第4話 紅子とイルカとインターネット③

「ふざけんなおい! 誰が八百長だよ! このカスが!」


 目の前のキーボードに拳を叩きつけながら、顔を真っ赤にして紅子は怒鳴る。


「お嬢様……釣られるの速すぎですよ……」


「わたしはね! この言葉を今まで百回は言われてきたのよ! その度に、馬鹿どもの体でわたしの拳が本物だってことを教えてやったわ!」


「知ってますよ。『またクラッシャー・クレナイが暴力事件を起こした』って、ネットニュースで何度も見ましたから」


「この『さくらもち』ってやつにも、同じ教育が必要みたいね!」


「無理ですよ。ここにいない相手を、どうやって殴るんですか」


「うぐぐぐ……」


 紅子は世界最強である。殴り合いの喧嘩なら、誰が相手でも負けはしない。だが殴れない敵が相手では、自慢の拳の破壊力もなんの意味も持たない。


 インターネットは、まさに紅子にとって、相性最悪の戦場であった。


「お嬢様、落ち着いてください。この手の荒らしにムキになってはいけません。冷静に対処すればいいんですよ」


「……そう、そうね。大丈夫よ、炎城寺紅子はいつだってクールよ」


 イルカの言葉で、とりあえず落ち着きを取り戻した紅子は、深呼吸して返信を打ち込んだ。


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『八百長とはなんですか? わたしは常に正々堂々と戦い、試合を勝ち抜いてきました。いい加減なことを言わないでください』


 

「よし、どうよ。クールで冷静な反論でしょ?」


「反論せずブロックしてください、と言いたかったのですが」


 だが、紅子の自称クールで冷静な反論もむなしく、悪口や批判的な反応は次々とやってきた。


 

『炎城寺がTwiter初めたwwwバカ丸出しwww』

 

『うさぎ跳びって……この人なに言ってんの?』

 

『この人、インタビューの受け答えとかでも思ったけど、本当に残念な人なんだな……』

 

『ブス女まじで消えてくれよ。おまえのせいで、総合格闘技はつまらなくなったんだよ』

 

『八百長でチャンピオンになって嬉しいですか?』

 

『あの試合とかどうせやらせなんだろw』


 

「はああああああああ!? 何よコイツら!」


「見事にアンチだらけのリプライですね。……それにしても凄い。Twiter開設して二十分でこれだけ反応もらえるなんて、やはりお嬢様は余人とは違いますね」


「なにが『もらえる』よ、こいつらみんなわたしの悪口ばっか言ってんじゃない! このわたしにむかって、いい度胸ね!」


「いや、度胸がないから、匿名のネットでいきがってんですけどね、こいつらは。あははは」


 イルカが笑いながら訂正するが、紅子にとってはまるで笑い事ではない。


「くそっ、こんな悪口だらけの反応が日常だなんて、インターネットって聞いてた以上に酷いところなのね」


 いくらなんでも、こんな反応が普通なわけはないのだが、ネット初心者の紅子にはそれが分からない。


「まあまあ。こういう連中に、いちいち腹を立ててもきりがないですし。スルーしてればそのうち……」


 しかし紅子の怒りは、とあるアンチの書き込みを見て、完全に臨界点を超えてしまう。


 

『炎城寺の試合見たことあるけど完全に素人。絶対仕込みだわwこんな女、俺ならワンパンで沈められるんだがwwww』


 

「こ、こ、こいつ……こっちが礼儀正しくしてたら、調子に乗りやがって……」


 紅子の全身が震え、右手に掴んでいるマウスがミシミシと音を立てた。


「もう許せないわ!」


「落ち着いてください! お嬢様!」


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『わたしに勝てるっていうなら名前出して正々堂々勝負しろよ! 匿名でいきがるな!』

 

『うわ、なにこの女。勝負とか子供の喧嘩かよ……恥ずかしいやつだな』

 

 炎城寺紅子@Redfaire

『お前が勝てるって言ったんだろ! 勝負してやるから名前と住所書けよ! 決闘だぞ! 逃げんなよ! ボコボコにしてやるからな!』

 

『ヒエッ〜幼稚園児なみの発言www』

 

 炎城寺紅子@Redfaire

『住所書けって言ってんだろ卑怯者!』

 

『こいつ本当に十七歳なの? 七歳の間違いじゃないのww』

 

 炎城寺紅子@Redfaire

『おまえ住所突き止めて殺すからな!』

 

 炎城寺紅子@Redfaire

『絶対殺しに行ってやるから覚悟しとけよ!!!』


 

【このアカウントは凍結されました】


 

「………………」


「あらぁ……早かったですね。開設から三十分でアカBANされちゃいましたか」


「なによこれ……」


 マウスを連打しながら、いっこうに操作できなくなった画面を見て、紅子がつぶやく。


「殺害予告するような悪質な利用者は、Twiterの運営からアカウントを停止されることがあるんですよ」


「なんでよ! 悪いのはあいつらの方でしょ! うがああーーーー!」


 紅子が怒りに任せてキーボードを殴りつけ、キーキャップが2、3個飛び散った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る