第13話 荒らしはスルーせず反論しよう⑤

 明けて翌日。


 紅子のもとに、ふたたび新品のキーボードが配達されてきた。


「これで三台目ですか。三日連続でキーボード買う人間って、なかなかいないでしょうねえ」


 イルカが、これまた三日連続となった、パソコンとの接続作業をしながらつぶやいた。


「それで、今日はどうするんですか?」


「知れたことよ。そよぎのホームページへ行って、昨日の荒らしに反論するのよ」


 紅子は当然のように言い放った。


「まあ、そうだろうなとは思ってましたよ」


 そよぎの説得は、まるで紅子に通じていなかった。というより紅子には、そよぎの言うことがろくに理解できなかったのだからしょうがない。


「でも、あそこは会員以外は書き込めないじゃないですか」


「だったら会員になればいいでしょ」


 紅子は『炎城寺紅子ファンサイト』を開き、トップページの右上にあるボタンを示した。


「ほら、ここに『新規会員登録』ってボタンがあるじゃない」


 紅子がボタンをクリックすると、会員登録するための個人情報の入力ページが開かれた。


「ふむふむ……名前とメールアドレスを登録すればいいのね」


「これなら簡単ですね。ただ、『炎城寺紅子』の本名で登録するのはまずいですよ」


「じゃあ『千堂イルカ』にしとくわ」


「やめてください。っていうか、こういうのは適当なニックネームでいいんですよ」


 イルカが断固拒否したので、登録名は『遠藤カイル』とした。メールアドレスも入力し、『次へ』ボタンをクリックする。


 すると、なにやらポップアップウィンドウが表示された。


 

【炎城寺紅子カルトクイズ】

 

『今から炎城寺紅子選手にまつわるクイズが二十問出題されます。制限時間は一問につき二十秒です。十五問以上正解で合格となり、会員登録が認められます。がんばってください!』


 

「ええ……試験があるんですか。周到ですねえ……。これだけ念入りに住人を厳選しているのなら、あの民度の高さも頷けますよ」


「こんなテストまでしてるのに、なんであんな荒らしが紛れ込んできたのよ」


「まあ、アンチは叩くために下手なファンより詳しくなる、なんてことがありますからね。それで、お嬢様は大丈夫ですか。二十問中十五問正解しないと、会員にはなれないみたいですよ」


「当たり前でしょ。わたしについてのクイズに、わたしが答えられないわけないでしょうが」


 紅子が『テストを始める』と書かれたボタンをクリックすると、一問目が表示された。


 

『第一問:202X年ラスベガスで開催された、グレートスーパーアルティメットマッチでの、炎城寺VSパトリック戦の試合結果は?』

 A.1ラウンドTKO(右ストレート)

 B.2ラウンドTKO(パウンド)

 C.1ラウンドKO(右膝蹴り)


 

「わたしが勝ったわ」


 小考したのち、紅子は言った。


「それしか覚えてないんですか。どうやって勝ったか、って問題なんですけど」


「そんなこと忘れたわよ。半年前の試合なのよ、これ」


「いや、それくらい普通覚えてるでしょ」


「わたしは過去の栄光にいつまでもすがって、自慢してるようなやつらとは違うのよ。……ええと、たぶん殴って勝った気がするからAかB……」


「あと5秒ですよ」


「ああ、もうAでいいや!」


 紅子が投げやりに回答すると、すかさず二問目が表示される。


 

『第二問:炎城寺選手がCMに起用された、ワイルドスカイ社の新作スニーカーの商品名は?』

 A.ドラゴンファイア

 B.キングブレイズ

 C.スカーレットパワー


 

「そんなの忘れたっての」


「覚えててあげましょうよ。スポンサーなんだから」


 そんな調子で二十問のクイズを終えると、結果が表示された。


 

『正解数:3/20問。申し訳ありませんが、あなたを当サイトの会員として認めることはできません。もっと炎城寺選手について知ってから、また挑戦してください』


 

「…………」


「あーあ、駄目でしたねえ。それにしても、三択問題なんだから、適当に選んでも六点か七点くらいは普通取れるものなんですけどねえ」


「なんでこうなるのよ! なにが『もっと炎城寺選手について知ってから』よ! 本人だっての!」


「その本人が、自分のことをまるで理解してないから、こうなるんでしょうが」


「くそ、どうすりゃいいのよ。会員登録できないと、いつまでもあの荒らしに反論できないわよ」


 そもそも、あのアンチコメントを書き込んだ荒らしがまだ掲示板を見ているのだろうか、という点がかなり疑問なのだが、紅子にはそこまで考えを巡らす頭はない。


 なんとかできないか、としつこくファンサイトを巡回していると、あることに気づいた。


「あれ。こっちのコメント欄の方は、普通に書き込めるわよ」


 サイト上に掲載された、紅子関係の各記事にはそれぞれコメント欄がついており、そちらの方は特に認証の必要なく、誰でも書き込める仕様になっているのだった。


「なんだ。これならわざわざ、会員になって掲示板に書き込む必要もないじゃない。こっちの方を使えばいいんだから」


「どうするんですか?」


「こうよ」


 

『どなたか会員の人は、次の文章を掲示板に書き込んでください』

 

『>>522 人のことをブスとか言ってるけど、あなたはどうなんですか。どうせ醜く太った豚のような顔をしているのでしょう。たまにはパソコンの電源を切って、暗いモニタに映る自分の顔を直視してみたらどうですか』


 

「これで、親切な会員の誰かが掲示板にコピーしてくれるでしょ。コピペってやつね」


 だが、一時間がたち、二時間待っても、紅子のコメントが掲示板へ書き込まれることはなかった。


「なんで誰もコピペしてくれないのよ! ここの住人は民度の高さが自慢じゃなかったの!?」


「民度が高いから誰もやらないんですよ」


 三時間ほどたって確認した時、紅子のコメントは消えてなくなっていた。


「なによこれ。わたしのコメントがなくなってるわよ」


「削除されたんでしょう」


「ハア!? 誰がそんなことしやがったのよ!」


「そよぎ様に決まってるでしょう」


「そよぎったら、書き込んだのがわたしだって気付かなかったの? しょうがないわねえ」


「べつに、お嬢様だと気付かなかったから、消したわけじゃないと思いますよ」


 そもそも、そよぎは全く同じ文章を昨日紅子が書き込むところを見ていたのだから、よほど頭が悪くなければ分からないはずがない。


 だが紅子はとても頭が悪いので、今度は実名で同じコメントを書き込んでしまう。


 

『どなたか会員の人は、次の文章を掲示板に書き込んでください』

 

『>>522 人のことをブスとか言ってるけど、あなたはどうなんですか。どうせ醜く太った豚のような顔をしているのでしょう。たまにはパソコンの電源を切って、暗いモニタに映る自分の顔を直視してみたらどうですか』

 

『P.S.わたしは炎城寺紅子本人です。みなさんにお願いです、今後>>522のような荒らしを見かけた場合、見て見ぬふりをせずにちゃんと反論してください』


 

「よし、これでいいでしょ」


「もはや正気とは思えないコメントですね。そよぎ様とこのサイトの紅子ファンの方々が哀れになりますよ」


「なにわけのわかんないこと言ってんのよ……書き込み、と」


 だが、紅子が書き込んだコメントは、今度は十分とたたないうちに削除された。


「おい、なんでよ!」


 紅子が怒りに任せてマウスのボタンを連打していると、画面が切り替わり背景が真っ白になった。


 殺風景な画面の中央に、そっけない一文が表示されている。


 

【ERROR:このページへのアクセスは禁止されています】


 

「なによ、これ」


「あーあ。とうとうアク禁されちゃいましたね。お嬢様は『炎城寺紅子ファンサイト』に出入り禁止にされたってことです」


「なんで?」


「そよぎ様がそう決めたからです」


「な、ん、で! わたし本人が、わたしのファンサイトを出禁にされなきゃいけないのよ! そよぎ! あんたはいつからそんな子になったの!」


 そよぎの立場なら当然の判断なのだが、紅子は信じていた妹分に裏切られた、と怒り心頭にわめき散らす。


「自分のファンサイトを自分で荒らそうとする、お嬢様のほうがどうかしてますよ」


 イルカが肩をすくめて言った。


「わたしは荒らしじゃないっての」


「荒らしに釣られて、反論を書き込むやつも荒らしなんですよ」


「わたしは釣られてない!」


「釣られてる人はみんなそう言うんです」


 ネット弱者の典型的発言に呆れるイルカだったが、ふと、これはお嬢様の寵愛を取り戻すチャンスかも、と思いついた。


 ここぞとばかりに、イルカは自分を売り込み始める。


「まあまあ、お嬢様。そよぎ様に見放されても、この千堂イルカがいますから。わたしこそお嬢様の一番の親友ですよ」


 つい昨日、紅子を裏切ってアンチの仲間入りをしようかなどと考えていたくせに、ぬけぬけとイルカは言った。


「ふうん。じゃあ、Twiter見せてみなさいよ」


「それは駄目です」


 そこは、あくまでも頑なだった。

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