第23話 質問サイトで頼られたい②
「これからは、合法的な質問に限って回答していくわ。……うん、次はこれね! カテゴリ『人間関係・嫁姑問題』よ!」
「なぜよりによって、こんなジャンルを選ぶんですか……」
「このジャンルが、一番盛り上がってるからよ」
「盛り上がってるだけで突撃しますか? 無謀すぎますよ」
「わたしは十五歳で、単身アメリカへ渡ったのよ。それに比べれば、この程度の挑戦はなにするものでもないわ。さあ、日本家庭の不和を仲裁するために、神回答者『紅の海豚』が降臨するわよ!」
紅子は勢いよく、カテゴリトップに表示された『トマトを潰したくなる衝動』という投稿者の質問をクリックした。
トマトを潰したくなる衝動:
『こんにちは、私は新潟の三十七歳の兼業主婦です。昨年から夫の母親と同居し始めたのですが、義母が嫌味ばかり言ってくるのです。料理の味付けや掃除、洗濯の仕方など……私に至らないところがあるというなら、まだ我慢できるのですが……。食器洗い機やルンバを使うことを、手抜きだ、どうして楽することばかり考えるのか、などと非難してきます(義母が手洗いした食器より、機械で洗った方が綺麗になっているにも関わらず、です)。夫は無関心で助けてくれません。このままではノイローゼになりそうです。どうすればいいのでしょうか…………』
「うーん、これは……」
紅子はしばし考えたのち、回答を書き込んだ。
紅の海豚:
『ただ黙っているだけでは、なにも解決しません。お義母さんとはっきり話し合って、あなたの不満を伝えましょう』
「どう、イルカ?」
「まあ……正論ですね」
イルカは複雑な顔をしながらうなづいた。
「よし、一丁上がりね。次いくわよ」
続いて紅子が選んだカテゴリは『人間関係・上司と部下』だった。
「だから、どうしてそんな分野ばかり選ぶんですか」
「盛り上がってるからだって。やっぱ誰だって、一番の悩みは人間関係よね」
そういう紅子自身は、生まれてから十七年間、一度も人間関係などに悩んだことはないのだが。
「ふむふむ、質問者は『首吊と練炭どちらが楽だろう』さんね」
首吊と練炭どちらが楽だろう:
『こんにちは、私は大阪の二十三歳の会社員です。私は去年大学を卒業して、とある会社に入ったのですが、酷い上司の元に配属されてしまいました。この上司のもとでは、一日の残業が五時間を超えることは当たり前で、しかもタイムカードは定時で押すように強制されるので、どれほど働いても残業代はゼロです。この間、親戚の不幸があり有給休暇を申請したら、その場で申請書を破き捨てられた上に、別室へ連行されて説教をされました。有給を使うなんてお前には常識がないのか、などと言われて人格否定を二時間以上続けられました。もう心が折れそうです。どうすればいいのでしょうか』
「うーん、これは……」
紅子はまた少し考え、回答を書き込む。
紅の海豚:
『ただ黙っているだけでは、なにも解決しません。上司とはっきり話し合って、あなたの不満を伝えましょう』
「どう、イルカ?」
「正論ですね」
「よし! 次いくわよ!」
ペリカン:
『ママ友が旦那の収入自慢をしてきます』
紅の海豚:
『友達に直接文句を言いましょう』
サッポロ二番:
『会社で行きたくない飲み会を強要されて困っています』
紅の海豚:
『はっきり嫌だと断りましょう』
モンブラン:
『彼氏が私の気持ちを分かってくれません』
紅の海豚:
『彼氏に直接気持ちを伝えましょう』
「いや、なによこれ」
五件ほど回答したところで、紅子は呆れて手を止めた。
「こいつらの質問って、ぜんぶ当人とちゃんと話し合えば解決できることばっかりじゃない! こんなとこで愚痴ってないで、相手に直接言えっての!」
「それができたら苦労しませんよ」
「どうしてできないのよ」
「それはまあ、立場の差とか……その場の空気とか? ケンケンガクガクの口論は、リアルではなるべく避けたいのが、日本人の気質というか……」
「なにが気質よ。ようは面と向かって文句言う度胸もない、弱虫の臆病者ってだけでしょうが」
「それを言っちゃーおしまいですよ」
その時、紅子の回答に返事があったと通知がきた。
「あら、感謝のレス返かしら。わたしのアドバイスに感銘を受けて、勇気を取り戻したのね。ネットにも一人くらいは骨のある奴がいたようね」
しかし、その返信の内容は、紅子の期待とはまったくの真逆だった。
紅の海豚:
『ただ黙っているだけでは、なにも解決しません。お義母さんとはっきり話し合って、あなたの不満を伝えましょう』
トマトを潰したくなる衝動:
『真面目に答える気がないのなら、回答しないでください。私は真剣に悩んでいるんです』
「はあっ!? なんでよ! わたしは真面目に答えたっての!」
意味不明の逆ギレをされた、と紅子は怒る。
「他の回答者なんて『ひどいお義母さんですね、かわいそうに……』とか『わかります……わたしも同じような経験を……』とか、なんの解決にもならないことしか言ってないじゃない! どこをどう見ても、わたしの回答がベストアンサーでしょうが! 100%間違いなく正論でしょ! 正しいでしょ!!!」
わめき散らしながら、紅子は傍らのイルカに同意を求める。
「イルカもそう思うでしょ!?」
「思いませんね」
「はあああ!?」
イルカは、やれやれ、といつもの調子で語りだした。
「お嬢様。正論とは強者の理論、強者のルールです。正論だけで生きていけるのは、強い人間だけなんですよ」
「意味わかんないわね。この世に正義は一つだけよ」
「では、わかりやすい例を示しましょうか。ここに、お金がなく飢えて飢えて死にそうな人間がいます。そんな人間が、命をつなぐために仕方なくパンを盗んだ。お嬢様はこれに対して『泥棒は悪いことだ。こいつは悪者だ』と、正論で断罪しますか?」
「この質問者たちは、べつに飢えるほど貧乏じゃないでしょ」
「そういう問題ではありません……」
「じゃあどういう問題よ? 曖昧な逃げ口上じゃなくて、はっきり説明しなさいよ」
「はい、それがまさに『正論』。またの名を『ロジハラ』です」
「レスバトルが趣味の奴がロジハラとか言ってんじゃないわよ! ……あー、もういいわ」
イルカと口論することほど時間の無駄なことはない。
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