第5話 不人気動画の作り方⑤

『みい子、なにをやっているのですか?』



「さつき!?」


 みい子のライブ配信会場、すなわち炎城寺家のリビングルームにさつきがやって来たのだ。


 

『あ、九条さん。今ね、折り紙のライブ配信をしてるんです』

 

『ライブ配信?』

 

『あのスマホで動画撮ってるの』

 

『ああ、ホームビデオですか。私も子供の頃、両親に撮ってもらったことがありますね』


 

 さつきは紅子以上のデジタル音痴であり、動画サイトの文化というものをろくに知らない。ネットを通して世界に中継されているライブ配信を、あくまで個人的な動画撮影と思い込んだようだった。


 

『そうだ、九条さんもいっしょに折り紙やりましょう』

 

『折り紙ですか。まあ、今は仕事も一段落したし、いいですよ』

 

 こともあろうに、そんなことを言い出す二人。

 

『やったあ! えーと、みなさん。今日は、このさつきお姉さんが、みい子と一緒に折り紙します!』

 

『誰に話しているのです?』

 

『なんか出てきたww』

 

『なんでこのおばさんメイドのコスプレしてんの?』

 

『みい子ちゃんのお母さんですか』


 

「なんかとんでもないことになってきたわよ……」


「九条さん、配信されてることに気付いてないですよね」


 戦慄する紅子とイルカをよそに、みい子のライブ配信の盛り上がりは加速していく。


 

『はい、こうしてこう折って……子犬です』

 

『わーすごい! 九条さんの子犬さんでしたーぱちぱちー』

 

『このおばさん美人じゃん』

 

『メイド服がエロい』

  

『ってか、え、マジでメイドなの』

 

『いくらで雇えんの。俺もほしい』

 

『みい子ちゃんとセットでほしい』


 

 もはや誰も折り紙など見ていないが、コメントの数と視聴者数だけはうなぎ登りに上がっていく。


「うわあ……視聴者三千人超えましたよ」


「これ相当まずくない? みい子とさつきは、この三千人のバカ男共に顔も名前も晒しちゃったのよ」


「まずいですねえ。けど、それ以上にまずいのはお嬢様ですよ」


「は? なんでわたしが?」


「だって、あとで九条さんがこの動画のコメントを見て、セクハラ三昧言われていたことを知ったらブチ切れますよ。で、その怒りは低俗な視聴者を寄せ集めた元凶の、お嬢様へと向かうのは確実でしょう」


「そ、そんなのわざとじゃないし。悪気はなかったのよ」


「その言い訳が九条さんに通じたことありましたか?」


「あ、あわわわ……」


 紅子の全身から冷や汗が吹き出す。


 炎城寺家において、さつきは紅子の教育係のような存在である。


 世界最強にして世界一ワガママな炎城寺紅子が、この世で唯一頭の上がらない人間が九条さつきなのだ。


「さすがのお嬢様も九条さんは怖いんですね」


「だって、あいつキレたら包丁持ち出して刺してくるのよ? いくらわたしでも、刃物持った精神異常者は怖いわよ」


「九条さんの言い分では、異常者はお嬢様の方だとのことですがね」


 イルカとしては、どっちもどっちだと思っている。


「ねえイルカ! こいつらを大人しくさせる方法、なんかないの!?」


 焦った紅子は、いつものごとくイルカに助けを求める。


 だが、「困ったときの千堂イルカ」を自称するメイドは、歯切れ悪く答えた。


「そういわれても……恥ずかしながらこのイルカ、ネットの炎上を見れば大喜びで燃料を投げ込む人間でして。炎上を沈静化させようなんてのは、したことないんですよ」


「本当に恥ずかしい奴ね! あんたは!」


「まあ、このセクハラ男共がやってるバカ騒ぎは、炎上というより『祭り』に近いものですが。どちらにしろ、この手の厄介の処理の仕方なら、もっとお上品に活動しているネット民の得意分野でしょう」


「そんな知り合いなんて…………あ、そうだ!」


 上品なネット上級者の知り合いなら、一人だけ心当たりがある。


 紅子は、即座にスカイプを起動した。


 幸い、目当ての相手はすぐに応答してくれた。


『お姉ちゃん、どうしたの』


 モニタの画面上に現れたのは、みい子と同年代の幼い少女。紅子のいとこ、海原かいばらそよぎだった。


「そよぎ。実は今ね、みい子がライブ配信やってて……」


 紅子は現状を説明した。


 そよぎはまだ小学生だが、月間百万PVを叩き出すホームページを運営するネット上級者である。イルカが頼りにならない以上、この状況を解決できるのはそよぎしかいない、と紅子は考える。さいわい、そよぎは歳が近いみい子とも仲が良い。


『そっか……うん、こっちでもYOUTUMEの動画確認したよ。たしかに酷いことになっちゃってるね』


「それで、さつきが気付かないうちに、このバカ共を黙らせないといけないんだけど……なにかいい方法ないの?」


『普通なら、こういう人たちは完全無視して放置するのが基本なんだけど。放っておけば、まともな人達のコメントの中に埋もれていくからね』


「こいつら全員わたしのTwiterから流れてきた奴らだから、まともな人なんていないのよ」


『お姉ちゃんのTwiterの民度どうなってるの?』


「とにかく、のんびりしてる暇はないのよ! ライブが終わって、みい子がスマホを回収するまでに、こいつらを追い払わないと駄目なのよ!」


 そうしなければ、包丁を持ったさつきが紅子を殺しに来るだろう。


『うーん。この人達を遠ざける方法はあるよ。でも、せっかく増えた視聴者がまたゼロに戻っちゃうかもだけど、それでもいいの? 一応、みい子に聞いてからにしたほうが……』


 そよぎも昨日のライブ配信の惨状を見たようだった。


 たしかに、厄介者共とはいえ三千人まで増えた視聴者を手放すのは惜しいかもしれない。だが紅子は即座に断言した。


「いいわよ、それで。こんな奴らいないほうがマシよ」


 それを聞いて、イルカが横から口をはさんでくる。


「ええー、それはもったいないですよ。この男共を信者として抱え込んで、みい子チャンネルを続けていけば、いずれは収益化してがっぽり稼げるかも知れないのに」


「うっさいわ!」


 紅子が一喝する。そこまで行く前に、さつきがキレ散らかすに決まっているのだ。


「こいつら全員叩き出す方法を教えて、そよぎ!」


 これが最終決定、とばかりに紅子は画面に映るそよぎに向かって言った。


『わかった。それじゃあ、はじめさんを呼んで』


 意外な、というか訳のわからない提案に、紅子は目をぱちぱちさせる。


「え……はじめを……?」


『うん。はじめさんを呼んで、このライブに出演させて。九条さんみたいに、みい子と一緒に折り紙を折って遊んでくれればいいから。それで厄介な人たちは追い払えるよ』


 そこまで聞いて、紅子は部屋を飛び出した。向かう先は、はじめ――炎城寺家の使用人の一人、蜂谷はちやはじめの所である。


 広い屋敷の中を走り回り、ようやく客間でエアコンの清掃をしているはじめを見つけた。


「はじめええええええ!!!」


 客間のドアを蹴り飛ばさんばかりの勢いで開けて、紅子ははじめに詰め寄った。


「な、なんですかお嬢。凄い顔して」


 紅子より一歳年下の執事見習いの少年、蜂谷はじめは鬼の形相でやって来た主に驚いて飛び上がった。


「ちょっと来なさい!」


「いや、今忙しいんですよ。このエアコン、今日中にホコリ払って使えるようにしないといけないんで」


「そんなもん後にしなさい! 緊急事態なのよ! すぐ来て!」


「緊急事態……!? なんですか一体!?」


 はじめが顔色を変える。


「みい子と一緒に折り紙を折るのよ!」


「……………………はあ?」

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