第2話 拾われた命

 町の全体が見渡せるほど見晴らしのよい丘の上。


 そこに、俺はいた。

 

 俺が赤ん坊として転生?してから、はや十年の月日が過ぎ去っていた。

 

 その十年の間に、俺の肉体は大きく変貌を遂げた。


 当然だが、俺の身長は大きく伸び、一メちょいまで大きくなっていた。

 目が覚めた時が数十センチ程度だったのだから、大きな変化といえるだろう。

 髪も、黒い短髪が生えたし、歯も生え揃った。


 もうどこから見ても、立派な少年だろう。


「ふう。」


 俺は、丘の上の草原の上に、大空を仰ぐように寝転がった。

 

 草木をたなびかせながら吹く風は、肌を心地よく撫で、勉強と仕事で疲れ果てた心と身体を癒してくれる。

 

 …少し煙たい気がしなくもないが。


「あ、やっぱここにいた。」


 ふと、頭の上から声がした。

 俺がそちらを見上げると、そいつも上から俺を覗いていることに気がついた。


「アスト、か」


 それは、俺の幼なじみ、ある意味兄弟とも呼べるような間柄の少年だった。


 明るい金髪の髪を肩まで切りそろえた風貌は、すこし少女のような印象を受ける。


 そんな彼が、俺に向かって苦言を呈してきた。


「また仕事サボったでしょ。ジルさんたち凄い怒ってたよ。」

「ちょっとした休憩だろ。労働基準法しっかりしてないと訴えられるから、俺がちゃんと休んでやってるんだよ」

「それ、本人にいったら絶対ぶたれるよ。」

「安心しろ、俺も絶対言わない。」


 俺の不遜な物言いに、アストは少し呆れたようにため息をついた。


「キミさ、なんでそんなサボりなのに、学校のテストでは僕と同じくらい良い点取れるの?」

「ちゃんと家で復習やってるから。」

「嘘。」

「お前の答案覗き見てるから。」

「…え、ほんと?」

「嘘。」


 そんなことを言っていたら、アストはいじけてそっぽを向いてしまった。少し可愛いらしい。

 なんだろう、弟みたいだ。


「で、何しにここに来たんだ?なにかあったのか?」


 俺は話題を変えるため、アストに質問を投げかけた。あのままへそを曲げられると面倒だからである。


「ああ、そうだった。」


 アストはポン、と手を叩くと、俺に要件を伝えてきた。


「今日、学校のみんなと遊ぶ約束してたでしょ?キミ忘れっぽいからわざわざ教えに来てあげたんだけど、覚えてた?」


 ……あ。


「ハッ!そういえば、そんなことを聞いた覚えがある、ようなないような…。」

「ほら、やっぱり。」


 アストは、どうだ、とドヤ顔を見せているが、気にせずスルーする。

 俺は、忘れかけていた記憶を思い起こし、丘の上から飛び起きた。


「じゃあ、どっちが先に広場に着くか競走しようぜ。」


 俺はふと思いついた勝負事を口にする。後から思えば、少し子供っぽい提案だっただろう。


 しかし、以前の俺がどうであれ、今の俺は10歳の子供だ。何も問題は無いし、なんなら隣のアストも乗り気のようだ。

 

「いいね、やろう!」

「じゃあ、いくぞ。ヨーイ…」

「ドン!」


 俺が集中するなか、アストは一足早く、俺の前から駆け出していった。


「あ!それずるくね!?」

「この間、ネウもやってたでしょ!!」


 ネウ、それが今の俺の名前だ。


 由来はまだ分からない。


 だが、何故か分からないが、俺は結構この名前を気に入っているのだ。


 俺とアストは、丘の上から広場に向かって一直線に駆け出していった。

 

 煙が吹き出る、工業の町へと。



◆◇◆◇◆



 俺が赤ん坊の頃いたあの荷車のような場所、あそこはどうやら商人の持つ荷台だったようだ。


 気がついた時には、見知らぬ女の人と見覚えのある強面たちに見下ろされていた。


 そこでも軽く気絶しかけた。


 で、なんやかんやあって商人に拾われた俺は、主に強面たちの元で部下として育てられた。


 強面たちは子育てがあまり得意ではなかったようで、何度か失敗しながらも、俺を育ててくれた。

 そこの所には凄く感謝している。

 最近ちょっと厳しいけど…。


 アストは、俺を拾ってくれた商人の子供だ。

 アストは主人、俺は使用人のような関係ではあるが、まだまだ幼いせいか、それとも親の方針か、それほど硬い間柄ではなかった。


 強いていえば、俺のサボりを、しつこく注意してくるくらいだろう。

 そんな暖かい家族たちのもと、俺は何事もなくすくすくと育っていた。


「おーい、遅いぞ!」


 ふと気がつくと、学校の友人たちが俺たちを呼んでいることに気づいた。

 考え込んでいたら、いつの間にか広場に着いていたようだ。

 

「やった!勝負は僕の勝ちだね!」


 アストの言葉に気がつくと、アストの方が若干広場に近いことに気づいた。


「ああ、はいはい。すごーい、アスト君すごーい」

「えへへ。」


 俺の半ば適当とも呼べる賞賛に対して素直を喜べる所は、しっかりしているようで子供っぽい。


「鬼ごっこしよーぜ。」


 クラスの中でもヤンチャな部類に入るクラスメイトが、鬼ごっこを提案する。


「さんせ〜。」

「いいね。」

「誰が鬼する?」

「じゃあ、鬼はネウね。」


 …完全に傍観していた俺は、そんなアストの一言に、思考が一瞬停止する。


「え?な、なんで?」

「え、だって、ネウ今日来るのが一番遅かったじゃん。それに、ネウもいつもなにか決める時、こういう方法使ってるし。」


 …確かに、そんなことをしていた覚えがある。

 まさか、自分のやっていた事が、回り回って自分に帰ってくるとは…。


「じゃあ、ネウの鬼ね!逃げろー。」

「え、ちょ…」

「「「わあぁぁぁぁぁ!」」」


 アストがそう啖呵を切ると、俺がなにか言うより前に、少年たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「…まったく、ガキだな。」


 俺はそういってため息をつく。


 だけど、こんな状況に、少しだけワクワクしている自分に、そんな事を言う資格はないだろうな。

 

 そんな自虐を思いながら、俺は六十秒間数え始めた。


「五十八…五十九…六十!よし、全員捕まえてやるぞ。」


 俺は、秒数を全て数え終わると、逃げていった奴らの後を追って、走り始めた。


 人数は、全員で十人。ルールは逃〇中のような形式だ。

 捕まった人は、広場に戻らなければならない。

 そして、逃げる側は二十分間逃げ切れば、勝ちである。


「さて、まずはどこにいくかな。」


 俺は、頭の中に街全体の大まかな地図を開いた。


 そこから、子供たちが逃げ込みそうで、なおかつ自分の位置から近い場所を探す。


「よし、じゃあ、あそこにいくか。」


 俺は、ある場所に向かって、最短通路を走り出した。


 塀に登り、屋根に登り、その上を軽やかに駆け抜ける。

 子供の軽い体重だからこそ出来ることだろう。

 それに、俺は小さい頃から、積極的に身体を動かすような生活をしてきた。荷物運びや配達など、仕事は多岐にわたる。

 商人の従業員に育つというのは、なかなかに重労働なようだ。


「…俺まだ10歳なんだけどなぁ。」


 そんな他愛もないことを考えていると、さっそく逃げ組の少年たちを見つけた。

 どうやら、二人で逃げているらしい。


「よーし。」


 俺は降りられそうな段になっている場所を見つけると、トントントン、と軽やかに駆け下りた。

 そして、曲がり角に先回りし、そっと息を潜める。

 すると、無警戒な二人の足音と息遣いが聞こえてきた。


 それらが来るまでギリギリまで粘り、一気に飛び出た。


「ばぁ!!」

「「わぁぁ!!」」

 

 案の定、二人の少年は驚きのあまり、心臓が口から飛び出たかのような表情をしていた。


「はい、確保。」

 

 俺は二人の肩に手を置き、そう言い残すと、また屋根を伝って次の獲物を探しに走り出す。


 次に見つけたのは、俺の知る中で三番目に足の早い少年だった。


 彼は人混みの多い大通りにいるようで、そこでも油断せず周りを見渡している。


「だけど、流石に真上は盲点だろ?」


 俺は街の家屋を屋根伝いで移動する。

 前に腐った空き家の屋根を踏み抜いてしまうことがあったので、できるだけ軽く素早くするのが大切だ。


「大丈夫だ、ここなら絶対見つからないし、見つかったとしても直ぐに逃げられるぜ!」

「さすが!ダーちゃんすごい!」


 少年の取り巻きらしい二人の少年がダーちゃんと呼ばれた少年を称える中、俺は静かに上から忍び寄ると、屋根に足をひっかけて宙ずりの状態で彼らを確保する。


「わぁ」

「うわぁ!」

「よぉ、発想は悪くないけど、油断はダメだぜ。」

「く、くっそぉー!」


 俺のドヤ顔にダーちゃんは悔しそうに地団駄をふむ。


 その様子に笑いながら、俺は再び屋根を伝って新たな獲物を探すのだった。



◇◆◇◆◇


 鬼ごっこが始まってから十五分がたった頃、広場には参加したほとんどの少年達が集まっていた。


「はあ、また勝てなかったぜ。」

「ネウ速すぎ〜。」

「アイツに勝てるのアストくらいだろ?もしかして、商人の家の人ってみんな強いのかな?」


 少年たちは、二人の少年のことについて口々に語っていた。


 曰く、ネウという少年はこの〖工業商業街〗の子供の中では最強である、と。

 曰く、アストという少年は学校のテストでは上級生をも超えるほどの頭脳の持ち主である、と。


「アイツらならさ、〖軍人〗なれるんじゃないかな?」


 一人の少年が発した言葉に、周囲はハッと息を飲む。

 だが、すぐにほとんどの少年が、いやいや、と首を横に振った。


「軍人って、〖防衛軍〗のことだろ?流石に無理じゃないか?」

「ええ?僕はあの二人ならなれると思うんだけどなぁ。」


 しょんぼりとする少年に対し、イヤイヤと答えた少年たちの一人が、だってさと言い放つ。


「防衛軍は〖魔獣〗と戦うんだぜ?そんなの普通の奴らじゃ無理だって。」


 魔獣、それは少年たちにとっては、寝る前に聞くおとぎ話や、大人の武勇伝などで親しみ深いものだ。

 しかし、だれも実物の魔獣を見たことはなかった。


「まあ、軍人がかっこいいってのはオレも思うけどなぁ。」

「でしょ?いいなぁ、きっと魔獣とかいっぱい倒すんだろうなぁ。」


 少年たちは、憧れのヒーローを思い描き、それらが凶悪な獣たちを打ち倒す姿を想像した。


「やっぱ軍人かっけぇな!!」

「でしょ!」



 しかし、少年たちは─否、その街の住人たち全ては、想像すらしていなかった。


 肉を喰らい、血を啜り、生命を平らげる、凶悪なケダモノたちの鋭い牙は、すぐそこまで近づいていることを─


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