第15話 宿命の対決・紅子VSイルカ④

「イルカああああ!!! このプロテインは何よ!?」


 今日も炎城寺邸に、紅子の怒声が響き渡った。


「え、な、なにか不味かったですか」


「プロテインに氷を入れる奴があるかバカ!」


「で、でもこの前ぬるすぎるって……」


「言い訳するなあああ!!!」


「ひいい! すみません! すみません!」


 ここ三日間、紅子の機嫌は悪化の一途を辿っていた。


 毎日のようにキレ散らかし、当たり散らし、そのくせ「何かあったんですか」と聞いても答えようとしない。


 イルカはほとほと疲れ果てていた。




「ああ、もう。まったく、最近のお嬢様はなんなんですかね」


 今日も今日とて紅子に八つ当たりされたイルカは、ベッドに倒れ込んで考える。


 ここ最近の紅子は、日課の筋トレの時以外は部屋にこもって一人でなにかをやっているようである。それがご機嫌を損ねている原因であることは間違いない。


「普通に考えれば、またネットで煽られたとか荒らされたとかなんですけどねえ……」


 しかし、それなら自分を頼ってくるはずだ。少なくとも部屋に鍵までかけて秘密にすることはない。結局、見当もつかないのである。


「はあ、仕方ないですね。このまま嵐がすぎるのを待つしかありません。それはそうと……」


 イルカは枕元のノートパソコンを手に取り、『“宿命の対決”応援ブログ』を開いた。


「今日も青子さんのブログを荒らしてあげるとしましょうか。うひひひ」


 まさにその行為が紅子の怒りの元凶であることに、イルカは気付かない。



 

『というわけで、六巻の最後でアルは、オームは自分が助けてやらないといけないんだ、と決意して最終巻に続くのです。素晴らしく格好良くてワクワクする引きですね。続きが気になる人はすぐ漫画を読みましょう。無料期間はもうすぐ終わっちゃいますよ』

 

『どこが格好良くてワクワクするんだよw薄っぺらすぎて寒いだけじゃんwww』

 

『またあなたですかいい加減にしてください』

 

『あなたもいい加減、駄作を名作と嘘を付くのはやめたらどうですかw』

 

『六巻のラストを読んで感動しない人は心が死んでいます。死んでください』

 

『はーーー。あのさー、“自分が助けてやらないといけない”って台詞がもう、思い上がった上から目線で吐き気がするんだけど。アル、おまえ何様だよって感じ。もうほんと、この台詞にこの漫画のクソっぷりが集約されてるよね。あ、ごめん集約って言葉は幼稚園児にはわからなかったかな?』

 

『わたしは幼稚園児ではありません。アルの格好良さがわからないあなたの方が幼稚園児です』

 

『アルは独りよがりの傲慢独善野郎で、オームはその引き立て役、それがこの漫画の本質だろw アルは口では友達とかいいながら実際はオームを見下してるから、あいつは自分がいないと何も出来ないグズの弱虫だって思ってんだよ。だから助けてやらないといけない、とか言っちゃうわけよ』

 

『ちがいます』

 

『そーでちゅかーwww じゃあ、どう違うのか先生に教えてくれるかなーーー? 青子ちゃんwww』

 

『アルは、オームが闇落ちしたのは自分のせいだと気付いたのです。だから責任を果たすために、自分がオームを救わないといけない、と言ったのです』


 

 一瞬、イルカの息が止まった。


 それほど、青子の指摘は衝撃的だった。同時に、その指摘に深く納得している自分を感じてしまった。


 だが、それを認めることは耐え難いほどに屈辱的な気がした。

 


『いや、なに言ってんのwオームが闇落ちしたのは完全に自己責任でしょ。弱虫だから闇の誘惑に耐えられなかっただけwwwアル関係ないしwww』

 

『オームは弱虫ではありません。そんな理由で闇落ちしたわけではありません」

 

『違うって』

 

『アルが村を出たとき、オームは置いていかれたと感じたのです。寂しかったのです。大好きなアルに見限られたと思って。その反動で闇の戦士になってしまったのです』

 

『なによりも』

 

『自分はアルを必要としているのに、アルは自分がいなくても平気なのか、とオームは思ったのです。それが一番不満だったのです』

 

『あなたがこの漫画を嫌う理由も同じなんでしょう』

 


「違うっつってんだろ!!!」


 気付いたときには、イルカは画面の文字に向かって叫んでいた。


 いつのまにか、全身が汗まみれになるほど興奮していた。


 アルが一人で旅立ったことで、闇落ちするほどに深くオームが傷ついたこと。オームがそれほどにアルに依存していたこと。そして、同じようにアルがオームに依存してくれないことを、誰よりも、不満に思っていること。そのどれもが、猛烈な恥辱に感じられた。


「あああああああ! この素人の情弱の幼稚園児が! クソクソくそっ!!!」


 これまで何千時間と打ち込んできたキーボードを、過去最高のスピードで叩きつけながら、イルカは猛烈な勢いで否定の言葉を書き込み続けた。


 

『なにいってんだかssねよおいふざkねnなにいっtんだこのカスしねよゴm! バカみたいばーかばばおかーか!!!こんなくs漫画でなにマジになっちゃんてんのkな? にーーとのksにこどもべあやから出た来てはさっさtしゅうしょkしろよしねsねごみゃろう!!! ろんぱrぽあんろんぱ論破!!!あjほすぎあわろすぁろすわろすwwwwうえええwwwごみおkぎごみ』


 

「はあ……はあ、……はあ…」


 力の限りキーボードを打ち続け、ベッドの上をのたうち回り、イルカはようやく落ち着きを取り戻した。


「ふん、この初心者丸出しのネット弁慶が。こんな奴、どうせリアルでは底辺で、学校の教師か会社の上司に毎日怒鳴られて、ヘコヘコしてる哀れな奴隷なんでしょうね」


 そう決めつけて自分を慰めた。


 冷静になってくると、さっきの自分の叫び声が、他の人間に聞かれなかったか心配になってきた。ただ、隣は紅子の部屋であり、もし紅子に聞こえていたら、とっくに「うるさい!」と怒鳴り込んで来ているはずだから、そうならないということは聞こえていなかったのだろう。


 イルカがそこまで考えた時、ドアが開いた。

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