第8話 掲示板レスバトル④


 次の日。


 昨日イルカがネット通販で注文した新しいキーボードが、昼過ぎに到着した。


 さっそくパソコンに接続し、昨日同様2ちゃねるの掲示板を開くと、はたして紅子のアンチスレは、イルカの予想通り1000スレを突破していた。


「ちっ、カスどもが相変わらず好き勝手ほざいてるわね。ほんとうざい連中だわ」


「それでお嬢様、今日はどうする気ですか」


 今日もそばに控えているイルカが聞く。


「……わたしは昨日一晩考えて、このアンチ共の正体を突き止めたわ」


「正体?」


「そう。こいつらがなぜ、平日の昼間から仕事もせず学校へも行かず、せっせとわたしへの中傷を書き込んでいるのか、その動機を理解したのよ」


 紅子は腕を組み、鼻息荒く椅子の背もたれにふんぞり返った。


「こいつらはね、わたしに嫉妬してるのよ!」


「は……?」


「こいつらは匿名の掲示板では強がっているけど、現実ではなんの実績も築けず、才能もなく努力もせず、いじめられっ子でウジウジしてるような負け犬の集団なのよ。だから、華々しく活躍して成功している、わたしのことが妬ましくて仕方ないの」


 この世の真理を解明した、とばかりに紅子は語る。


「ふふん、どうかしら? この洞察は?」


「いや、そんな当たり前のことをいまさら言われても」


 イルカは呆れたように答える。


「そんな連中の嫉妬心、コンプレックスを突いてやれば、こいつらは簡単に泣かせてやれるのよ。つまりこうね」


 紅子はそう言って、書き込み欄に昨日よりはだいぶ速くなったタイピングで文章を打ち込んだ。


 

『お前たち本当はチャンピオンになったわたしに嫉妬してるんだろ(笑)』


 

「どうよ! こうやって図星つかれたら、アンチ共は悔しくて発狂間違いなしね!」


 イルカは、どう答えるか散々迷ったあげく、言った。


「えーと……。まあ。いいんじゃないですか、とりあえずそれで」


「そうよね。これでこいつらは大泣き確定よ」


「そこまでは言ってませんが。ただ、カッコ笑いは百年前のセンスなので、草に変えませんか。そっちの方が煽り効果高いですよ」


「草?」


「こういうやつのことですよwwwそんなこともwww知らないんですかwww」


「……なるほど。確かに使われるとイラッとくるわね」


「ついでに、わたしも『やめたれ』で援護しましょうか」


 次第に乗り気になってきたイルカが提案した。


「やめたれ?」


「『そんな酷いことを言うのはやめておあげなさい。ほら、相手の人たち悔しくて泣いちゃったでしょ』の略です。これを言われるとすごく悔しいんです」


「そうなんだ。よし、じゃあそれでいくわよ」


 紅子は、書き込み欄の文章の末尾のカッコ笑いを削除し、ダブリューを猛烈に連打して書き込んだ。


 

 422

『お前たち本当はチャンピオンになったわたしに嫉妬してるんだろwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』


 

「草の四十一連発とは、ものすごい気合ですね。お嬢様」


 そう言いながら、イルカはスマホを操作する。


「ちょっとイルカ。早くその『やめたれ』ってやつ書き込みなさいよ」


「まあ、お待ちください。あまり早く書き込むと、わたしとお嬢様が結託しているとバレちゃいますからね。ある程度時間をおかないとだめなんです」


「なるほど。レスバトルにもいろいろテクニックがあるのね」


「テクニック以前の問題ですよ、こんなの」


 三十秒ほど待って、イルカはスマホから書き込んだ。


 

 422

『お前たち本当はチャンピオンになったわたしに嫉妬してるんだろwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』

 

 423

『やめたれ』


 

 かくして紅子とイルカのレスが並ぶ。


 それから五分ほど反応を見守っていたが、誰からも書き込みがなかった。


「……だれも反応しないわよ」


「反応がないってことは、効いてるってことですよ。レスバトルは言い返せなくなったら負けなんです」


「え、本当!? じゃあわたしの勝ちじゃん! やったあ!」


 紅子は両手を上げて万歳する。


「やれやれ。この程度で黙っちゃうんですか、今の2ちゃねるの住人は。レベルが下がっているとは聞いていましたが、ここまでとはね」


 イルカはなにやら偉そうな感想を漏らした。


 だが、その時新しいレスが書き込まれた。


 

 424

『べつにお前なんかに嫉妬してませんが? 俺は超大手IT企業の社長で、資産が一兆円あって都心の百階建てのタワマンに住んでるからw』


 

「ええっ! 一兆円!?」


 小学生以下の知能である紅子は、書き込みをいとも容易く信じ込みそうになる。


「お嬢様……こんなの嘘に決まってるでしょうが……」


「そ、そうよね。うん、わかってるわよ。当たり前じゃない。この野郎、こんな嘘でわたしに逆らってきやがって。どうしてやろうかしら」


「こういう奴には、証拠見せろって言ってやればいいんですよ」


「なるほど」


 紅子は、自称IT企業社長にレスを返した。


 

 425

『そんな嘘に騙されるかバーカ! 本当なら一兆円持ってるって証拠見せてみろカス!』


 

「よし、これでこいつも涙目ね。ふふふ」


 だが、意外にも敵はさらなるレスを返してきた。


 

 426

『はい証拠。これ一兆円入ってる俺の通帳の写真な htttps://i.ingur.com/Burakura.jpg』


 

「ええ!? しょ、証拠出してきたわよ! マジで!?」


 驚愕する紅子。


 だがイルカの反応は極めて冷ややかであった。


「はあ……なんと低レベルな、まさに児戯ですね。こんなくだらないひっかけが通用すると思ってるんでしょうかねえ。お嬢様、これはですね……」


 しかし、イルカがため息を付きながら解説をしようとした時、紅子はすでに書き込まれたリンクを押してしまっていた。


「ああああっ!」


 イルカは即座に首を振って、パソコンのモニタから目を背ける。


「……?」


 わけのわからぬ紅子は、当然、リンク先で開かれた画像を直視することになった。


「ぎぇえええええええええええええええーーーーーーー!!!」


 絶叫し、悶絶し、驚愕し、意識は吹き飛びそうになる。


 紅子がいかに最強だろうと、天才だろうと、ゴキブリと蛆虫の大群が何かの臓物に群がる画像などを直視して、平気でいられるわけがない。


 イルカが、モニタを見ないように手探りで電源スイッチを探し当て、シャットダウンした。


 昨日に引き続き二度目の強制終了であった。


「はあ……」


 イルカはようやく顔を上げた。


「大丈夫ですか、お嬢様」


 大丈夫なわけがない。


 紅子がリンクを開いてからモニタが消灯するまで五秒もなかっただろうが、その間に画像の記憶はすっかり脳に刻み込まれてしまった。


「な、な、なによあれはああ!?」


 紅子はまさに涙目になっていた。


「精神的ブラクラというやつですよ。相手を騙して、グロい画像を見せつける攻撃方法です。その様子では、相当やばいのを見せられたようですね」


「ご、ごき、ゴキブリが……」


「いや、言わなくていいです」


 イルカは手を振って紅子の言葉を止めた。


「こ、こんなことになるってわかってたんなら、止めなさいよ!」


「止めようとしたのに、お嬢様が聞かずに勝手にリンク開いたんですよ」


「くそっくそ! これくらいで勝った気になるなよIT社長め!」


「だからそれ嘘ですって。てゆーか、ブラクラ開いた時点でお嬢様の負け確定ですよ」


「く、く、くそおーーー!」


 怒りのまま、紅子は拳を眼前の机に叩きつける。


 その下には、一時間前に配達されたばかりのキーボードがあった。


「あっ」


 世界最強の拳が炸裂し、またしても新品のキーボードは半壊した。

 

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