第15話 黒歴史ノートがあらわれた③
「ち、なによ、あいつは……」
紅子は、菜々香を追いかけて鉄拳制裁を行うか少々迷ったが、結局椅子に座りなおした。
菜々香は逃げ出したのだから、このレスバトルはわたしの勝ちだ、と思ったからだ。
「それにしても、菜々香の奴がこんな変態だとは思わなかったわ」
モニタ上には、いまだにアルとオームが裸で絡み合うシーン描写が表示されたままだ。
「『ふふふ。お仕置きはこれからだよアル……』『やめてくれオーム! そんなの入らない!』……なによ、これ。アルもオームもこんなこと言わないっての」
改めて読んでみても、紅子にはホモのエロ小説としか思えない。
「菜々香の奴……ああいう一見普通っぽい奴が、実は一番やばい本性隠してるってのは本当だったのね。…………ん、ってことは、普段からおかしいおかしいって言われてるわたしは、案外まともってことなのかしら?」
都合のいい独り言を口にしながら、紅子は『ビクシプ』のタブを閉じた。
とにかく、このサイトには二度と近付きたくない。小説を投稿するのは、もう一つの『小説家であろう』のサイトにしよう、そう決めた。
「『小説家であろう』か、こっちはまともなサイトっぽいわね」
投稿されている作品にざっと目を通してみたが、先ほどのようなエロホモ小説は見当たらない、至極健全な小説ばかりだ。それもそのはず『当サイトでは十八禁指定されるような性的表現は禁止です』と注意書きがあった。
紅子は安心してアカウント作成を開始する。
「名前は……炎城寺紅子って本名だとどうせアンチがやって来るだろうし……『緑子』にしとくか。うん、これなら荒らされる心配はないわ」
アカウントの作成が完了し、紅子は投稿を開始した。
『スカーレットの伝説』のノートを見ながら、文章をパソコンで打ち直していく。
「あ、このサイトって画像も付けられるのね。なら、私の描いたスカーレットのイラストも載せよっと」
デジカメを引っ張り出し、ノートに色鉛筆で書かれた得体のしれない生物を写真に収め、そのままサイトにアップする。紅子には、スキャナーやお絵かきソフトといったものの知識はないのだ。
「…………よし……うん。これで完璧だわ!」
異常な集中力で八時間ほどぶっ続けで作業を継続し、『スカーレットの伝説』の全文は投稿された。
「ええと、今の人気ランキング一位は……『塩天丼』ってやつか。よーし、こいつを倒して、わたしが一位になるわよ!」
紅子は、大いなる成功を確信していた。
翌日。
「あんた達! いいもの見せてあげるわ!」
紅子は声を張り上げながら、リビングルームに顔を出した。
「紅子様?」
「おじょうさま、どうしたんですか?」
宿題をしていたみい子と、それに教師役として付き合っていたさつきが顔を上げた。もう一人、その場にいた菜々香は、紅子の顔を見るなり逃げ出そうとする。
「逃げなくていいわよ菜々香。昨日のことなら、もう怒ってないから」
「は……はあ……」
紅子は上機嫌で笑いながら、リビングルームに置いてある共用パソコンの電源を入れ、『小説家であろう』のサイトを開いた。
「おじょうさま、いいものってなんですか?」
みい子が無邪気に尋ねる。
「ふっふっふ。わたしの超傑作小説『スカーレットの伝説』がね、『小説家であろう』でランキング一位になったのよ!!!」
「えええええええぇぇっ!?」
みい子も菜々香も、信じられないという声を上げる。
「それは凄いことなのですか?」
ネット文化に疎いさつきが聞いた。
「そりゃあ……『あろう』でランキング一位をとるって、それはもうイコール書籍化デビューみたいなものですよ……」
「なら、いつもの紅子様の妄想か勘違いですね。馬鹿馬鹿しい」
「違うわよ、本当だっての。ほら、目ん玉ゴシゴシして、よーく見なさい!」
紅子が『小説家であろう』のサイト内、『日間総合ランキング』のトップページを開いて三人に示す。
そこには、まごうことなく紅子の自作小説『スカーレットの伝説』が、燦然と表示されていた。
【日間総合ランキング 1位『スカーレットの伝説』 作者:緑子 13920pt】
「うわーすごい! すごいですおじょうさま!」
「うそ……なんで……?」
菜々香は目をこすり、頬をつねり、何度もモニタを凝視する。
「現実ですよね、これ……」
幻覚でも夢オチでもなく、間違いなく、『スカーレットの伝説』は最大手小説投稿サイトの頂点に立ったのだ。紅子が投稿を始めてわずか1日で、である。
「ねえ、おじょうさま! 読ませてもらっていいですか!?」
「ふふ、もちろんいいわよ」
紅子は有頂天で、作品へのリンクをクリックする。
開かれた小説冒頭の文章は、確かに紅子のノートに記されていた内容と同じであった。
「『天界からついほうされたてんしの血を引くゆうしゃ』『100まんどの炎をしょうかんしててきをたおす』……昨日見たお嬢様の黒れ……じゃなくて、小説のノートと同じですね……」
「同じタイトルの別人の作品、というわけではないという事ですか」
「当たり前でしょうが、いい加減信じなさいよ。……さ、みい子、わたしの超ウルトラスーパー圧倒的神作を、好きなだけ楽しみなさい」
「わーい!」
みい子は目を輝かせながら『スカーレットの伝説』を読み始める。
「………………」
だが、五分もしないうちに、その瞳から光は失われていった。
「………………」
「ふふふ。どうかしら感想は? わたしに遠慮しなくていいから、思ったことをありのまま素直に口に出してみなさい、みい子」
「わけがわからなくてぜんぜん面白くないですね。それに、たまに出てくる変なイラストが気持ちわるいです」
みい子は思ったことをありのまま素直に口に出した。
「あらあら……。子供には、わたしの文学はレベルが高すぎて
いつもの紅子なら、みい子の発言に激怒していただろうが、今日は笑って聞き流した。すでにランキング一位という確固たる地位を築いた今の紅子にとって、たかが子供の戯言などで心を乱されることはないのだ。
だがその時、みい子に代わってマウスを操作していた菜々香が異変に気付いた。
「あの……この作品の平均評価……1.2点なんですけど……」
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