第9話 荒らしはスルーせず反論しよう①

『モンタギューとの試合の感想? あんなザコ相手に感想も何もないわよ。試合始まってからずっと逃げ回るだけで、ろくに戦いもしないし。結局パンチ一発で沈んでおしまいだし。馬鹿みたいね』

 

『グリーフ? 誰よそれ? ああ、先月わたしがぶっ飛ばしたジジイのことか。べつに、あんなの相手が弱すぎただけでしょ。さっさと引退しろっての。お前の時代はとっくに終わってんのよ』

 

『リチャード? ああ、あいつハゲよ。試合中にヅラがずれたの直そうとしてたもん。そうそう、その隙に腕取ってアームロック決めたの。あれがなければ手強かったんだけど、惜しいわね。ほんとハゲてさえなけりゃ強いのに。これからもハゲに負けずに頑張ってほしいわね』

 


「いかがです。これがお嬢様の、過去のインタビューでの発言です」


 イルカが、スマホの画面上に流れていた動画を停止して言った。


 動画のタイトルには『炎城寺紅子の問題発言まとめ』と銘打たれている。


「それがどうしたのよ」


 紅子が言った。


「こういうことばかり言ってるから、ネットで叩かれるようになったんですよ」


「なんでよ。本当のこと言っただけじゃないの」


「あのねえ、お嬢様。モンタギューもグリーフも、かつて一時代を築いた伝説的英雄なんですよ。それをこんな風にディスったら、叩かれるに決まってるでしょう」


「だって本当のことだもん。伝説だろうが英雄だろうが、弱いやつは弱いわよ」


 紅子はあくまでも平然と答えた。


「それにね、わたしはべつに誰もかれも悪口言うわけじゃないわ。強いやつのことは素直に認めるわよ。ほら、リチャードのことはちゃんと強いって褒めてるでしょ」


「これを誉め言葉だと思える神経がどうかしてますよ」


 二台目のキーボードも破壊して、書き込み不可能になった紅子は、2ちゃねるからすごすご退散した。


 そして今は、イルカから「いかに炎城寺紅子は嫌われているか」などという不愉快極まりない説明を受けていた。イルカは自分のスマホを見せながら、ネット上に山ほど存在する紅子アンチのサイトや掲示板を、次から次へと紹介してくれた。


 小一時間のレクチャーの後、イルカは言った。


「とまあ以上が、お嬢様に対するネットでのおおよその意見です。わたしの想定では、ネット上にお嬢様のアンチは一万人を超えていると思われますね」


「なるほど。よくわかったわ。そいつら全員ぶっとばせばいいわけね」


「よくそこまで前向き……と言っていいかどうかは分かりませんが、落ち込まずにいられますね。あれだけの誹謗中傷を目の当たりにしたら、普通なら自殺も考えるレベルですよ」


「なんでわたしが死ななきゃならないのよ。死ぬべきなのは、なにも悪くないわたしを中傷するこいつらの方でしょ」


 紅子が青筋を立てながら、とあるコメント欄に書き込まれた『炎城寺はチンパンジー』という一文を指さして言った。


 紅子の感情は、「喜怒哀楽」ではなく、「喜怒怒楽」で構成されているのだ。


「お嬢様がなにも悪くないかどうかはさておき、アンチに屈さない姿勢はさすがですよ。で、これからどうされるんですか」


「……とりあえず、イルカ。あんたのTwiter見せなさい」


「は?」


「あんたのスマホの中のTwiterよ。それを見て、あんたが普段なに書き込んでるのかチェックするわ」


「な、なんでですか。嫌ですよ」


「見せられないの? さては、あんたもわたしの悪口書き込んでるわね!」


「してませんって!」


「なら見せればいいでしょ! だいたい、あんたわたしのアンチサイトに詳しすぎるのよ! 本当はあんたも、わたしをディスってるアンチのひとりなんでしょ!」


「違います! ただ恥ずかしいから見せられないだけです!」


「恥ずかしいって、なにがよ」


「いや……ですからその、エッチ系なやつとか、オタクな話題とか、ポエムっぽいツイートとか、そういうのがあるので」


「はあ、エッチ? オタク? ポエム? もっと具体的に教えなさいよ」


「具体的に教えたくないから、見せられないんですって」


「ぐちゃぐちゃ言ってんじゃないわよ! わたしを裏切ってないのなら、スマホを見せてちゃんと証明を――――」


 紅子が、強引にイルカの手からスマホを奪い取ろうとする。


 その時、ドアがノックされた。


「お姉ちゃん、いる?」


 紅子もイルカも、争いの手を止める。


 ドアが開いて、ひとりの少女が入ってきた。


「わあ、紅子お姉ちゃんだ! 本当に帰って来てたんだね!」


 年のころ十歳前後の、その幼い少女は、紅子を見て顔を輝かせた。


「そよぎ!」


 紅子もまた、嬉しそうな声で少女の名を呼んだ。


「もう、日本に帰って来たなら教えてくれたらいいのに。ずっと会いたかったんだよ、お姉ちゃん」


「ごめん、ごめん。昨日から大事な用があって、忘れてたわ」


 ネットの煽り合いも、紅子にとっては大事な用である。


 紅子の意識がそれたのをこれ幸いとばかりに、イルカはスマホをがっちりと確保した。


 そんなイルカに対しても、そよぎと呼ばれた少女は挨拶をかわす。


「イルカさんもお久しぶりです。わたしのこと覚えてますか?」


「はい、はい、覚えておりますよ。紅子お嬢様のいとこの、海原かいばらそよぎ様ですね」


 Twiterアプリにロックをかけながら、イルカは答えた。


 海原家は炎城寺家に比肩する資産家であり、親族関係である。海原家の一人娘のそよぎは紅子と仲が良く、紅子がアメリカへ発った二年前までは、たびたび遊びにやって来ていたのだ。


「あれ、パソコン……。お姉ちゃん、パソコン買ったの!?」


 そよぎが机の上を見て驚愕の声を上げた。この少女も、紅子のIT音痴についてはよく知っているのだ。


「そうよ、最新機種のハイエンドマシンよ。すごいでしょ」


「う、うん。こんな大きいパソコン初めて見たよ。なんかすごい派手だし」


 七色のLEDが散りばめられた筐体を見て、そよぎがあっけにとられている。


「よし、そよぎにもわたしのスーパーマシンを見せてあげるわね」


 紅子が自慢げにパソコンのスイッチを入れた。


 爆速のCPUが、わずか数秒でウインドウズを起動してデスクトップ画面を表示する。


「どう? 『よんけー』ディスプレイってやつらしいわよ。綺麗でしょ」


「うーん……綺麗だけど、スタート画面見てるだけで目がチカチカするよ……」


 そよぎは、目をぱちぱちと瞬かせる。


「お姉ちゃん、ちょっと使ってみてもいい?」


「もちろん。Twiterでも2ちゃねるでも、好きなの見ていいわよ」


「いや、そういうのは見ないよ……」


「そう? まあ何でもいいわ、はい」


 紅子がマウスをそよぎに差し出した。


「お嬢様、よろしいのですか。エッチな動画とか、恥ずかしいポエムとか、置いてないんですか」


「んなもんないわよ」


「ありがとうお姉ちゃん。それじゃあ早速ネットで……あれ、なんでキーボード壊れてるの?」


「ちょっと手が滑っただけなのに、勝手に壊れたのよ。きっとソニータイマーってやつが仕込まれてたのね」


「『ロジクール』って書いてあるけど」


「ならチャイナタイマーよ」


「スイスです」

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