第14話 宿命の対決・紅子VSイルカ③
翌日。
紅子は不機嫌だった。
『“宿命の対決”応援ブログ』に初めて読者からのコメントが付いたかと思えば、それがとんでもない荒らしだったからだ。
Twiterを荒らされることはもう日常茶飯事で慣れてしまったが、匿名でやっているブログまで同じ目にあうのは我慢ならない。しかも荒らしの奴は、紅子がノーベル文学賞級の超傑作と信じる“宿命の対決”までバカにしたのだ。
あいつは殺す、絶対殺す、と紅子は呪詛のように呟きながら、庭で日課のうさぎ跳び五百回を終えて屋敷にもどった。
「あ、お嬢様。おはようございます」
イルカが、いつものようにヘラヘラした脳天気な声で挨拶をしてきた。
「ああ!?」
紅子は殺気を撒き散らして答える。
「ひ、ひえっ……ど、どうしたんですか、お嬢様」
「……べつに、なんでもないわよ」
「はあ……」
いつもの紅子なら、荒らしが現れたとあれば真っ先にイルカに相談しているところだ。しかし、そうすると当然、ブログのことも話さなければならない。それは嫌だった。
「イルカ、お茶」
紅子はソファに乱暴に沈み込んで、イルカに命じた。
イルカは急いで台所に駆け込み、プロテイン五十グラムをシェイクして持ってくる。
「ぬるい! プロテインをぬるま湯で作ってんじゃないわよ!」
「い、いえ、ですが……夏場はどうしても水道が……」
「うっさい!」
キレ散らかす紅子だが、もちろん怒りの根源はプロテインの温度などではなく、ただの八つ当たりである。
八つ当たりしておきながら、そのくせ紅子はプロテインを飲みながらチラチラとイルカへ視線を送る。
イルカさえ手助けしてくれれば、あんなクソ荒らしなど即座に撃退してくれるだろう。だがそれは出来ない……という葛藤でますますイライラは募る。
「あの、お嬢様。なにか?」
視線に気づいたイルカが聞く。
「なんでもないわよ! こっち見んな!」
「ひい! すみません!」
やはりイルカの助けは借りない。あの荒らしは自分一人の力でぶちのめしてやる。
紅子はそう決心した。
「はあ……今日はひどい目にあいましたよ……」
イルカは、自室のベッドに倒れ込みながらぼやいた。
紅子の機嫌は一日中直ることはなかったから、ずっと怒鳴られっぱなしだったのだ。イルカの役割は、紅子の機嫌がいいときは楽なものだが、今日のような大雨の日はその被害をまっ先に受けることになる。
しかし、今日の憂鬱な仕事はまだ終わってはいない。昨日読みきれなかった“宿命の対決”を、最後まで読破しなくてはいけないのだ。あんな駄作を読むのは苦行でしかないのだが、そうしなければあの『“宿命の対決”応援ブログ』を効果的に荒らせないのだから仕方がない。
ネット廃人をとことん拗らせたイルカは、それから二時間ほどかけて“宿命の対決”を最終回まで読み切り、そして、総括した感想を漏らした。
「ほんっとクソですね、この漫画」
つまらない漫画だとは思っていたが、ここまで不快だとは正直予想を超えていた。
アルageのオームsageは、イルカの記憶以上に全編通して徹底されており、オームがアルを上回っている点は何一つない。能力のみならず人格的にも、アルは明るく勇敢で小気味のいいやんちゃ坊主なのに対して、オームはウジウジと臆病な根暗として描かれている。
アルとオームの関係は、どう見ても親友というよりガキ大将と子分である。そして、オームはそのことになんの疑問も抱かず、アルに付き従ってヘラヘラ笑うのだ。
オームが闇落ちして悪の戦士になって、ようやく対等のライバルになるのかと思えば、オームはアルと真正面から戦わず、闇討ち、不意打ち、人質作戦と卑劣技のオンパレードを繰り出す。挙句の果てに、アルに勝てない腹いせに無力な子供をいたぶって憂さ晴らしをするのだから、もう目を覆いたくなる有様だった。
「よくもこんなクソ漫画を読ましてくれましたね、青子さんは。無駄にしたわたしの時間を返してほしいですよ、まったく」
そう言って、イルカは昨日ブックマークした『“宿命の対決”応援ブログ』を開いた。
「お嬢様に怒鳴られて、クソ漫画を読まされて、ダブルのストレスですよ今日は。かくなる上は、この初心者さんのブログを荒らして憂さ晴らしするしかないですねえ」
自分の不快感が同族嫌悪と呼ばれる感情であることに、イルカはまだ気付いていなかった。
『というわけで、第四巻ではついにアルとオームのライバル対決が始まるのです。このバトルがすごくハラハラ・ドキドキして超面白いのです。とくに、三十七話では超衝撃の展開がありますが、ネタバレになっちゃうのでここでは書きません。気になる人はぜひ読みましょう。漫画サイトの無料期間は今週末までです。見逃すと一生後悔しますよ』
『どこが超衝撃の展開だよwオームがアルに仲直りのプレゼントとか言って送った花に仕掛けられた爆弾が爆発しただけだろwアホすぎでしょww』
『ネタバレはしないでください殺しますよ』
『この漫画が実は最低最悪の駄作だってネタバレは、早めにしたほうがいいですよw』
『あなたは昨日きた荒らしと同じ人ですね。ごまかしてもお見通しです』
『べつに誤魔化してねーよwwwwww』
『あなたはこの漫画をディスってばかりいるけどちゃんと読んだのですか。ちゃんと読めばとても面白いストーリーで、アルとオームがいかに素晴らしい親友でライバルかがわかるはずです』
『いや読んだけど。ゴミと思ってたのが、腐った生ゴミだったって感想しかないんですけどw てゆーかその、アルとオームが親友とかライバルって前提がもう完全に的はずれなんだけど。オームなんて完全に無能のグズで弱虫のノロマで、最強アル様の引き立て役じゃん』
『アルとオームは得意なことがちがうだけです。力持ちのアルと、頭のいいオームで、お互い違うから友達でライバルなのです』
「は……なに言ってんのこいつ……?」
イルカは、そこで初めて嘲笑を止め、煽るためのコメントを書き込む手を止めた。
「頭のいい、オーム……?」
オームというキャラクターに対して、そんな感想を持ったことはなかった。意外、というか意味不明だ。アルはたしかに勉強はいまいちのイタズラっ子という設定だが、それはオームも同じだ。子供時代は、二人揃って赤点を取るエピソードがあった。そのオームが頭脳派キャラなわけがない。
『あなたまた意味不明な妄想してるんですかwオームのどこが頭いいんだよ』
『花束に爆弾を仕込むなんてすごい頭いいじゃないですか』
『あほくさ。そんなんやり方調べたら誰でもできるっての』
『そんなことないです。オームの世界では爆弾はすごく難しいものです。アルが冒険者のときに戦った世界一の宮廷錬金術師でも、火を付けたらすぐ爆発する爆弾しか作れませんでした。でもオームの爆弾は時限爆弾です。凄いでしょう。オームは宮廷錬金術師より頭がいいのです』
「…………」
イルカは反論を書き込めなかった。
たしかに、“宿命の対決”の三巻では、アルが世界一の錬金術師と戦う描写がある。結果はアルの圧勝。またアル様すげーの演出かよ……とイルカは辟易した。
だが、青子の指摘をかんがみれば、あれは世界一の錬金術師ですら歯が立たなかったアルを、爆弾で病院送りにしたオームの戦果を際立たせるための演出と思えなくもない。
『他にも、オームはいろいろな作戦でアルを追い詰めます。五巻では、アルのことが好きなエルフの女の子が……おっと、ここからはネタバレになるので言えません。気になる人は漫画を読みましょう』
『あのエルフをオームが誘拐してアルを脅迫するんでしょ。ほんっとマジで胸糞展開なんだけど』
『ネタバレすんなって言ってんだろ死にたいのか』
『オームがやってることなんてセコくて卑怯なハメ技ばっかじゃんwwこれで頭脳派とかマジであなた頭の検査したほうがいいですよww』
『卑怯で何が悪いんですか。アルとオームは命がけで戦ってるんですよ。戦争に卑怯もなにもありません』
『いや、漫画にそんなリアルの物差し持ち出されてもw』
『アルが一度でもオームを卑怯と言いましたか?』
そこで、またしてもイルカは沈黙してしまう。
慌てて、“宿命の対決”全七巻を読み返す。猛スピードの斜め読みだったが、目を通した限り、アルの台詞に「卑怯」「汚い」「ずるい」といった類の発言は一つも見当たらなかった。
アルの性格なら、いかにも言いそうな台詞であるにも関わらず。
『力では誰も敵わないアルを、オームは頭脳で追い詰めるのです。そして、アルは絶体絶命の危機に追い込まれても、力を振り絞って諦めず戦うのです。それが“宿命の対決”の見どころなのです』
『オームは卑怯だから格好いいのです。ずるいからアルの友達なのです。なぜならアルもイタズラっ子だからです』
『こんなこともわからないなんて、あなた素人ですか?』
「うぎいいいいいいーーーー!!! こ、こいつーーーーー!!!」
素人を煽ってやろうと思ってきたら、逆に煽り返されたイルカは、顔を真赤にして悔しがった。
「こ、この雑魚が……! このわたしをレスバトルでやり込めたつもりですか!? こちらが手加減してやってれば、いい気になって! もう容赦しませんよ!」
イルカは猛烈なスピードでキーボードを打ち込んだ。
「あなたには、レスバトルの禁断必殺技を食らわしてやりますよ! それっ!」
『作者の人、そんなことまで深く考えて描いてないですよw』
『そんなことありません』
『じゃあ証拠あるの?』
『ちゃんと読めばわかります』
『証拠ないんですねw』
『ちゃんと読めばわかるって言ってんだろ殺すぞ』
『はい論破w証拠出せないおまえの負けーーーwww』
『おまえころすzぜqたい住所かえけよおいこらあ!!!』
「よし、発狂した。これでわたしの勝ちですね」
無理矢理そう結論づけて、イルカは『“宿命の対決”応援ブログ』を閉じた。
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