺、口封じし損ねたか』

 

『被害者の名前は矢島やじま春奈はるな

 

『事故の状況については記憶不鮮明とかなんとか』

 

『混乱してて覚えてないらしい』

 

『記憶混濁状態か』


 

 菜々香の言うとおり、Twiterのトレンドには昏睡中の女性の意識が回復したという書き込みが並んでいた。


「とりあえず、殺人にはならずに済みそうですね」


 さつきが安堵する。


 しかし重蔵は眉をひそめた。


「おかしいな。なんでまた、こんな事がネットに流れるんだ。しかも女性の名前まで。警察はまだ何も発表していないはずだぞ」


 その疑問に、ちょうどリビングルームにやって来たはじめが答えた。


「ジャスティス仮面すよ。あの野郎がまたやらかしたんです」


 はじめは手にしたスマホで動画サイトを表示させる。


「見てください、これ」


 あまりいい予感はしなかったが、紅子たちは頭を付き寄せて、はじめの差し出したスマホをのぞき込んだ。


 動画には、病院の一室と思われる場所でベッドに横になっている、若い女性の姿が映されていた。


 その女性の顔に、紅子は見覚えがある。昨日車で跳ねた人物ーー矢島春奈だった。



『こんにちは! 矢島春奈さんですね! ちょっとお話聞かせてもらえますかーー!?』

 

『えっ……? な、なんですか、あなたは……』

 

『あなた、炎城寺紅子さんの車に轢かれちゃったんですよ! ほら、あの有名な格闘家の! お仕事帰りに、交差点でポルシェにドカンと! 覚えてます?』

 

『え……いえ、……私……よく……』

 

『で、炎城寺さんは“自分は悪くないー”って言い張ってるんですけど、実際のところどうなんです?』

 

『……その……よく……覚えてなくて……。……う、……頭痛い……!』

 

『はいはい、もう少し頑張って! いま日本中がこの交通事故に注目してるんです! ちゃんと真実を説明することがあなたの義務ですよ!』


『ちょっと! なにやってるんですか貴方は!』

 

『お、看護師さんたちですか! ちょうどよかった、あなた方にもインタビューを』

 

『ここは面会謝絶です! すぐに出て行ってください!』

 

『いやいや、固いこと言わずに。 ちょっとくらい、いいじゃないですか』

 

『患者は今、絶対安静が必要な状態なんですよ! やめて、撮らないで!』

 

『これは報道の自由ですよ。わたしの動画を見ている皆さんには、知る権利があるんです。矢島さーん、一言でいいですからコメントくださいよー。悪いのは炎城寺ですよねー?』

 

『あ、あ、痛い……頭痛い……!』

 

『矢島さん、大丈夫ですか! ……いい加減にしなさいあなた! 早く出て行って! 早く!』

 

『あー、ちょっとー! おーい矢島さーん!』

 

『えー、というわけでね……残念! 追い出されちゃいました! でも次こそは、矢島春奈さんへの突撃取材を成功させますんで……』



 動画が再生されたのはそこまでだった。


 紅子の拳がスマホを直撃し、床に叩きつけたからだ。


「ゴミがっ……!!!」


 強化ガラスとアルミのフレームが、激しい音をたてて無残に砕け散った。


「あの、お嬢様……それ、はじめのスマホなんですけど……」


「いいすよ。俺もお嬢と同じ気持ちですから。でも来月の給料で補填はしてくださいよ」


 目の前でスマホを叩き壊されても、はじめはあまり気にしていなかった。彼自身、同じことをしたい心境だったのだろう。


「ここまで下劣なのですか、この男は……」


 さつきも声を震わせていた。


「残念ながら」


「なぜこんな者が、大手を振ってのさばっているのです!」


「なぜなんでしょうね……」


 はじめは、やり切れないといった風に首をふった。


「あの……なんでジャスティス仮面は、事故にあった人……矢島さんの入院先を知ってたんでしょうか? こんなこと、普通は知りようがないんでしょう?」


 菜々香の疑問に、紅子がしばらく考えて答えた。


「わたしが救急車呼んで、病院まで付き添ったとき……あのとき、不自然に救急車のあとをついてくるタクシーがいるな、とは思ったのよ」


「え!?」


「じゃあ、なんですか。ジャスティス仮面は、最初からこの突撃動画をとるために、救急車の後を病院までつけてきたんですか」


「多分、そういう事なんでしょうね。目の前で事故が起こって、人が倒れてるのを見て……それで考えることが、どんだけ面白おかしくネタにできるかってことだけか……とことん腐りきった野郎ね」


「事故にあった人を、助けようという気はないのですか……!」


「ないでしょうね、ジャスティス仮面には」


 リビングルームに、重苦しい空気が流れた。


「ジャスティス仮面か……。これまで見てきたネットの荒らしどもが聖人に思えるレベルね」


 紅子がぽつりと言った。


「漫画でもテレビでも、正体を隠すのは正義の味方のお約束…………だけど、それってリアルで考えれば、自分だけは身元を隠して、安全な場所から人を攻撃したいって魂胆になるのね……」


 その男が、今回の獲物として選んだのが紅子というわけだ。


「ふん。誰だろうと、わたしに喧嘩売りたいなら買ってやるわよ。けどな仮面野郎、お前は本気で殺してやるからな……!」


「紅子様……」


 さつきが諌めるように何かを言いかける。


 だが、紅子はそれを制するように声色を変えた。


「けどまあ、その前にやることがあるわね」


「やること? なんですか?」


「意識が戻った矢島春奈さんに、話をつけてくるのよ」

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