第18話 SNS必勝法②

「ま、そんなに言うなら当然こいつらに勝てるんでしょうね。どうすればいいのよ?」


「ふふ、よろしい。今回は特別に、Twiterレスバトルの必勝法をお教えしましょう」


「必勝法!?」


「はい。これはTwiterのみならず、あらゆるSNSで応用可能な必勝法です」


「そんなもんがあるの……それってなんなのよ」


「お嬢様は、この世で最強の力とはなんだと思いますか?」


「そりゃ当然わたしでしょ。わたしのパンチは世界一だもん」


「違います」


 イルカはやれやれと首を振り、その後おごそかに言った。


「この世で最強の力。それは、お金です」


「はあ?」


「お嬢様。先日ポルシェを買ったとき、支払いは現金でされましたよね」


「もちろん。いつも現金一括払いが、わたしの流儀よ」


 紅子にとっての「現金払い」とは、銀行振り込みではなく現ナマのことである。


「さすがお嬢様。ン千万の札束持って外車を買いに行くなんて、全人類の夢ですよ」


「だったら、どうして叩かれるのよ」


「『どうして』ではなく『だから』叩かれるのだとご理解ください。……で、そのときの現金が、いくらか余っていれば都合がいいのですが」


「そこのクローゼットに入ってるわよ」


 イルカがクローゼットの扉を開けると、札束の詰まったコンビニ袋が置かれていた。


 大金の保管方法としては不用心極まりないが、この部屋には世界最強の自宅警備員が駐在しているので、イルカも特に気にしない。


「ひい、ふう、みい……全部で六百万円ですか。十分です」


「まさか、そのお金でTwiter運営を買収してアンチ共を追放しようっての?」


「いやいや。いかにお嬢様といえど、Twiter社を金で従わせるなんて不可能ですよ」


 もともと資産家の娘である上に、自分自身もトップアスリートである紅子の財力は、常人とは桁が違う。それでも、世を統べる巨大IT企業であるTwiter社の資本に比べれば、チリのようなものである。


「むむむ……じゃあどうするのよ」


「こうするのです」


 イルカは、六百万の札束を写真に取り、メッセージを添えてツイートを書き込んだ。


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『わたしの悪口を言っている人達はすぐ謝ってください。謝った人にはこのお金をあげます』


 

「えええっ!?」


 これにはさすがの紅子も面食らったが、イルカは自信満々に胸をそらす。


「これで、今までいきがっていたアンチ共は、即座に手のひらを返してきますよ」


 はたしてその言葉通り、一分と経たないうちに大量のリプライが送られてきた。


 

『ひどいこと言ってすみませんでした! お金ください!」

 

『ごめんない炎城寺さん! 金ほしいです!』

 

『申し訳ありませんでした! 反省してますあやmります! ください!』


 

「な、なによこいつら……!」


 アンチたちのあまりに露骨な態度の急変ぶりに、紅子は喜ぶよりも引いてしまう。


「こいつら、ついさっき『金で人の心を買えると思ってるのが浅ましい』とか言ってたくせに……どんだけ薄っぺらいのよ!」


「その言葉も、まったくの間違いではないですがね。この世には三種類の人間がいるんですよ。金で買いたくても買えない人間を一流、金で買える人間を二流、金で買う価値もない人間を三流と呼ぶのです」


 イルカが解説する。


「三流の連中ってのは、とかく自分を『買ってもらえない人間』ではなく『買えない人間』なんだと強がるものです。……ま、そんな自己欺瞞も、目の前に札束ちらつかせれば、こうなるわけですが。うえへっへ」


 その後しばらく一、二行の短い謝罪ツイートが続いたが、十分ほど経ってからは、言い訳がましい長文が送られてくるようになった。


 

『すみません、どうやら幼い子供がイタズラでスマホをいじって、炎城寺さんの悪口を書き込んでしまっていたようです。私には五人の子供がいて、みんなお腹をすかしています。本当に厳しい状況なのです……どうか助けてください……』

 

『先程までのツイートは、すべて友達がいたずらで書き込んだものです。僕は炎城寺さんの大ファンです。炎城寺さんのことは、デビュー当時からずっと応援してきました。全米トーナメントで優勝された時は、本当に嬉しくて涙を流しました。お金ください』

 

『申し訳ありません、友人が私のアカウントを勝手に使って、炎城寺さんの悪口を書き込んでいたようです。ツイートはすべて削除しておきました。友人が不快な思いをさせてしまったことをお詫びするとともに、お金をもらえますようお願いいたします』


 

「こいつら……友達だの子供だの、人のせいにして恥ずかしくないの!? バレバレの嘘ついてんじゃないわよ!」


「ふふ、こういう輩にはお仕置きが必要ですねぇ」


 ふたたびイルカがツイートを送信する。

 


 炎城寺紅子@Redfaire

 『嘘をついて他人のせいにする人にはお金をあげません。許してほしかったら、一分以内に土下座している写真をアップしてください』

 


 傍若無人極まりない要求だったが、もはや完全に奴隷と化した紅子アンチ達は、即座に土下座ツイートを連発してきた。

 


『土下座の写真アップします。これで許してください』

 

『すみません、どうしても六百万がほしいんです! この通り土下座しますから!』

 

『申し訳ありませんでした! 謝りますからお金ください!」

 


「あははははは。醜い連中ですねえ、お嬢様。ゴミどもの狂乱する様が愉快でたまりませんよ」


 イルカが腹を抱えてゲラゲラと笑う。


 地獄のように荒れていた紅子のTwiterは、もはや完全に別世界……というより、別の地獄へと変貌していた。


「ご覧ください、アンチどもはすべてひれ伏しましたよ。お嬢様の完全勝利です」


「…………いや、いや!」


 呆然としていた紅子だったが、やがて状況を理解して頭を振った。


「どこが勝利よ!」


 このメイドは、人の名前と金を使ってなんて真似をしやがる、と紅子は怒鳴る。


「なんでこんな奴らのために、六百万円も使わなきゃならないのよ!」


「ははは。なにを言ってるんですか、お嬢様」


「え……?」


「本当に払うわけないでしょう。こんな連中に、一円もくれてやる必要はありません」


 イルカは平然と言い放った。


「ええええっ!? それっていいの? 詐欺じゃない」


 紅子の頭は極めて単純なので、払うと言ったものを払わないと警察がやって来て逮捕されるのでは、と怯える。いくら紅子でも、国家権力を相手に喧嘩して勝つ自信はない。


「こんな与太話ツイッターで、詐欺罪が成立するわけないでしょう。仮にこいつらが警察や裁判所に申し立てたところで、笑いものにされるだけですよ。逆に言えば、この連中はそんなことも分からずに、本気でお金がもらえると信じていたんですから、救いようのないバカどもですよね、まったく」


「そ、そうなんだ……」


「はい。ですから遠慮なく、止めの一撃をツイートしてください。『嘘だよバーカ』と」


 イルカが、パソコンの前から立ち上がって紅子に交代する。


 最後の美味しいところは主人に譲るのが、出来るメイドの嗜みというわけだ。


「よーし! ふふふ、やってやるわ、盛大に煽ってあげる!」


 気を良くした紅子は、腕をぐるりと回して勢いよくキーボードを打ち、ツイートボタンを押した。


「くらえ、金の亡者ども!」


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『嘘だよバーカwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』


 

「これでよし、っと」


「出たー! お嬢様の草四十一連だー!」


 イルカが、太鼓持ちよろしくはやし立てた。


 案の定、金欲しさに媚びへつらっていたアンチ達は、ふたたび手のひらを返して紅子への猛抗議を開始した。


 

『嘘つき』『詐欺だ』『警察呼ぶぞ』『こんなことして恥ずかしくないのか』『最低な金持ち自慢』『親の顔が見たい』『くそ女』『絶対許さない』『払わないと訴える』『貧しい人の心をもてあそんで楽しいか』『日本人の恥』『死んでほしい』『道徳のかけらもない』『幼稚園児かよ』『死ね』


 

 元から荒れていた紅子のTwiterに、さらに倍ほどの勢いで批判が殺到する。


 だが、すでに醜く薄っぺらな本性を露呈してしまった彼らが何を言っても、もはや紅子にはなんのダメージもない。恥だの道徳だの偉そうに語ってくる連中も、つい数分前に金くださいと紅子に土下座していたのだから、当然である。

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