第17話 SNS必勝法①


 炎城寺紅子@Redfaire

『先日ファイトマネーが振り込まれたので、車を買ってきました』

 

 炎城寺紅子@Redfaire

『車種はポルシェの911です。超かっこいい! 十八歳になって運転するのが楽しみです!』


 

「よし、送信っと」


 紅子は上機嫌でTwiterの書き込みボタンを押した。


 二度目のアカウント凍結は、一週間ほどで解除された。一度目の凍結解除には二週間かかったのに、なぜ二度目の方が短いのか、イルカに聞いてみたが、彼女にもTwiterの判断基準はよく分からないとのことだった。


 とはいえ、早めに解除されるなら、それに越したことはない。


 今日の紅子は、契約したばかりの車についての話題を上げていた。


「あとは写真を貼ればオーケーね」


 デジカメをUSBケーブルでパソコンに繋ぎ、ディーラーで撮影したポルシェの写真を取り込む。Twiterの画像アイコンをクリックして、取り込んだ写真を選択すると、みごと真っ赤なカレラ911がアップロードされた。


 パソコン購入から三週間、紅子もこれくらいの操作はできるようになったのだ。


「よーし、今日はどんどんツイートしていくわよ」


 車を買うことを決めた動機や、ポルシェに決めた経緯、カレラ911がいかに素晴らしいかの感想などなど……語りたいことは山ほどある。


 しかし、紅子がツイートするのを待っていたかのように、今日もアンチが現れた。


 

『こんな小娘に、ポルシェのフラット6が理解できるのかねえ……外車を女のアクセサリー代わりに使うのはやめて欲しいよ。あと車じゃなくて、“クルマ”だから』

 

『ポルシェのディーラーも、下品な成金にやって来られて迷惑してるでしょうね。おなじ日本人として恥ずかしいです』

 

『また自慢話かよ。毎日飽きないなお前www』


 

「むっ……早速ゴミどもが湧いてきたわね」


 ネット界一の嫌われ者である紅子のTwiterは、もはや完全な無法地帯と化していた。


 常人ならアカウントを消して引退するレベルの、誹謗中傷の嵐が毎日吹き荒れているが、あいにく紅子に逃げるという選択肢は存在しない。


 

 さくらもち@seeBall7

『あなたのようなお金持ちには想像できないかもしれませんが、いま日本では多くの人が失業して苦しんでいるんですよ。そんな中、札束持ってこれ見よがしに高級車を買いに行くような、贅沢はどうなんでしょうね』


 

「またこいつか。毎日ヒマなやつね」


 紅子のTwiter開設直後から絡んでくる、筋金入りのアンチの一人『さくらもち』だった。


「ふん、けどわたしはもうネット上級者よ。これくらいで取り乱したりしないんだから。さあ、反論をくらえ!」


 紅子は意気込んでツイートを書き込んだ。


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『わたしはいつも、ファイトマネーの半分を慈善団体に寄付しています。どうです、これでもまだ文句ありますか』

 

 さくらもち@seeBall7

『お金で名誉を買おうとするなんて浅ましいですね』


 

「はあああああ!?」


 会心の一撃、と思っていたのに相手は平然と因縁をつけてきた。


 他のアンチたちもここぞとばかりに同調する


 

『ほんとそれな。金さえ出せば偉いと思ってるの?』

 

『金で人の心を買えると思っているのが本当に恥ずかしい……』


 

「どーしろって言うのよ!」


 紅子は机を殴りつけて叫んだ。


 さすがにもうキーボード破壊はしなくなったが、腹が立つことには変わりない。


「また煽られてるんですか、お嬢様」


 イルカが、シェイクしたプロテインを持って部屋に入ってきた。


 紅子はシェイカーをひったくって、一気に飲み干す。


「ごくごく……。ふー……よし、タンパク質補充完了。これで少し落ち着いたわ」


「お嬢様に足りないのは、タンパク質よりカルシウムでは? レスバトルは怒ったら負けですよ」


「なに言ってるの。怒りこそわたしの原動力なのよ」


 紅子はシェイカーをイルカに返して、ふたたびパソコンに向き直る。


「くそ、2ちゃねるの連中が下品な小学生男子なら、Twiterは中二病の集まりね。バカのくせに、自分を賢いって思い込んでるから、余計にたちが悪いわ」


「彼らはみな、斜に構えてニヒルな戯言使いツイッターを気取りたいのですよ」


「その言い方も気取っててムカつくんだけど」


 紅子は憮然として言った。


 ともあれ、レスバトルとなればイルカが頼りだ。


「ねえイルカ。わたしのことディスってくる、こいつらを黙らせる方法教えてよ」


「またですか。それにしても、ここまで荒らされるとは、そうとう悪質な相手に粘着されていますね」


「そうなの? Twiterってどこもこんなもんかと思ってたわ」


「そんなわけないでしょう。百合漫画に汚いおっさん出しても、ここまでは荒れませんよ」


 イルカは紅子からマウスを受け取り、Twiterの書き込みを確認した。


「ふむふむ。お嬢様の『ファイトマネー寄付』発言に対し、安易な嘘松認定ではなく、事実を認めた上で、その行動自体をエセヒューマニズム的批判で反撃してくるとは……こやつ、なかなかやりますね」


「なに褒めてんのよ。こいつはわたしを叩いてくる敵なのよ」


「たとえ敵であろうとも、強いものは強いと認めるしかありません。まあ、それでもわたしの相手ではありませんがね」


「イルカってそんなに凄いの?」


「わたしはこれでもネット最強のレスバ王ですよ。恥ずかしながら、炎上のプロを自負しております」


「本当に恥ずかしいわね」


 紅子は呆れて言った。


 イルカは昔から、暇さえあればパソコンやスマホをいじっている少女だったが、二年間見ないうちにとことんこじらせてしまったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る