第14話 SNSレスバトル①

「イルカ、これ見てよ!」


 紅子が自慢げな笑みを浮かべながら、一枚の賞状をイルカに見せつけた。


「これは……『感謝状』……贈り主は……『警視総監』!? え、これ警視総監賞ってやつですか……?」


 イルカは賞状の文面に目を通して、驚きの声を上げた。


「そうよ、ふふん。今朝、警察に呼ばれて貰ってきたのよ」


「はあー……お嬢様が警察から感謝状もらうとはねえ……。逮捕状の間違いじゃないんですか」


「あ゛?」


「いえ、なんでもありません。それにしても、警視総監賞って、いったい何したんですか?」


「日本に帰って来る時の飛行機で、暴れてるハイジャックをぶちのめしたお礼にって、さ」


「は、ハイジャック!? ハイジャックに遭遇したんですか!?」


「そうよ。そういえば言ってなかったかしら。驚いた?」


「驚くに決まっているでしょう。人生でハイジャックに遭遇する確率は、宝くじ当たるより低いって聞きますよ」


 紅子がハイジャック犯を制圧した事自体は、イルカにとって別に驚くことではない。




 ハイジャック事件から、すなわち紅子の帰還から、二週間が経っていた。


 その間、紅子は特に仕事をするわけでもなく、学校や予備校に通うでもなく、炎城寺邸でぶらぶらと過ごしていた。やることといえば、日課の筋トレ、そしてパソコンをいじってネットで煽り合うことだった。つまり完全なニート生活である。


 とはいえ、曲がりなりにも世界の頂点をとった格闘家である紅子は、ファイトマネーやら印税やらで、当分の間は、寝ていても莫大な稼ぎが入ってくるのだ。


「そういえば、あのハイジャック共のせいでゲームボーイ壊れたのよね……ったく、ついてないわ」


 紅子は愚痴るが、偶然紅子と乗り合わせたハイジャック犯たちの方が、よっぽど不運である。


「あの、お嬢様。その事件って先々週のことですよね?」


「そうよ。わたしが帰国した日だからね」


「そんなに日が経っているのに、ネットでもテレビでも、事件のこと聞いたことないですよ。……あ、いえ。そういえば、ハイジャックがあったってのはニュースで見ました。でも、お嬢様の名前はどこにも出てなかったですけど」


 イルカが不思議そうに尋ねる。


「そんなことないわよ。ネットのニュースサイトには出てたわよ」


 紅子が、この二週間でそれなりに慣れた手つきでパソコンを操作し、とあるサイトの小さな記事を表示した。


「ほら、これよ。ちっちゃいけど、わたしのこと記事になってるのよ」


 紅子が示したページには『格闘家・炎城寺紅子さん、お手柄。ハイジャック犯を確保』と見出しが打たれ、五行ほどの文章で事件のあらましが簡潔に記載されていた。


「ほらね?」


 紅子はご満悦である。


 しかしイルカは複雑な表情で言った。


「いや、あの。銃持ったハイジャック犯六人を乗客の一人が素手で制圧したって、それだけのことをして、メディアの扱いがこれっぽっちてのが逆に凄いですよ」


「そうなの?」


 紅子にとっては、あんな事件など、うざったいチンピラと喧嘩した程度の認識でしかない。


「普通なら、日本中がもろ手を挙げてお嬢様を称賛して英雄になって、テレビに雑誌に二十四時間ひっぱりだこで、SNSは炎城寺紅子の信者で溢れかえり、孫の代まで自慢できる伝説になってるはずなんですがね」


「じゃあ、なんでそうならないのよ」


「それはまあ……もうマスコミも懲りてるんでしょ。お嬢様をテレビに出したりしたら、また暴言失言ヘイトスピーチを連発して、炎上確実ですから」


「そんなことしないわよ」


「いや、しましたから。お嬢様がアメリカ行って半年くらいして有名になり始めた頃は、日本のメディアも結構取材に来たでしょう。わたしも旦那様たちも、それで初めてお嬢様が生きてたの知ったんですからね。なのに、その取材が段々減っていったの気付きませんでしたか」


「そういえば、そうだったような……? ま、だとしてもさ。わたしには人気取りのために、心にもないお世辞を言うなんてできないわ」


「お世辞言わなくていいんです。ただ口開かずに黙っていれば、それで世界一のアイドルになれるんですよ、お嬢様は」


 世界最強、いや女性としては史上最強の天才アスリートであり、さらに十七歳という若さと美貌を兼ねそろえておきながら、紅子は頭と口の悪さでその全てを台無しにしてしまうのだった。


「ふん、いいのよ。わたしはマスコミの力なんて借りずに、ネットの世界で自分でアピールしていくんだから。今に見てなさいよ、Twiterがまた使えるようになれば……」


「ああ。それ、できますよ」


「え」


「今朝、お嬢様のTwiterの凍結は解除されてました」


「マジ!?」


 イルカの言うとおり、確かに紅子のアカウントは復活しており、自由に操作できるようになっていた。


「よし、これでまた書き込めるわね! とうとう復讐の時がやって来たわ!」


「復讐ですか?」


「そうよ。Twiterが復活したら、真っ先に潰してやろうと思ってた奴がいるのよ」


 そう言って、紅子は、Twiterの検索キーワードに『炎城寺』『八百長』と入力して検索を始めた。


「この方法、最近見つけたのよね。こうやって検索かければ、わたしの悪口コソコソ言ってる奴らをあぶり出せるのよ。凄いテクニックでしょ。ふふん」


 紅子は誇らしげに語る。


「いえ、それただのエゴサーチですから。別に凄くないです。みんな知ってます」


「なんだ。わたしだけの秘密の必殺技だと思ってたのに」


「必殺っていうか、それやるとむしろ自分のメンタルが殺されますよ。ただでさえ叩かれまくってるお嬢様が、なんでこの上、自分から傷付きに行くんですか」


「わたしの悪口言う奴は、どこに隠れていようが見つけ出して潰すのよ。とくにわたしを『八百長』扱いした奴は、万死に値するわ」


 エゴサーチによってあぶり出された紅子アンチの中に、ひと際ツイート数の多いものがいた。その名は『ヴァンス・D』であった。

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