第6話 不人気動画の作り方⑥


『あー、みい子。俺も折り紙していいかな』

 

『あ、はじめさん。いいよ、はじめさんも一緒に遊ぼうね』

 

『はじめ、エアコンのクリーニングは終わったのですか?』

 

『いや、まだですけど。なんかお嬢がこっち来て折り紙で遊んでろって言うんですよ。言うとおりにしないと殺すって、えらい剣幕で』

 

『なんですか、それは』

 

『みなさん! みい子のお友達の、はじめさんが来てくれました!』

 


「……そよぎの言ったとおりにはじめを呼んだけど、これでなにか変わるのかしら?」


 いまや出演者が三人となった、みい子のライブ配信を自室で見ながら、紅子は不思議に思う。結局、はじめをライブに出せばどうなるのかは、そよぎから聞く暇がなかったのだ。


 

『それじゃあ、はじめさん。だましぶねを作りましょう』

 

『なんだっけ、それ?』

 

『ここをこうして、こう折って……あ、そうじゃなくて、ここを折るんだよ』

 

『えっと、こうか。みい子上手くなったね、この前はめちゃくちゃ不器用だったのに』

 

『千羽鶴を沢山折った成果です。えっへん』

 

『偉いねー。みい子は』


 

「……べつに何も変わらないじゃない」


 これまでと同様の折り紙作りを、はじめを混ぜてやっているだけだ。紅子にはそう見えた。


 だが、傍らのイルカは目ざとく変化を指摘した。


「よく見てください。視聴者数が二千人近くまで減っていますよ」


「あ、本当だ」


「それに、コメントですね。さっきまで酔っぱらい親父みたいに囃し立てていたセクハラコメントが、はじめが出てきた途端に大人しくなりましたよ」


 イルカの言葉通り、投稿されるコメントの数も激減し、たまにされてもその内容は当たり障りのない――言うなれば健全なものばかりになっていた。


 

『こことここを合わせて、折って……はい、完成です』

 

『俺も出来たよ、完成でーす』

 

『だましぶねだ』

 

『みい子ちゃん器用だね』

 

『偉い』


 

「マジで、なんか急にコメントの温度が下がったわね。どういうことなのかしら?」


 紅子は、ことの成り行きが理解できずに首を捻る。


 

『それでは、はじめさん。ここを持って目をつぶってください』

 

『持ったよ』

 

『視聴者のみなさんも、よく見ててくださいね』

 

『え、なに。もしかして生放送なの、これ。マジで?』

 

『生放送とはなんですか、はじめ?』

 

『はじめさん、目をあけちゃだめ! 九条さんも静かにしてください』

 

『こうすると……はい! いつの間にか船の向きが変わっています!』

 

『えーと……わーすごいー。パチパチー』


 

 などというやり取りを出演者たちがしている間にも、オーディエンスの盛り上がりは急速に冷えていく。視聴者数のカウンタはとうとう千を割った。


「なんかすごい勢いで視聴者が減っていくわよ。あっという間に千人以下になっちゃった」


「なるほど……こんな手がありましたか。さすがはそよぎ様、厄介の対処法を心得ておられますねえ」


 イルカはそよぎの狙いを察したようだった。しきりに頷いて感心している。


 結局、その後も視聴者の数は減り続け、みい子チャンネルが終了時間を迎えたころには十人以下となっていた。


 

『えーと、今日のライブはこれでおしまいです。みんな、ありがとうございました!』

 

『ありがとうーまた見てねー』

 

『二人とも、誰に向かって喋っているのですか?』


 

 三人がそんな挨拶をしている間に、残ったわずかな視聴者たちも『つまんなかった』『バイバーイ』『もう見ない』など捨て台詞のようなコメントを残し去っていった。


 結果的に、厄介を追い出すという紅子の目的は達成されたことになる。


 紅子はしばし安心しつつ呆然としていたが、すぐにやるべきことは終わっていないと気付き、みい子達のいるリビングルームへ向かった。


「みい子、お疲れ! さつきもはじめも、いい感じだったわよ!」


 紅子は内心の焦りをひた隠しにして、みい子に笑顔で声をかける。


「あ、おじょうさま。今のライブ見ててくれたんですか」


 みい子は裏表のない笑顔で応えた。


「お嬢、いきなりやって来てYOUTUMEの生放送に出なきゃ殺すって、一体どういうことなんですか」


 当然ながら、はじめは文句を言ってくる。


「そ、それはあれよ。ほら、みい子の番組を盛り上げてやろうと思って」


 本当は盛り下げるためなのだが、まさかそれを言うわけにはいかない。


「えへへ。みんな、どんなコメントをしてくれたのかなあ」


「おっと! みい子、スマホはわたしが回収してあげますよ!」


 スマホを確認に行こうとしたみい子を、イルカが押し止める。


「先程から生放送だのライブだの、いったい何の話です?」


 さつきは、未だに自分が何をやっていたのか理解していなかった。


「あのスマホで動画を撮って、ネットに配信してたんです」


「は? 聞いてませんよそんなこと!?」


 さつきは慌てて赤くなった。


「恥ずかしい……ろくに化粧もしてないのに……」


「大丈夫よ。美人だって褒められてたわよ」


 つい口を滑らせてしまう紅子。


「褒める? 誰がです?」


「あ、いや……その……わたし、わたしが見てて思ったのよ。さつきって改めて見ると美人ねって……」


「へえ。紅子様もお世辞を言えるようになったのですね。少しは大人になったのでしょうか」


「そ、そうよ、お世辞言えるようなったの! 凄いでしょ、わたしのお世辞。頑張って考えたお世辞なのよ。どう、わたしのお世辞は?」


「………………」


 紅子たちがそんなやり取りをしている隙に、イルカは回収したみい子のスマホを操作し、今回のライブ配信中に付けられたコメントを全て削除した。


「はい、みい子。どうぞ」


 工作をし終えたイルカが、みい子にスマホを渡す。


「……あれ、コメントひとつも付いてない。それに……視聴者数二人だけ……」


 みい子は落ち込んでしまった。


「いやはや、厳しい現実ですねえ」


「まあ、初心者はこんなもんじゃないの」


「最初は千人いたのに……やっぱりみい子の折り紙はつまらないんでしょうか……」


「いなくなってしまった九百九十八人を嘆くより、最後まで残ってくれた二人に感謝しなさい、みい子」


 さつきが年長者の立場で諭すが、そもそも残った二人は紅子とそよぎなのである。


「それに、こういう動画サイトというのは、女性に対していやらしいパフォーマンスを要求する性的搾取が横行していると聞きます。下手に人が増えておかしな人に見られるよりは、今のままが平和的かもしれませんよ」


「そ、そうね……さつきの言うとおりだわ」


 まさに今、その性的搾取が行われていたわけで、その元凶となった紅子はまた冷や汗をかいていた。



 

「はー、なんとか上手くいったわね」


 自室に戻った紅子は、どさりと椅子に座りこんだ。


「それにしても……なんであんなに一気にバカ男共がいなくなったのかしら?」


 いまだに紅子には、その理由がわからない。


「そりゃあ、はじめが、つまり男が出てきたからですよ」


 イルカが回答を教えてくれた。


「いや、なんで男が出ただけで三千人いた視聴者が全員消えるのよ」


「夢月らいちの時と同じですよ。アイドルが恋愛禁止なのは、なぜだと思います? 彼氏の存在が発覚したアイドルは、例外なく人気急落してファンが離れていくからですよ」


「だから、なんで彼氏がいるってことがそんなにダメージになるのよ?」


「アイドルとファンの関係は疑似恋愛に近いからですよ。かっこつけのアイドルオタクは、自分の行動理由は『憧れ』や『共感』であり、アイドルに恋愛感情を抱くようなみっともない人間ではない、なんて言いますが、そんなわけありません。でなければ『憧れ』『共感』の対象に、同性でなく異性を選ぶ必然性はないんですから。女性アイドルを応援する男の心の奥底には必ず、あわよくば彼女と恋人関係になりたい、という願望があります。まあ実際、アイドルが一般人のファンと結婚した例だって、少なからずありますからね」


「ふうん……。けど、みい子とはじめはべつに付き合ってるわけじゃないでしょ」


「同じことですよ。彼氏であろうとなかろうと、みい子ファンの彼等からすれば、愛しのみい子ちゃんが男と仲良く楽しそうに遊んでる姿を見せられただけで心に大きな傷を負い、気持ちは冷めてしまうのです」


「そ、そうなんだ。あいつらけっこう繊細なのね……」


 そよぎはそのファン心理を逆手に取って、厄介者を追い払ったのか。インターネットの世界は奥が深い、と紅子は感心する。


 そのとき、ふとアイデアをひらめいた。


「あれ? ってことはさ、わたしもTwiterで、彼氏いますーみたいに言えば、粘着してくる連中を追い払えるんじゃない! これが匂わせってやつね!」


「無理ですよ。みい子に粘着していた厄介はファン、お嬢様に粘着してるのはただのアンチなんですから。てゆーかそれ、匂わせとは全然違いますからね」


「ちっ」

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