第5話 掲示板レスバトル①

「それにしても、ちょっとおかしいですね」


 イルカが不思議そうにつぶやいた。


「そうよ、このわたしを悪者扱いしてハブるなんて絶対おかしいわ。Twiter社に突撃して抗議してやるわよ」


「おかしいのはそっちじゃありません。突撃はやめてください」


 今すぐにでもアメリカへUターンして、カリフォルニアにあるTwiter本社へ向かいかねない勢いで立ち上がった紅子を押し止め、イルカは説明する。


「いくらお嬢様が歩く失言マシーンだとはいえ、あまりにも炎上が早すぎるんです。これは、だれか扇動したものがいますね」


「扇動って?」


「ちょっとパソコンお借りしますよ」


 飛び散ったキーキャップをキーボードにはめ直し、イルカはインターネットを検索しはじめた。やがて、とある掲示板を開き、得心したようにうなずいた。


「ああ、やはりそうでしたか」


「え、なに? なんなの?」


「2ちゃねる掲示板のアンチスレで、お嬢様のTwiterが晒されています。ここから大量のアンチが突撃してきたようですね」


「掲示板? アンチスレ……? なんの?」


「ですから、お嬢様のですよ」


「え」


「はっきり言って、お嬢様はネットで嫌われてますから」


「はあ!?」


「てゆーか、お嬢様は新聞やテレビに叩かれるのが不満でネットで活動することにしたようですが、ネットの方がよっぽど叩かれてますよ」


 それは紅子にとって、驚愕の事実であった。


「なんでよ! わたしは十七歳で世界チャンピオンになった、天才少女なのよ!」


「十七歳で、チャンピオンで、天才で、女だから嫌われるのです」


「わけわかんないわよ! ちょっと、そのアンチスレとやらを見せてみなさい!」


「あー、見ないほうがいいのに……」


 

【炎城寺アンチスレ975】

 

 324

『炎城寺のTwiter凍結されたwwwww』

 

 325

『早すぎだろww』

 

 326

『みんなで頑張って荒らしたかいがあったな。よかったよかった』

 

 327

『八百長ゴリラが低能晒して垢BAN! いえーいゴミ女ざまああ』

 

 328

『てゆーか運営に通報したの、絶対ここの誰かだろwww』


 

「こ、こ、こいつらぁ……! Twiter追い出されたのは、こいつらのせいか……!」


 紅子は歯ぎしりした後、掲示板のタイトルを見てイルカに聞く。


「この『炎城寺アンチスレ975』の数字ってどういう意味?」


「975スレッド目、ということです。1スレッドにつき1000コメントまで書き込めますから、お嬢様はこれまでに累計97万4328回ディスられた、というわけです」


 イルカが、いちいち細かい数字まで解説してくれる。


「今回のTwiter騒動でまた燃料が投下されたから、今夜中に1000スレを超えるでしょうね。おめでとうございます、見事に100万ディスのミリオン到達ですよ」


「ふ、ふん。しょせん、こんなもの下等生物どもの戯言よ。世界最強、この世の頂点である炎城寺紅子は、有象無象のゾウリムシ相手になんの怒りも沸かないわ」


 声をふるわせながら紅子は言う。


「だから、わたしはあくまで冷静に、大人の対応で反論するわよ」


「ですから反論せずにスルーしてくださいよ」


「やかましい! わたしがこいつらと戦ってる間に、あんたはティータイムの用意してきなさい!」


「紅茶にしますか、コーヒーになさいますか」


「プロテイン五十グラムを豆乳で割って持ってこい!」


 へいへい、と呆れたようにイルカは部屋を出ていった。


 ひとり残った紅子は、ゴキゴキと指を鳴らして紅蓮の瞳を怒りに燃やす。


「さて、わたしの一片の隙もない完璧な反論で、コイツらを大泣きさせてやるわよ。えーと……あなた達がやっていることは、と……」


 

『あなた達がやっていることは、名誉毀損だから犯罪です。今すぐ反省しなければ、警察に通報します。そうすれば、あなた達は刑務所に行くことになります。すぐ謝ってください』


 

「これでよし。警察呼ばれるなんて聞けば、こいつらは泣きながら頭下げてくるでしょ。インターネットで人の悪口を書き込んだやつは逮捕されるのよ。それくらい知ってるんだから」


 実際には、ネットの書き込みで逮捕されるのは脅迫や威力業務妨害のたぐいであり、名誉毀損で刑事事件にまで発展することはまずないのだが、紅子がそんなことを知るはずもない。


「あとは……ああ、ここに名前とメールアドレスを入れるのね」


 紅子は掲示板の書き込み欄にある、『名前』と『E−mail』の欄に律儀に入力する。


「名前は炎城寺紅子、メールは……ええと、これか。firebkoros37564……@okn.ko.jp……と。よし、これでOKね。くらえアンチ共! ファイヤー!」


 紅子は意気揚々と『書き込み』ボタンを押した。

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