第6話 掲示板レスバトル②
「うぎゃああーーー!」
イルカが、プロテインの豆乳割りを盆にのせて紅子の部屋の前まで戻ってきたとき、その悲鳴は聞こえた。
イルカは慌てて駆け込んだ。
「お、お嬢様、どうされたんですか」
机に向かっていた紅子が、振り返った。
「パソコンが壊れたの!」
「は……? ああ……そういうことですか」
おおかた、アンチに煽り返されてムキになった紅子が、またキーボードを破壊したのだろう。そう思ったイルカは、安心して紅子をなだめにかかる。
「大丈夫ですよ。落ち着いてください、お嬢様。壊れたのはキーボードであって、パソコン本体ではないでしょう」
「違うわよ! ほんとにパソコンが壊れたの!」
そのとき、イルカの耳にもパソコンの鳴らす電子音が聞こえてきた。
――――ピー! ピー! ピー! ピー! ピー!
けたましい警告音を立てるパソコンのモニタには、異様な数のメッセージウインドウが表示されていた。
『SystemEroor!』
『SystemEroor!』
『SystemEroor!』
「あわわわわ……」
「お嬢様、一体何をしたんですか?」
「なにもしてないのに壊れたのよ!」
「嘘つけ」
「本当よ! あんたわたしとパソコンのどっちを信じるのよ!」
「パソコンに決まってるでしょう。パソコン初心者が『なにもしてないのに壊れたー』と言って、その言葉が正しかったという事例は、コンピューターの歴史五十年を振り返っても一度たりともありません」
そんな問答をしているうちに、モニタには新たなメッセージが表示された。
『システム損傷率90.6%』
『今すぐ下のボタンをクリックして、リンク先のサイトであなたのクレジットカード番号を入力して、システム修復を開始してください』
『システム修復を行わない場合、このパソコンは60秒後に爆発します』
「ば、爆発!?」
大慌てで紅子はマウスを握る。
「あわわ……すぐ止めなきゃ! このボタンを押せばいいのね!」
「やめなさいアホ」
イルカが、いまにもボタンをクリックしそうな紅子の手から、マウスを奪い取った。
「なにするの、返しなさいよ! 爆発するのよ!」
「しませんから」
『爆発まであと59秒……58秒……』
「ほらなんかカウントダウン始まったし! 爆発するわ!」
「だからしませんって」
呆れたように言って、イルカは電源ボタンを押してパソコンをシャットダウンした。
「こら! 駄目でしょいきなり電源ボタン押したら! ちゃんと電源オプションから、終了を選んで終わらないとデータが消えちゃうのよ! それくらい常識でしょ!」
「あなたが常識を語りますか。再起動にはこれが一番手っ取り早いんですよ。そもそも、このパソコンにデータなんて1バイトも入れてないでしょう」
電源が落ちたので、ピーピー鳴いていたパソコンは、ひとまず大人しくなった。
「さ、もう一度スイッチオンしますよ」
「いやよ! 爆発……」
「しません」
イルカが電源ボタンを押すと、真っ青な画面に白文字の羅列が表示された。
紅子には、なにが起こっているのかさっぱりわからないが、イルカは特に驚くことなく、いくつかキーを叩き、やがて先程までと同じWindowsの画面が表示された。
『SystemEroor!』や『爆発』といったメッセージは現れない。
「だ、大丈夫なの……?」
「はい、問題ないですよ。念の為ウイルスソフトでスキャンしておきましょうね」
「ふう……よかった。……ところでイルカ、あんたさっきわたしのことアホって言わなかった?」
「言ってませんよ。敬愛するお嬢様を、アホなどと呼ぶはずがありません。たとえパソコン買って一時間で暴走させる人でも」
「わたしのせいじゃないわよ! なにもしてないのに壊れたんだって!」
「はいはい。じゃあ、わたしが目を離している間に、なにがあったのか話してください」
「……えっと。まず、このアンチスレの卑怯なやつらに、わたしは正々堂々と反論したわ。これが書き込みね」
紅子は2ちゃねる掲示板を開き、数分前に書き込んだ自分のコメントを示した。
「……メルアド、晒したんですか」
「当たり前でしょ。ここに『E−mail』って書いてあるじゃない。わたしだってメールの使い方くらいわかるのよ、ふふん」
「なぜそんなに誇らしげなんです。むしろ全くわからないほうが、被害に合うこともなかったのですよ」
347 炎城寺紅子
『あなた達がやっていることは、名誉毀損だから犯罪です。今すぐ反省しなければ、警察に通報します。そうすれば、あなた達は刑務所に行くことになります。すぐ謝ってください』
348
『信者顔真っ赤wwwwwあのブスの成りすましかよwww』
349
『まあバナナ食って落ち着けよゴリラ』
348
『刑務所に行くことになりますwww』
349 炎城寺紅子
『わたしはブスではありません。美しすぎるアスリートという雑誌の特集で取材されたこともあります。それに八百長とか弱いとか言うなら、正々堂々わたしに挑戦してください。わたしはいつでも誰とでも戦います』
350
『信者さん、ゴリラごっこして楽しい?』
351
『大富豪のパパにチャンピオンベルト買ってもらってよかったねw』
352 炎城寺紅子
『どうして正々堂々と勝負できないんですk』
353
『こいつアホすぎて面白いなww』
354
『ブスゴリラの信者は脳みそがチンパンジーなんだww許してやれwwwww』
355 炎城寺紅子
『いいかげんにしろよひkymのわたしのdふぉうがbすだよひとのこをjbすならおまえtくぃ』
356
『バーカ』
357 炎城寺紅子
『ころs』
「……これを書いてる途中でキーボードが壊れたのよ」
「壊したんですね」
「で、そのあとメールが届いたのよ」
「そのメールを開いたら、さっきのようにパソコンが暴走したのですね」
「そうよ! おかしいでしょ!」
「ウイルスメールを送りつけられたのですね。簡単に言えば、パソコンを破壊したり個人情報を抜き取ったりするメールです」
「なんでよ!?」
「メアドを公開したからですよ……。お嬢様、知らない相手に不用意にメールアドレスを知らせてはいけませんし、知らない相手から送られてきたメールを開いてはいけません。……本来、こういうことは学校で教わるものなのですけどね」
「しょーがないじゃない、わたし高校行ってないんだし! あんた、わたしのこと中卒ってバカにしてんの!? 知ってるわよ、それ学歴マウントってやつでしょ!」
「小学校で習ったはずですが」
身体能力、美貌、家柄、すべてを最高のレベルで持って生まれた代償なのか、紅子は絶望的に頭が悪かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます