第16話 黒歴史ノートがあらわれた④

「平均評価? なによそれ」


「このサイトでは、読者が自分の読んだ作品に対して1から5までの点数で評価をつけるんです。お嬢様の黒れ……小説は、その評価の平均点が1.2で……」


「それって凄いの?」


「………………」


 菜々香は答えに窮する。


「平均1.2ということは、ほとんどの人が最低点の1点しかつけていないのですよ。つまり、紅子様の落書きを読んだ人はみな、みい子と同じ感想を抱いたということです」


 菜々香に代わって、さつきが真実を語った。


「はああああ!? んなわけないでしょうが! わたしはランキング一位なのよ!」


「それは何かの間違いですよ。きっとインターネットが壊れたのでしょう」


 さつきにとって、インターネットは中華家電と同程度の扱いらしい。


「いえ……これは多分……」


 菜々香は訝しみながら小説情報のページをスクロールしていく。『平均評価ポイント:1.2点』の上には、『評価者数:5633人』とあった。


「評価者が一日でこんなに……ってことはやっぱり……。あの、このランキング結果は正常です。インターネットが壊れたわけじゃないです」


「それはおかしいでしょう。紅子様の小説……と呼べるかも疑わしい代物は、最低レベルの評価を受けているのですよ。なのになぜ、ランキング一位になっているのです?」


「この『あろう』のランキングは、獲得した評価ポイントの合計で決まるんです。評価が最低の1なら2点、最高の5なら10点入ります。このルールだと、読者が『全然面白くない』って考えて評価1をつけても、ポイントは増えるんですよ」


「それは、つまり……一人が『すごく面白い』と感じて評価5をつけた作品より、十人が『つまらない』と感じて評価1をつけた作品の方が、獲得ポイントは増えて、ランキングが上になる……ということですか」


「ええっ? それっておかしくないですか?」


「うーん。その辺のルールは確かに微妙だけど……普通、ここまで極端なことには……」


 菜々香はまじまじと『スカーレットの伝説』の小説情報を見直す。


「お嬢様の黒れ……小説の評価ポイントの平均・・は確かに1.2だけど、評価者の数が凄いんです。五千人以上いますから。結果的に、獲得した合計・・ポイントは莫大な数になってランキングを駆け上がったんです」


 それが、紅子のシンデレラストーリーの本質であった。


「はあ……結局そんなことでしたか。まあ、世界は今日も正常だったということですね」


「いや、ある意味これって異常事態ですよ。『あろう』の歴史に伝説を残したかもしれません」


 そんな二人のやりとりを聞いて、紅子が怒りに震えだす。


「ちょっと、あんたたち……。まるでわたしの『スカーレットの伝説』を、駄作みたいに言ってるように聞こえるんだけど……!?」


「最初からずっとそう言ってるでしょう。一人に褒められるより、十人にけなされた方がランキングが上がるのが、このサイトなのですよ。紅子様のスカなんとかは、五千人にけなされたからランキング一位になったという、それだけの話です」


「そ、そんなはずないわ! だって一位だもん! 一位って凄いのよ! 書籍化するんでしょ! プロ作家じゃん! わたしは凄い!」


 プロ作家には程遠い語彙力で、紅子は己の正当性を主張する。


「それじゃあ、おじょうさま。感想を見てみたらどうですか?」


 みい子が言い出した。


「え、感想?」


「ほら、ここに『未読の感想:265件』って書いてあるじゃないですか。これ、おじょうさまの小説を読んだ人の感想ですよ」


「あ、ほんとだ。こんな機能があったのね。よし、読者からの生の声ってやつを聞いてみましょう。そうすれば真実が分かるわよね!」


 紅子はこの期に及んでなお、大いなる称賛を期待して感想ページを開く。


 菜々香は「余計なことを……」と言いたげな視線をみい子に送る。そこに何が書いてあるか、もはや火を見るより明らかだったからだ。



『あろう史上最低の駄作』

 

『なにこれwwwww 幼稚園児の日記帳かなwww』

 

『あまりに糞すぎて逆に自分はマシだと勇気が湧きました! 感謝の気持ちを込めて星2です!』

 

『電子ゴミ』

 

『作者は七歳かと思ったら十七歳だwwwwwww』

 

『十七歳の生み出した産業廃棄物www』

 

『どんな頭してたらこれを人に見せようなんて思うの?』

 

『ついに文字を書けるチンパンジーが生まれたんですね! 遺伝子工学の発展はすばらしいです! あ、評価は1にしときました』


『こんな汚物にランキング汚されるのが不愉快』


『YOUTUMEで本作の朗読会を生配信します! 吹き出さずに最後まで読めるかチャレンジ!』



「なによこの荒らし共はああああああ!!! うぎいいいーーー!!!」


 やはり……というか当然、寄せられた感想のほとんどは悪口、煽りの類であった。


 そして、これまた当然のように、紅子は脊髄反射で反論を書き込むのだった。



『ふざけんなよおいカス共!』『死ね!』『わたしの超傑作ファンタジーのどこが産業廃棄物だよ!!』『殺すぞおい!!!』『今から殺しに行くから住所さらせよ!!!』『おいこらあああああああ!!!』



 怒り狂う紅子に恐れをなし、菜々香とみい子はリビングルームを逃げ出していく。


「はあ……結局こうなるのね……」


 一人残ったさつきは、深々とため息をつくのだった。

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