第19話 SNS必勝法③

「はっはっは。カスどもが、今さら正義感ヅラして取り繕っても遅いのよ。いい気味ね」


 紅子はご満悦である。


「イルカ、よくやったわね。さすがわたしの右腕だわ、ほめてつかわす」


「いえいえ恐縮でございます」


「ごほうびに、わたしが免許取ったらすぐポルシェでドライブに連れてってあげるわ」


「あー……いえ、それは……。すぐじゃなく、しばらく練習してからの方が……」


 イルカが口ごもっていると、パソコンから電子音が鳴り、通話の呼び出しウィンドウが表示された。


「あ、スカイプだわ」


 先日、そよぎに勧められて登録した通話アプリだった。


 呼び出しの発信者の名前も『Soyogi』、海原そよぎだった。いまのところ、そよぎ以外にかけてくる相手はいないのだから当たり前ではある。


「はいはい。どうしたのよ、そよぎ」


 レスバトルに勝利して上機嫌な紅子は明るく応答したが、そよぎの方はなにやら深刻な表情で、問い詰めるように話しかけてきた。


「お姉ちゃん、なにやってるの……!?」


「え?」


「Twiterでお金を見せびらかすなんて、駄目じゃない!」


 意外な方面から非難がやって来た。


「な、なんで知ってるのよ。そよぎはTwiterやってないんじゃ……」


「わたしのサイトで話題になってるの! 掲示板が炎上しちゃってるんだよ!」


「ええっ!?」


「お姉ちゃん……お金の写真をアップして、土下座すればこれあげるって言ったんだね」


「うん、まあ」


「本当なんだ……はあ、どうしよう……。ただのでっち上げの書き込みなら削除するんだけど、本当にやったんじゃ擁護できないよ……」


「だって、あいつらが汚い真似して、わたしをバカにしてくるんだもん」


「だってじゃないでしょ。相手がずるいことしたら、自分もずるいことするの? そんなの駄目だよね。自分が卑怯なことをしちゃったら、もう卑怯な相手を批判できないんだよ」


「…………」


「お姉ちゃん、わかってるの?」


「はい」


 なぜ小学生に説教されなくてはいけないのか、と思う紅子。だが反論を思いつかないのだから仕方がない。


 そよぎは、とにかくこれ以上暴れるのはやめて、と言って通話を終えた。


「そよぎ様のサイトというと、以前見た『炎城寺紅子ファンサイト』というやつですよね」


「そうね……イルカ、あんたちょっと様子見てみてよ」


 そよぎの運営する紅子のファンサイトに紅子は出禁になっているので(どう考えてもおかしいと紅子は思っている)、イルカがスマホを使ってサイトを開いた。


 

 162:

『炎城寺選手のTwiter、凄いことやってる……』

 

 163:

『ええっ……なにこれ……』

 

 164:

『こんな人だったなんてショックです』

 

 165:

『たしかに荒らしもひどいけど、だからって札束の写真をアップするなんて、どうなの』

 

 166:

『ひどすぎる。がっかりした』

 

 167:

『ありえないでしょ、これは』


 

 そよぎの言葉どおり、紅子を崇拝するファン達は、今回の騒動に大きく遺憾の意を示していた。


「そ、そんな、わたしのファン達が……! ちょっとイルカ! どうしたらいいのよ!?」


 紅子としては、ほんの火遊びのつもりが、自宅に飛び火して全焼した気分である。


「……早すぎますね」


 イルカが神妙な面持ちで言った。


「え?」


「このような事態を防ぐために、アンチを煽ったあとはすぐにツイートを削除するつもりだったのですが……あまりにもファンサイトへの情報流出が早すぎるのですよ」


「早すぎるって……」


「このような場合は、確実に悪意ある扇動者がいるものです。……おそらく、『炎城寺選手のTwiter、凄いことやってる……』と言って、最初にリンクを張ったこの162番は、お嬢様のTwiterに粘着していたアンチの誰かですね」


「なんですって!?」


「Twiterで共にお嬢様を叩いてた仲間が金で寝返ったので、戦略を切り替えたのでしょう。あえて潔癖な紅子信者達に情報をリークして、信頼を損なわせ炎上させるという狙いですよ。清流転じて毒と成す……元信者がアンチ化するほど恐ろしい事はないと言いますからね」


 ふむふむ、と感心するイルカだったが、紅子はもうそんな講釈など聞き流して、パソコンのキーボードを打ち込んでいた。


「あれ、お嬢様。なにやってるんですか」


「謝罪のツイートを書き込んでるのよ。今回のことは、確かにこっちが悪いんだからしょうがないわ。この度は不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした、と……よし、書き込み――」


「緊急回避ィィッ!!!」


 紅子がツイートボタンを押す直前、イルカがパソコンのコンセントを引き抜いた。


 電源が一瞬で落ち、モニタが暗転する。


「あーー!」


「お、お嬢様! なんて恐ろしいことをするんですか!」


「はあっ!? 恐ろしいのはアンタよ! なんで毎度毎度、強制終了すんのよ! パソコン壊れるじゃない!」


「あんな破滅的なツイートを書き込むくらいなら、パソコンぶっ壊れた方がマシです」


「なにが破滅的よ。ああなった以上、素直に謝るしかないじゃない」


「それはリアルの論理です」


「はあ?」


「レスバトルは謝ったら負けです」


「ええっ!?」


「いいですか、インターネットにおける謝罪とは無条件降伏に等しいのです。一度謝罪すれば、溺れた犬のごとく徹底的に叩かれ続けます。謝ったのだから許してやろう、などと考える人間はネット上に一人もいません」


「じゃあどうするのよ」


「なんとか誤魔化すしかありません。とにかく、自分が悪いと認めることだけはタブーです」


「誤魔化すったって……この状況でどうすれば…………」


 紅子はしばらく悶々と悩みこんだが、ふと思いついた。


「…………あれ? でも考えてみれば、実際わたしは悪くないんじゃない?」


 札束をちらつかせてアンチを煽ったのは、イルカであって紅子ではないのだから。


「そうよ、本当のことを言えばいいだけじゃない」


 紅子はパソコンを再起動して、ツイートを書き込んだ。


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『さっきのツイートは、友達がイタズラで書き込んだものです』


 

「これでよし」


 が、やはりと言うべきか、こんなことで納得するアンチではない。


 

 さくらもち@seeBall7

『人のせいにして恥ずかしくないんですか?』


 

「本当だっての! お前らと一緒にするな! うぎいいいーーー!」


 よりによって怨敵『さくらもち』に煽られ、顔を真っ赤にする紅子。


「いや、確かにお金の写真アップしたのはわたしですけどね。『嘘だよバーカ』と書き込んだのは、まぎれもなくお嬢様でしょうが」


 イルカが抗議する。


「それもあんたがやれって言ったからよ!」


「はあ……人のせいにして恥ずかしくないんですか」


 イルカの頭に紅子の鉄拳が直撃した。


「痛い! 暴力ですか! パワハラですよ!」


「うっさい! この駄メイドが! なにがレスバ王よ、あんたの言うとおりにしてレスバトルに勝ったことないじゃない! ほんっと使えないイルカねっ!」


「ああっ、なんてことを! 使えないのは使い手が悪いんですよ! イルカは本当は有能なんです!」

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