第3話 転校生

 転校生の名前は岸野浩之。校庭の裏の木々が色付き始めようとしている頃の事だった。関東地方から来た転校生は、田舎の学校では、都会者のイメージしかない。しかも横浜というお洒落な二文字の地名が彼の元いた場所だ。


 そして岸野は典型的な優男、王子様タイプだった。長い睫毛まつげとかクルクルとした巻き毛とかソフトな身のこなしと話し方とか。前にいた中学は私立大学の付属校だったみたいで、勉強の進度が随分進んでいた。そしてスポーツも得意で、全てにおいて器用だった。


 その岸野も外国映画に詳しくて、織田さんと話が合った。当時の田舎の中学はゆるやかというか、映画雑誌を学校に持って来ていても叱られなかった。岸野は毎月、有名な二種類の月刊誌を買っていて、よく持って来ていた。それを借りてページをめくっている織田さんの瞳はキラキラ輝いていた。


 一際ひときわ目立っている優等生の岸野と仲良くしている事で、織田さんには、例の主要な女子グループも、もはやしょうもない意地悪は出来なかった。なぜなら、理不尽な事を彼女らが言うと、岸野がハッキリと抗議するから。そういうタイプは、これまでこのクラスにはいなかった。情けないけど、僕はあんなふうにしっかりとした抗議は出来ていなかった。ちょっと助け舟を出す位で。


 そしてクラスメート達は、すっかり明るくなった織田さんの晴れやかな笑顔に、以前には見られなかった輝きすら見るようになった。それはまるで雲に覆われていた太陽が顔を出したかのようだった。


 まぁ織田さんが岸野を好きだったのは、割と顔に出ていた。何せ、彼は『二人のホワイトキャッスル』に出た俳優によく似たタイプだから。

 それに前みたいに外国映画の話をしていても、織田さんは、岸野の見方と僕の見方が食い違う時、岸野の方を支持する。

 例えば、TVのロードショーであの主人公が助けを求めたドライブインはセットだったかどうかなんて、しょうもない事。


「あれ、本当に営業してるんだろーな。行ってみてー」と僕が言う。


「あれはセットだろ」と岸野が言う。


 すると、織田さんが「そうよ。セットよねー」みたいに岸野に同意する。


 ま、別にどうでもいいんだけど、何かムカつく。まあ嫌うより好きという感情はいい事だし、特に孤独だった彼女にとっては好ましい事ではあると、僕はちょっとイラッとする気持ちもあったが、彼女のえこひいきに眼をつぶった。


 冬の声を聞く頃になると、隣のクラスの子達が、岸野と織田さんが二人で映画館にいるのを見たと噂し合っていた。噂にしたって、岸野がダッフルコートで、織田さんがピンクベージュのコートだったなんて結構、リアルな描写付きだ。


 でもそんな噂の真偽を確かめる機会もなく、僕の家族はその冬引っ越しをした。新幹線で何時間もかかる地方へ。そして三学期を新たな学校で迎える事となった。


 大人になるまでの間の色々な折々に、僕は彼らのその後を実は思い描いていたのであった。彼らの関係がもしかしたらそのまま恋愛から結婚に発展して、この地方都市で家庭を築いているかもしれないという想像。それは、なぜかそうであってほしいという自分の願望付き。少しの野次馬根性と、あとささやかな幸福感みたいなものかな。自分の人生には、無縁だった古い少女漫画の童話のような世界。それをリアルに生きてるやつがいるというのは不思議だが、何だか平和な気がした。別に古いのがいいとは全然思わないが。 


「織田さんは、あいつとは連絡とってるの? 岸野とさ。ほら岸野浩之だよ」


「ううん。中学卒業して以来、会ってない」


「そっか……」僕は意味もなく、淡い夢が消えた気がした。

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