第26話 質問サイトで頼られたい⑤

 もろきゅう:

『本当は知らないんですね?』

 


「は……? なにこいつ、負け惜しみのつもり?」


 

 紅の海豚:

『知ってますよ。でもあなたの態度が失礼だから、教えないだけです』

 

 もろきゅう:

『とか言って、知らないんだろ。知らないけど、いきがってみたかったんだよねwwよしよしwwww』


 

「だから知ってるっての! お前みたいな無知と一緒にするな!!!」


「知ってたのはお嬢様じゃなくて、わたしですけどね」


 

 紅の海豚:

『知ってるわボケ! まずボックスの一番左上を空けておくんだよ!』

 

 もろきゅう:

『それで?』

 

 紅の海豚:

『教えないよバーカ!』

 

 もろきゅう:

『ああ、そこまでしか知らないんだねwファーwwww』

 

 紅の海豚:

『全部知ってるっつーの! 知ってるけど教えないんだよ!』

 

 もろきゅう:

『はい無能決定。知らない人に構っててもしょうがないから、別のところ行くわ。じゃーーね』

 


「待てよ! おい、逃げんな!」


 本当は勝っているはずなのに、このまま『もろきゅう』に逃げられたら、奴の心の中では自分が負けたことになってしまう。そんなことは我慢できない、と紅子は取り乱す。


 結果、紅子はまんまと敵の狙い通りに踊ってしまった。


 

 紅の海豚:

『じゃあ教えてやるよ! ボックス空けたあとセーブデータ消して初めからやるんだよ! それでセーブできるとこまで進めて、セーブした瞬間に電源切って、再開したらデータが復元されて、色違いボルケニオンがいるんだよ!!! どうだまいったか!!!』

 

 もろきゅう:

『はい、ありがとさんwwwwバカは簡単に操縦できて楽だなーーーwwww』


 

「あ……」


 やってしまった、と気付いたときには後の祭りだった。


 

 もろきゅう:

『さっそく使わせてもらうわwこれで色違いボルケニオンをゲットだぜwじゃーねーwww』


 

「ああああああああああ! こ、こいつ……! 汚い真似をーーー!!!」


 叫びながら、紅子は机を無茶苦茶に殴りつける。


「せっかく、わたしがマウントを取れる絶好の機会だったのに! 結局あいつが得しただけで終わっちゃうなんて……! ううう……くやしい、くやしいっ……!」


 屈辱のあまり、顔を真赤にして泣き出す紅子。


 だが、そんな紅子に対して、イルカは笑って声をかけた。


「お嬢様、おめでとうございます」


「は……? なにがめでたいのよ……」


「もちろん、お嬢様の完全勝利ですよ」


「なにが勝利よ! あいつはまんまと色違いボルケニオンを手に入れたのよ!」


 見当外れな発言に食ってかかる紅子。


 だが、イルカはとんでもないことを言い出した。


「色違いボルケニオン? なんのことです?」


「なんのって……ボックス空けて、セーブデータ消してやり直して、またセーブする直前に電源切れば、色違いボルケニオンが手に入るんでしょ。あんたが言ったんじゃない」


「ええ、たしかに言いましたけど。まさか、信じてたわけじゃないですよね?」


「……………………は?」


 イルカがなにを言ってるのか、紅子が理解するのに三十秒かかった。


「………………え、じゃあ……嘘なの、あれ……?」


「はい」


「あの通りやっても、色違いボルケニオンは手に入らない?」


「もちろん、手に入りません」


「消したセーブデータは?」


「もちろん、戻りません」


 自称レスバ王のメイドは平然と答えた。


 紅子が呆然としている間に、返信の通知が表示された。


「お、『もろきゅう』から反応があったようですよ。どうやら騙されたことに気付いたみたいですね」


 回答を見ると、はたして『もろきゅう』は狂ったように罵詈雑言を書き込んでいた。


「おやおや、みごとに発狂してますねえ。『詐欺罪と器物損壊罪で訴える』だの、『慰謝料』『裁判』だの『刑務所にぶちこまれる覚悟をしておけ』だの……あはははは! いい年したおっさんが、必死すぎてお腹が痛いですよ! まあ、このニートが何百時間もかけてプレイしたデータが消えたわけですから、そりゃあ慌てふためくでしょうよ! あーーはっはっは!」


「………………」


 腹を抱えて爆笑するイルカだったが、紅子は複雑な心境であった。


 イルカは最初から、わたしが『もろきゅう』に煽られて口を滑らせることまで、予想してやがったのか。それで嘘を教えて、まんまと利用して……こいつ、絶対わたしのこと馬鹿にしてるでしょ……殺してやろうかな……と、紅子が考えたとき。


「いやあ。それにしても、お嬢様の演技もお見事でしたね」


 イルカが言い出した。


「え……演技……?」


「はい。わたしの意図を汲み取って、あえて迫真の演技で『もろきゅう』の挑発に引っかかった振りをしてくれたのですね。いやあ素晴らしい、さすがお嬢様です」


 などと言われ、とたんに紅子は気を良くする。


「そう、そうよ。もちろん、わかってて、あえてそうしたのよ。これくらいレスバトルなら基本戦術よね、うんうん」


 そうそう、わたしは最初からおかしいと思ってたんだ。消したセーブデータがもとに戻るなんてありえないし。嘘だってわかってたけど、黙ってイルカの作戦に乗ってやったのよ……と、紅子はあっさり脳内の記憶を書き換えた。


「そうとも気付かずに、こいつはまんまと引っかかってくれちゃって……ふふん、バカは簡単に操縦できて楽よね。よーし、もっと煽ってやろっと」

 


 紅の海豚:

『やーいやーい、ひっかかったー! 計算どーり! 最初からこのつもりだったもんねー! お前の負け、わたしの勝ち! ウエーーーイ!』

 


「あははははーー。完全勝利、完全勝利よ! イルカ、よくやったわね! 褒めてつかわす!」


「ふふふ、これがわたしの実力です。困ったときはイルカにお任せ、ですよ」


 大はしゃぎする紅子とイルカ。


 だが知恵フクロウの運営は、『紅の海豚』に対してとうとう堪忍袋の緒が切れたようだった。

 


 知恵フクロウ運営:

『警告にも関わらず改善が見られないため、このアカウントを停止いたします』

 


「あっ」


「アカBAN……くらいましたね……」


 かくして炎城寺紅子は、またひとつネット社会を追放されたのであった。

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