第3話 紅子とイルカとインターネット②

 千堂イルカは、紅子とは対照的にインドア派であり、機械関係やIT文化に詳しい。といっても、プログラミングやホームページ作成、動画編集といった生産的なことはろくにできず、もっぱら下らないブログや動画を巡回して、ゲラゲラ笑うことを趣味としているだけなのだが。


 とはいえ、紅子はイルカのことをパソコン博士として信頼しているので、帰宅して早々に、新しいパソコンのセッティングを命じた。


 イルカは、慣れた手付きでウインドウズの設定と炎城寺邸の無線LANへの接続、Twiterのアカウント取得を行い、三十分と経たないうちに、紅子のSNSデビューの準備は整った。


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『総合格闘家。世界最強です。Twiter始めました』


 

「よーし、ついに開設できたわね! さっそく発信していくわよ!」


 十二時間を超えるフライトで、二年ぶりの実家に戻ってきたというのに、紅子には休むという選択肢はまるで存在しない。


 突然の帰郷に大慌てした使用人たちへのあいさつもそこそこに切り上げ、自室の机の前に座って腕を鳴らした。


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『この炎城寺紅子が、みんなに格闘技の極意を教えてあげます』


 

 ポチポチ、ペチペチ、と紅子は慣れない手付きでキーボードを叩いて、ツイートを送信する。


「どう?」


 紅子は誇らしげな顔をイルカに向けた。


「どう、とは?」


「わたしだってキーボードで文字を打つくらいはできるのよ」


 紅子とて義務教育は修了しているので、基本的な情報教育は受けているのだ。


「はあ。たしかに、もしかしたらキーボードの打ち方から教えなければいけないかと懸念していましたので、その点は安心しました。まあ、タイプ速度が遅すぎて、若干イライラしますけど」


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『わたしが戦い方を教えてあげれば、日本人はみんな強くなると思います。そうして、もう二度と戦争に負けることがない、強い国になればいいなと思います』

 

 炎城寺紅子@Redfaire

『とりあえず初心者は、うさぎ跳びを一日五百回くらいから始めるのがいいと思います』


 

「これでよし」


 十分あまりをかけて、ツイートを三つ送信したところで、紅子は椅子の背にもたれこんだ。


「とりあえず、こんなもんでどうかしら、イルカ」


 紅子が顔を向けて、パソコン博士に感想を求めた。


(ゴミのような文章ですね、小学生の作文のほうがまだマシですよ……って言ったらどうなるんでしょうか)


「ゴミのような文章ですね、小学生の作文のほうがまだマシですよ」


 イルカは、考えたことがそのまま口に出る性格だった。


「ああああああ!? なにがゴミだってのよ!」


 いまにも殴り掛かりそうな剣幕で、紅子が凄んだ。


「いえ、だって。『思います』『思います』『思います』の三連発ってなんですか。もうちょいセンスのある言い回しっていうか、まともな文章書けないんですか」


「大切なのは、上っ面の言葉遊びじゃないでしょ。内容が大事なのよ」


「内容はもっとひどいんですが」


 だが、紅子はもうイルカの言葉に取り合わず、ふたたびツイートを送信した。


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『みんなからの質問も受け付けます。わたしはチャンピオンだからといって、偉そうにする気はありません。みんなと気さくに交流してあげようと思ってます。わたしに聞きたいことがあれば、遠慮なく質問してください』


 

 実に偉そうな文面であった。


「よし。これで、わたしのファンたちが沢山やってくるでしょうね」


 紅子の言葉通り、それから三分と経たないうちに通知が表示され、反応があったことを告げた。


「はや! もう反応が来ましたよ」


「わたしってやっぱ有名人なのね、ふふ」


 紅子は微笑みながら返信のツイートを開いた。


 

 さくらもち@seeBall7

『炎城寺さん、質問です』


 

「『さくらもち』さんかあ……ようこそ。あなたは炎城寺紅子Twiterの、記念すべき一人目のお客さんよ。……フォロワーって言うんだっけ?」


 

 さくらもち@seeBall7

『八百長でチャンピオンになるのに、いくらお金を使ったんですかwww?』


 

「あ…………?」


 浮かれていた紅子の全身が停止し、こめかみに青筋が浮かんだ。


「八百長……だと……」


「あらら、さっそく厄介なのが絡んできましたね。これが俗に言う『荒らし』というやつですよ」


 しょっぱなからネットの闇に触れてしまった紅子に対して、イルカが解説する。


「こういうのがいるから、お嬢様がネットするのは不安だったんですよねえ。お嬢様、こんな安っぽい煽りにのってはいけま――」


「殺してやるわこいつーーーー!!!」


 煽りにのってはいけません、とイルカが言い終える間もなく、紅子は光速で反応して怒りくるっていた。

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