第2話

 私(わたくし)、アリア=フォン=ムントベルクは、自他共に認める天才でした。


 私の生家は全盛期を過ぎ、衰退の始まりといったところもあったせいか、幼少期より過密で高度な教育を施されました。


 いずれ、ムントベルク侯爵家の当主となった姉と共に家の復興を成し遂げられるようにと。兄は放蕩癖があるせいで家には常にいませんでしたし、当然私もそれに異論はありませんでした。なにより私にとって侯爵家の復興は、一種の夢になっていましたわ。


 そんな私が幼き頃より、幼馴染としていつも側にいたのがエリック=フォン=ロードナイトでした。

 ロードナイト子爵家は侯爵家より二周り家格が劣るものの、代々皇国の騎士団長を務めてきた家であることから、両親は私とエリックが一緒にいることに異存はありませんでしたし、もっと言うならば婚約者になるのもとんとん拍子で話は進んでいきました。


 そんな私でしたが、エリックのことが好きでした。いえ、愛していました。

 いつもおっちょこちょいで、常人や他の貴族に比べ劣っているにも関わらず、それでも必死にに努力するエリックは、生まれたときより全てを兼ね備えていた私にとってはとても輝かしく見えました。


 お互い幼い頃から付き合いは深かったですし、なにより花のようなエリックの笑顔は私の心をとても癒やしてくれました。

 でも、いつからでしょう。

エリックの笑顔は無くなってしまいました。


 今思い返すと、私が彼に行っていたことはあまりにも過激で、それでいてあまりにもひどい仕打ち。

 でも、私は彼が大人しく反抗しないとばかり思い込んで……そうやっていつか私にとってのエリックへの愛は歪んでしまったの。


 そして、今日……ついに私は彼との一線を越えてしまった。

怯えるような表情しか見せなくなったエリックが、久しぶりに違う表情を見せたと思えば、そこにあったのは憤怒に燃えるエリックの顔。


 結果的に私はエリックとの婚約を一方的に破棄された。

そしてようやく気付きましたわ。


 私はエリックにとって最早恋人ではないのだと。

私のせいで、私が行ったことのせいで、自分のせいで、私はエリックとの婚約を失った。


 でも、だからこそ彼に謝罪しなければならない。

もしかしたら、私を許してくれるかもしれない。

 自分でも浅はかな気持ちだというのは理解していますわ。

でも、それでも私は……エリックとの婚約を――いや、エリックとの仲を失くしたくない。


 無我夢中で私は部屋から飛び出し、子爵家の館を走り抜ける。

私が、私が謝らないと、謝らないと。


 そうしてたどり着いたエリックの部屋。

今すぐにでも扉を開けたくなりますが、その気持ちを抑え、ただこんこん、と二度ドアをノックします。


 返答はない。

扉に耳を当てて聞き耳をしても、音が聞こえない。


 まさか。

「エリック!」


 ガチャリ!とドアノブを回す音が響き、ギギィという風な軋んだ音と共に扉が開く。


 いつもなら、魔術入門の本を難解そうに読んでいる彼がいるはず。

でも、そこには。


 誰もいない。

部屋を慌てて見回す。すると、ある涙に濡れた紙だけが机に置かれている。


 そこに書かれていたのは【家を出ます。皆さん、どうかお元気で】という短いインク字だけ。

 あぁ。そうか。

彼は、本当にいなくなってしまった。


 他の誰でもない。私のせいで。

「あ、ああ。あああああ!」




 新月の夜。

暗闇に浮かぶ館に、ただただ悲しみに溢れた慟哭が響き渡った。

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