第24話 質問サイトで頼られたい③


 結局、人間関係などという七面倒くさいジャンルはわたしに合わなかったのだ、と紅子はまた狙いを変えることにした。


「もっとわたしの得意分野にあったジャンルがあるはずよ……えーと……うん、これがいいわね。『スポーツ・格闘技』よ」


「最初からそれを選んでくださいよ」


 いままでの迷走はなんだったのか、とイルカが肩をすくめた。


「まあ、たとえそのジャンルでも、お嬢様が神回答者になれるかはわかりませんがね」


「なに言ってるのよ。わたしは世界チャンピオン、この世で一番強いのよ。格闘技のことなら、誰よりも精通してるに決まってるじゃない」


 名選手名コーチにあらず、という格言など、紅子はもちろん知らない。


「質問者は『天を掴む拳』さんね。どれどれ」


 

 天を掴む拳:

『こんにちは。わたしは沖縄の十三歳の女子中学生です。今月から柔道をはじめました。将来は総合格闘技の道に進み、炎城寺紅子さんのような世界一の選手になりたいです。どんなトレーニングをすればいいですか?』


 

「おおおおおおお! これよ! まさにこれ! わたしが答えずに誰が答えるのって質問じゃない!」


 期せずして自分のファンに遭遇し、紅子は大はしゃぎだった。


「はーい! あなたの憧れの紅子さんが教えてあげるわよ!」


 

 紅の海豚:

『まずは一ヶ月、うさぎ跳び五百回を毎日やりましょう。うさぎ跳びはすべてのスポーツの基本です。それと、ランニングを一日五十キロ走りましょう。二ヶ月目からは腕立て・腹筋・スクワットも五百回ずつ追加します。それと、プロテイン百グラム毎日飲みましょう。このメニューをやれば、一年後にはあなたは沖縄最強になっています。その後は米国へ渡って、格闘技団体の開催する実戦で揉まれていきましょう。デトロイトのスラム街でやっているアングラ試合などが、緊張感あっておすすめです』


 

「完璧! 今度こそ完璧よ!」


 しかし案の定、紅子の回答には即座に突っ込みが入った。


 

『なにいってんのこの人……中学生にうさぎ跳びを勧めるなんて……正気ですか?』

 

『あなたの言っていることは、スポーツ科学的におかしいです。筋トレは一日おきに行わなければ超回復ができず、効率的な筋肥大ができません。また、うさぎ跳びは中学生はもちろん、成人のアスリートであろうと絶対にやってはいけないトレーニングです』

 

『この人の回答履歴見てみたけど、ただの荒らしですね。通報しておきます』


 

「はああああ!? なんなのよコイツらは!」


「ほら、やっぱりこうなった。予想通りですね」


「実際に世界獲ったわたしが言ってんのよ! 正しいに決まってんじゃないの! なに偉そうに能書き垂れてんのよ、こいつら!」


 紅子は顔を真っ赤にして反論を書き込む。


 

 紅の海豚:

『なにがスポーツ科学だよ! 理屈こねたいなら、リアルでわたしに勝ってから言え!』

 


「あーあ、また同じ間違いを繰り返す。リアルで勝負しろ、なんてレスバトルでは失笑の対象にしかならないんですって」


 そんなイルカの言葉など、怒りくるった紅子には聞こえていない。


 

 紅の海豚:

『おい聞いてんのか! 勝負してやるから住所晒せよ! 勝負すればどっちが正しいか証明できるだろ! それとも怖いのか口だけ野郎!!!』


 

「お嬢様、また運営からメッセージが届きましたよ」


 

 知恵フクロウ運営:

『あなたの回答が不適切であると、また報告を受けました。もう一度問題報告があれば、アカウントを停止します。これが最終通告です』


 

「むきいいいいーーー! なんでこうなるのよ!」


「まあ実際、あのトレーニング内容を沖縄の十三歳『天を掴む拳』さんがやったら、三日と持たずに体がぶっ壊れますよ」


「わたしはあれで世界一になったのよ」


「それは結果論でしょう。お嬢様の体質が異常だっただけです」


「結果が全てでしょ」


「だから、それは強者の正論なんですって」


「あーもう! いいわ! 他のジャンルにいくわ!」


 紅子は知恵フクロウのトップ画面に舞い戻り、カテゴリ一覧をあれこれ物色する。


「次はもうちょっと、手軽で気楽に答えられる質問を選びましょう。んー……『エンターテインメント』関係か……これにしてみるか」


 カテゴリの中から『テレビ・ラジオ』ジャンルを選んだ。


「今度は最新の投稿じゃなくて、ある程度古めで他の人も回答してる質問を選んでみませんか。他の回答を見れば少しは参考になるでしょう」


「んー……じゃあ昨日投稿された、この質問にしてみるか。質問者は『あっぷりけ』さんね」


 

 あっぷりけ:

『こんにちは。わたしは四十代の会社員です。最近バラエティ番組で、めろん村田という芸人をよく見ますが、不快なだけでどこが面白いのか分かりません。ギャグは滑っててちっとも笑えないし、ただ悪口言ってるだけで毒舌キャラみたいに売ってるのが本当に不愉快です。みなさんはどう思いますか?』


 

「…………これ、質問なの?」


 紅子は首を九十度傾けて考えあぐねる。


「一応、最後がハテナマークで終わってるから質問にはなっているのでしょう。少なくとも、この知恵フクロウのルールでは認められている投稿です」


「そうなんだ。じゃあ、困ってる『あっぷりけ』さんのためにも、答えてあげないとだめよね」


「べつに困ってるわけじゃないと思いますがね、この人」


「あー、でも。わたし、めろん村田って見たことないわ。名前は聞いたことあるんだけど」


 紅子は普段テレビをほとんど見ない。バラエティに限らず、ドラマもアニメもドキュメンタリーもスポーツ中継も見ない。テレビでなくとも、ネットの配信動画も見ないし映画館にも行かない。例外は、研究のために見る格闘技の試合くらいだ。


 マグロのように常に動き続けていないと死んでしまう紅子にとって、三十分や一時間もじっとして、流れてくる映像をただ眺めるなど耐えがたい苦痛なのだ。


「このサイトで、めろん村田のまとめ動画あがってますよ。五分で見れます」


 イルカは心得たもので、紅子でも飽きずに見ていられる限界時間ギリギリの動画を紹介する。


「ふーん、どれどれ………………………………お……ぷっ! …………あははは! 面白いじゃん、こいつ!」


 五分の動画で三度吹き出した紅子は、めろん村田のトークに合格を下した。


「お気に召したようですね。まあ、わたしもめろん村田は面白いと思いますよ。客観的にみれば、めろん村田のギャグがつまらないという意見は、毒舌が気に食わない人たちが坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の精神で叩いてるのが大半ではないでしょうか」


「毒舌? こいつ、そんなに口悪いかしら?」


「ああ、まあ……お嬢様からすればそうでしょうね……」


 インタビューのたびに平気でヘイトスピーチを巻き散らす紅子からすれば、芸能人の毒舌トークなど物の数にも入らないのだ。


「それじゃあ、感想……じゃなくて回答? 書き込みますか」


 紅子は回答を書き込んだ。


 先に投稿されていた三件の回答と合わせて、これで計四件の回答が寄せられたことになる。『あっぷりけ』は四件の回答全てに返事をしてきた。


「なかなか律儀な人なのね、『あっぷりけ』さんは。さて、どんな感じになってるのかしら……」


 

 ゆずみんパワー:

『私も、めろん村田大嫌いです! あいつ気持ち悪いよ!』

 あっぷりけ:

『回答ありがとうございます。 同じ気持ちの人がいて良かったです』

 

 かまぼこ三兄弟:

『芸人以前に人としての常識がないです。年上にもタメ口だし、アイドルの女の子にむかって、お前とか呼ぶのありえないですよ』

 あっぷりけ:

『回答ありがとうございます。 そうなんですよねー! あれ、ほんと最悪です』

 

 牛丼メガ盛り:

『めろん村田の叔父はひつじテレビの重役ですから。使われてるのは完全にコネですね。芸人としての実力は、養成所の新人にも劣るレベルでしょう』

 あっぷりけ:

『回答ありがとうございます。やっぱりコネだったんですね……そうだろうと思ってました』

 

 紅の海豚:

『わたしはめろん村田面白かったです。別に毒舌でもないと思います』

 あっぷりけ:

『あなた荒らしですか。運営に通報します』


 

「なんでだよ!!!」


 紅子は、またまた怒って叫んだ。


「なんで感想言っただけで荒らしになるのよ! お前が『どう思いますか?』って聞いたんだろうが!」


「この『あっぷりけ』さんは感想を求めているのではなく、共感してほしいんですよ。それくらい空気読みましょうよ」


「知るかそんなこと! 最初から『そうだね』『いいね』って言ってほしいだけならTwiterでやってろ!!!」


「Twiterでそれをやるには、フォロワーがいないとだめですからねえ……」


「バッッッカじゃないの!? こんなもん、もはや質問でも相談でもなんでもないでしょ!」


「あ、お嬢様も『炎城寺紅子ってかっこいいですよね?』みたいな質問してみたらどうですか。『そうだね』『いいね』って言ってもらえるかもしれませんよ。あはははは」


「するかそんなこと! …………あーもう、次よ、次。今度こそまっとうな質問を探すわよ!」


「まだやる気ですか……」

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