第11話 荒らしはスルーせず反論しよう③
「なによイルカ。わたしのこと嫌われ者だなんて言って、大嘘じゃないの。あやうく騙されるところだったわ」
「べつに嘘というわけではないですよ」
イルカのネット上の行動範囲の中では、紅子アンチの方が圧倒的に多いのは事実だ。
だが紅子はもう完全に気をよくして、我英雄なり、とばかりにふんぞり返っていた。
「うんうん。このサイトの住人たちは、Twiterや2ちゃねるのろくでなし共と違って、知的で品があるわね。きっと美男美女ばかりで、リアルでも成績優秀スポーツ万能、友達がたくさんいるエリートなんだわ。きっとそうよ」
「そこまでは分からないけど……いい人たちだよ」
「そよぎ。あんたはこのホームページで、わたしをずっと応援してくれてたのね。ありがとう。あんたはわたしの一番の親友だわ」
紅子がそんなことを言い出したものだから、イルカとしては面白くない。
「……あのー、お嬢様。そろそろアンチスレの住人たちに、リベンジしに行きませんか。スクリーンキーボード使えば、書き込みできますよ」
「後でいいわ。それより、そよぎ。もっといろいろ見せてくれる?」
「うん。あのね、ここにはお姉ちゃんのプロフィールを載せてるんだ」
「『炎城寺紅子の好きな食べ物:回転寿司、好きなブランド:ユニクロ、趣味:ゲームボーイで遊ぶこと』…………あはは、『管理人さんはどうしてそんなことまで知ってるんですか』なんてコメントついてるじゃない。そりゃそうよ、わたし達いとこなんだから」
イルカをほったらかしで、紅子はそよぎと話し込む。
「あの……」
「ああ、イルカ。お茶入れてきて」
「プロテインですか」
「そよぎにそんなもん飲ませるわけないでしょ。紅茶よ」
「はあ」
「あ、それとケーキもね。そよぎ、ケーキ食べるでしょ」
「食べるー」
「ケーキと紅茶、2つずつよ」
イルカの分は勘定に入っていないらしい。
憤懣やるかたなく、イルカは台所へ向かった。
「むっかー! なんですか、お嬢様は! ついさっきまで、ネットでボコボコにされてわたしに泣きついてたくせに! ちょっと若い女が現れたら、すぐ乗り換えですか!」
主への不満を独り言ちながら、お湯を沸かす。
「わたしはそよぎ様が生まれる前から、お嬢様にお仕えしているというのに!」
昔から、炎城寺家でのイルカの立ち位置は、紅子のお守り係である。ワガママで無軌道な紅子の相手に辟易することもしょっちゅうだが、それでもいざ自分を放置して他の人間と仲良くされると腹が立つのだ。
紅茶の葉を乱暴にポットにぶちまけ、ケーキを冷蔵庫から取り出して手荒く皿に盛りつける。紅茶に雑巾のしぼり汁を混ぜてやろうかとも考えたが、バレたら間違いなく殺されるのでやめておいた。
「お嬢様がそういう態度をとるなら、いっそ、わたしもアンチの仲間入りしてやりましょうかね。お嬢様がリアル最強なら、わたしはネット最強ですよ。この千堂イルカを怒らせるとどうなるか、地獄の炎上を味あわせて……」
その時、紅子の部屋から悲鳴が聞こえた。
「ぎゃあああああーーー!」
何事か、とイルカは慌てて紅子の部屋に戻った。
「お嬢様、どうしました! またウイルスですか!?」
「あ、あ……」
「あ?」
「アンチが現れたのよ!」
その言葉通り、モニタ上には『炎城寺紅子ファンサイト』には相応しくないコメントが表示されていた。
522:
『お前らこんなブスの太鼓持ちしてて虚しくないの? 信者さんご苦労さまですwwwww』
「よりによって、そよぎが作った楽園にまでやってくるなんて……よ、よくも……!」
「レスバトルの時間ですね!」
イルカが大はしゃぎで言った。
「お任せください! このわたしがサポートしますから! 二人で力を合わせて、今度こそアンチを撃退してやりましょう!」
「よーし……やってやるわ!」
第二ラウンド開始とばかりに、紅子とイルカがボルテージを上げる。
だが、サイトの管理人である当のそよぎは平然と答えた。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
「え……」
「たまにあることだから、放っておけばすぐ消えるよ」
「な、何言ってるの。こういうやつは煽り返して泣かせてやらないと」
「いいから、見てて。ファンの人達もそうするはずだから」
そよぎの言うとおり、掲示板の住人たちは突然現れたアンチコメントを、まるで相手にせず雑談を続けていく。
523:
『来月出るDVD予約した?』
524:
『炎城寺ベストバウトセレクションVOL2ですね、三枚買いますw』
525:
『炎城寺選手のフットワークって独特だよね』
526:
『あれはトレーニングの賜物なんだよ。子供の頃から、うさぎ跳びを一日五百回やってたんだって』
527:
『天才って言われてるけど、才能だけで強くなったわけじゃないよね。すごい努力家なところも素敵だと思います』
二十分ほどたっても、誰ひとりアンチのコメントに言及するものは現れなかった。
「ほらね。誰も気にしてないでしょ。わざわざああいう人の相手をすることないんだよ」
「し、信じられない……これだけの人間がいて、全員が荒らしを総スルーって……『荒らしに反応する荒らし』が一人もいないなんて、なんという民度の高さですか…」
イルカは震撼していた。
だが、紅子は不機嫌そうに顔をしかめる。
「なによこいつら。わたしのファンのくせに、どうしてわたしの悪口言う相手に反論しないのよ」
「ええ……」
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