第2話 再会
研修の後半が終わった三十分後に、僕は駅前のレトロな喫茶店に彼女、織田雅絵と向かい合って座っていた。僕達の前には夕陽のような色の紅茶が
健康食品の説明会から出てきた織田さんに声をかけ、半ば強引に連れて来た感じだった。
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僕が、彼女とどこかで二人きりで話し、気をつけるように忠告するつもりだと言った時、斎藤はエッという反応だった。自分がそうした方がいいと言ったくせに。そう文句を言うと、斎藤は言った。
「だけどさ、女と二人でなんてヤバくないですか? 奥さん、迎えに来るのに」
「あ、そういやそうだった」
その日、妻は休みなので、車で迎えに来て一緒にホームセンター等に寄って帰る予定だった。
「変に誤解されたら、ヤじゃないすか?」
弟的存在の斎藤は、僕の妻、紗英とも会ったり話したりした事がある。
「いやー、彼女と二人でいても、誤解されるとは思えん。全くそんな気起こらんし」
「それ、どういう意味? そんなにひでー女? ま、年寄でもないのにあんな健康食品の説明会に顔出す女に超美人とかはあり得んけど……」
「いやー、それは彼女に対し失礼だ。それは単にオレの趣味と違うというだけで、彼女をいいと思う人もいるだろうし」
「先輩、それ、なお失礼じゃ?」
そこへ妻の紗英が現れた。
「『オレの趣味』がどうしたの?」
「いや、それが……」
僕は、今までの経緯をそっくりそのまま話した。
「元同級生と言っても、年月経ちすぎてもう他人も同じだし、もうあと何年かで四十代になろうかって女に忠告もないよな」僕は自分の軽はずみな思いつきを制してそう言った。
妻の言葉は意外だった。
「言ってあげた方がいいんじゃない? ユウ、その人の事、前にも話してたじゃない?」
「え? そうやったっけ?」
「うん、お義姉さんの家で昔話してた時に。中学の時、イジメられてた女の子が映画の話になると生き生きしてたって」
「よく憶えとるなー」
「誰かさんみたいに酒飲まんし。でもホント言ってあげた方がいいと思うよ」
「じゃさ、紗英も斎藤も同伴じゃどう? その方がオレも切り出しやすいかも」
「何言ってんのよ。知らない人物が二人もいたら向こうが余計、緊張するじゃない。それに久し振りに同級生同士で会うんだから、ゆっくり二人で話した方がいいよ。そうして気持ちが
「紗英さんの言う通りですよ」と斎藤も言う。
「そんなモンか? 女って」
「そうよ。だからゆっくり話してきて。ホームセンターは今度でいいじゃない」
「ん」
「ほら!ユウが緊張しててどうすんの」
「好みのタイプじゃないというか、苦手なタイプなんですか? 先輩にとっては」と斎藤が言う。
「でも彼女に
「
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眼の前にいる織田さんは、昔と変わらない。と言うか以前の彼女の色々な特徴はさらに年数分、増した気も。
斎藤や妻に話した事に嘘はなかった。僕の好みとは言えないが、彼女はどうにかしたら可愛くなる可能性を秘めている、残念なタイプだ。彼女を好きになる男もいるだろう。それは昔から思っていた。昭和のアイドルタイプの顔である。ふっくらした丸い頬に子狸のようなクリッとしてこぼれそうな大きな眼はつぶらだし。僕の叔母さんが若い頃流行ったという、大きなフリフリレースの襟のブラウスとギャザースカートを着ている写真を見た事があるが、あんな格好は似合っただろう。
昔のアイドルに似た顔の子はいた。確か、一つのドラマで良いコとスケバンとを演じ分けるような……。
「織田さん、あまり変わらないね。研修会の会場に行く時に見かけて、懐かしくて声をかけたけど、忙しかった?」
「ううん。今日はもう、あたしの用事は済んだから。南君こそ良かったの? さっき一緒にいた人、奥さんでしょ?」
「え!? 知ってたっけ?」
「初対面だけど、感じで分かるわ。スラッとした美人さんね」
彼女がカンを働かせられるようになったのは成長だろう。そう、彼女は気を利かせたりとか、そういうのが苦手な人だった。それが出来て、もっとハキハキしていたら、そしてセンス磨いたら、きっとモテタイプだったのに惜しいと思っていた。
「織田さんは結婚していないんだね」
僕は彼女の指輪をはめていない、少々ふっくらとした荒れ気味の指を見て言った。
「ええ」
「あ、いや、今は多様性な時代だし、生き方それぞれだから。踏み込んじゃってごめん。昔さ、織田さんって少女漫画とか、洋画とか詳しかったよね。今でもよく映画観に行ったりする?」
「あまり。今時のシネコンって苦手なの。それに最近の映画って観たいと思うのあんまりなくって」
「オレもそう。でもね、ネット配信の、家で観るの、楽しいよ。昔のとかも観れるしさ」
「そうね、もっと何か楽しみ、見つけないとって思ってる」
そう話す時の織田さんは何だか寂しそうだった。
「織田さんの好きそうな映画、最近のでもあるよ、結構さ。純愛系とか好きだったよね、あの頃公開された『二人のホワイトキャッスル』とかさ」
「南君からよくからかわれてたよね。何でも雪で覆われたらキレイに見えるよなって」
「オレ、そんな
『二人のホワイトキャッスル』は男からしたら「なんだかなー」みたいな、全米が涙する悲恋もの。いや全米の男も見るかどうかはビミョウ。アイススケートのコーチと盲目となった少女との純愛物語。雪の降る中で二人がペアで滑ってジャンプするシーンが圧巻だった。キャッチコピーは、「雪の中では、たったふたりぼっち」だったはず。僕は姉に無理やり付き合わされた。
この映画に出てくる俳優を、織田さんは好きだった。美しい金髪で、カーブを描いたしっかりとした眉の下の眼はブルー。笑顔は紳士的な柔和さに満ちている。彼女は、いかにも優等生のこういう優男タイプに弱いみたいで、好きとあげる俳優は皆同じタイプだった。つまり、古き良き時代のアメリカの郊外に住み、スポーツも勉強も得意で、大きなリビングルームで家族とソファーに座っていそうなタイプ。
「南君は、アクションものとかサスペンスとか好きだったよね? あと香港映画のカンフーものとかゴーストストーリー。現れた美女が幽霊だったり、好きになった青年が実は幽霊だったり……」
「それ、二人とも好きやったよね? あんな綺麗な幽霊の女の子、いないよな」
「それ、昔も言いよったよね? あんな王子様みたいな男はおらんとか」
「ん。からかって悪かったと思ってる。オレ、織田さんの夢、壊すような事、ずいぶん言ってたよな」
僕はしみじみ言った。そう、彼女にだって王子は訪れたのだから。
僕達がたまに会話を楽しんでいた日々が過ぎ、夏が過ぎ、二学期が始まり、これから秋が深まろうという時期に、一人の転校生が我が校にやって来た。
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