最弱の魔王〜落ちこぼれ貴族の成り上がり〜

@shololompa

第1話

「エリック、あなたは何故ここまで鈍臭いの?」


 廊下でたまたまコケてしまった僕は、聞き慣れた…でも、今は絶対に聞きたくなかった声が背後から聞こえてしまったことに、思わず顔を青くしてしまう。




「あ、アリア…ご、ごめ「言い訳など聞きたくありませんわ。ホント、使えないわね」


 鋭く、軽蔑した声が僕の心を容赦なく穿っていく。


謝罪の言葉すら聞き入れられず、彼女は呆れたように唇を開いて。




「はぁ、なんでこんなのが私わたくしの幼馴染な上に婚約者なのかしら?イマイチ納得がいきませんわ」


 そう言ってわずかに頬を紅くしている、お人形さんみたいにきれいな肌に、青い目、金糸みたいに細くてサラサラしたロングヘアーの美少女。


 彼女は名前はアリア=フォン=モントベルク。


いわゆる貴族令嬢っていうやつで、彼女はその中でもトップクラスの侯爵家の令嬢だ。




「ごめんなさい、アリア、僕が鈍臭いせいで…」


「二度も言わせないで。言い訳は結構でしてよ」


 そう言ってアリアはカツカツと僕を素通りするかのように去っていく。




「うっ、駄目だ。まだ泣いちゃだめだ。男は泣いちゃ駄目、駄目」


 思わず泣きそうになってしまうが、それでも僕はひたすら暗示するように言葉を繰り返し、ゆっくりと立ち上がった。








 僕の名前はエリック=フォン=ロードナイト。


アリアよりは家の格は低いけど、それでも貴族のロードナイト子爵家の長男で、両親にはとても可愛がってもらっていたと思う。




 でも、僕は幼い頃から人並み以下だった。

努力しても人並み以下にしか出来なくて、能力は人並み以下ばかりで。




 家督も無能な僕では務まりきらないと判断した両親と僕自身の要望もあり、僕の弟が家督を継いでくれることになっている。


 そう。僕はいわゆる貴族の中では落ちこぼれっていうやつなのだ。


武芸もできなければ頭も良くない、すぐドジを踏むし特技を持っているわけでもない。貴族の証である魔術もそんなに上手じゃない。




 でもそんな僕にとっての自慢が、幼馴染であり婚約者フィアンセのアリアだった。


 彼女は侯爵家の次女だけど、とても頭が良くて、剣術の先生も敵わないくらいに強くて、それでいて僕みたいな鈍臭いやつを婚約者にしてくれた。




 それが僕にとっては本当に幸せで、僕はアリアの為なら命だって捨てられるくらいに、彼女のことは愛していた。


 そう、あの時までは。











 ある日の夜。


夕食後、僕の実家に泊まりに来ていたアリアは、突然僕のことを部屋に呼び出した。




 僕は当然、身なりが崩れてないか、食べ物のソースとかが服についてないかをちゃんと確認して、アリアの寝泊まりしてる部屋に向かった。




 いつも見てる黒樫の扉は、特別重く感じられて、でもひと呼吸して、勇気を出して僕は扉を開いた。




「あ、アリア。と、突然どうしたの?」


「そうね、まずはそこに座りなさい」


 アリアはベッドに腰掛けて難しそうな魔術本を読みながら、僕の方を向きもせず、ドレッサーの前にある椅子に座るように言う。


 当然、いつもアリアはこんな感じなので、断る理由もなく、アリアの言うとおりに椅子に座って。




「………」


「………」


 パラ、パラ、とページをめくる音だけが規則的に部屋に響く。


それ以外に音がないせいか、僕は自分の心臓の音がいつもより大きく聞こえてしまって、ただでさえあった緊張感がもっと強くなって僕の心に襲いかかる。




「………ねぇ、エリック」


「な、なに?」


 僕は若干どもりながらも、彼女の声に答える。




「あなた、恥ずかしくないの?」


「えっ?」


 アリアは未だ僕の方に目をやらず、本を読みながら、ただ淡々と僕に対しての言葉をなげかけてくる。




「ろくに何もできず、魔術すらも扱えない。ねぇ、そんな貴方に付き合ってあげている私に感謝の気持ちすらないの?」


「ご、ごめん。ぼ、僕なんかの婚約者でいてくれてありがとう」


「ソレ、本当にそう思ってるのかしら?」


 え?




「いつも貴方はそうよ。ごめん、僕なんか、ありがとう。これしか言ってないじゃない。小さい頃もそう…私がいないとすぐどこかに行って怪我をして多数に迷惑をかける」


「ごめ「また”ごめん”。それしか言えないの?貴方、公用語程度は学んでるでしょう?」




「あ、アリア。えと、僕、何か君の気に触るようなことでも、したのかな?」


 今日はやけにあたりの強いアリアに僕は少し疑問をいだき、勇気を出す。




 だが、次に待っていたのは悪態でもなんでもなく。


唐突に訪れた腹部への激痛だった。




「ぅ、おぇ!」


「気に触るようなこと、ですって?」




「そうよ。気に触るようなことをしてるの。いつもいつもいつもいつも!貴方は成長の欠片すら見せない」


「ひっ、ごめん。僕、頑張るから。ちゃんと、頑張るから」


 謝らないと、謝らないと。ちゃんと、アリアに謝らないと。怒らせてしまった、謝らないと…。




「ハッ、頑張るから、ですって?笑わせないで!」


 椅子から転げ落ちて、涙目でアリアを見上げていた僕のがら空きのお腹に、また激痛が走る。先程よりも強くて、衝撃がある。




「う、げほっ!げほっ!」


「いつもそう。いつもそうよ!人並み以下で!努力なんてしても何もできないくせに!私がいないと何もできないあなたが頑張るなんて言葉、使う資格はないのよ!」


 今度は背中に激痛が走った。


あまりの痛みに、思わず床に這いつくばってしまう。




「あ、ありあ。ごめん、ごめんなさい」


「あー!もううるさい!黙りなさい!このッ」




「役立たず!」


 その時、僕の中で何かが切れた。


落ち着け。役立たずなんて、いつも言われてるじゃないか。落ち着け、落ち着け、落ち着け。




「そうよ。何もできない役立たず。努力してもたいして伸びしろのない貴方は、私の背に一生隠れているのがお似合いよ。違うかしら?」


 落ち着け、落ち着け。努力しても伸びしろがないなんて事実じゃないか。落ち着け、落ち着け。




「まぁ、そんなのだから弟に家督を奪われたのでしょうね。まぁ、当然ですわ。貴方みたいな愚図が兄なのだから、弟も本当にラッキーだわ!だって、何もしなくても家督が手に入るのだから!」


「本当に幸運な弟ね!今頃、兄がここまで落ちぶれたことを見て大笑いしてることでしょう!兄さんがひどく役立たずなせいで家督をもらえたよ!ありがとうって言ってるに違いないわ!」




「違う」


「は?」




「ジョンはそんなやつじゃない。取り消せ、いますぐ、取り消せよ」


「あなた、誰にそんな口を聞いてるか分かってるの?」


 アリアは、這いつくばっている俺を見下して、どんっ!と更に強く背中を思い切り踏みにじる。


 ヒールの足が背中にえぐりこんでいる。


痛い、痛くて泣きそうだ。でも、でも。




「取り消せ、取り消せよ!ジョンは、ジョンはそんなやつじゃない!僕のことを馬鹿にするのはいい!だけど、ジョンをバカにするな!」


 ジョンは、僕みたいなやつには勿体ないくらいに良い弟だ。


太陽みたいに暖かくて、優しくて、体の弱い僕のためにいつも部屋で外の話をしてくれて、それに家督を継ぐのだってジョンは望んでなかった。僕は冒険者になるんだ、それで兄さんの体が良くなる薬を探してくるって、ずっと言ってた。家督を継ぐってなった時、部屋でジョンが泣いてたのも知ってる。ジョンは、自分の意思ではなく継ぎたくもない家督を継ぐことになったんだ!




「だから、誰に口聞いてるかッ「お前だ!」


「アリア=フォン=モントベルク!お前に言ってるんだ!」


「なっ!」


「今すぐ、取り消せ!ジョンを悪く言ったことを、取り消せよ!」


 僕の頭が真っ白になる。


でも、これだけは許しちゃだめだ。その思いだけが僕を動かしている。




「は、ハッ!なに?事実でしょう?違うのかしら!違わないからムキになっているんでしょう?本当、バカはわかりやすくて困りますわ!」


「……取り消さ、ないんだな」


 ふとアリアの力が緩む。


その隙に僕はアリアの拘束から逃れて、ふらふらと立ち上がる。




「取り消さないなら、なんだって言うのかしら?」


「っ!こうしてやる!」


 そして僕は薬指に嵌まった婚約指輪を力づくで外して、思い切り絨毯の敷かれた床へと投げ捨てた。




「なっ!?貴方!エリック!今すぐ嵌めなさい!そうしたら許してあげるから!貴方、私が婚約者で嬉しいって言っていたじゃない!」


「言ってたよ。でも……もうこれで終わりだ。僕は、今夜君との婚約を破棄する」


 もう、終わりだ。


彼女の癇癪は気にならなかった。そういうことを乗り越えてこそ婚約というものなのだろうから。でも、ジョンを侮辱するのは、例え相手が国王だろうと絶対許さない。




「そう、そうよ!さっきのは冗談でしたの!そう、ジョークよ!アハ、アハハ。ム、ムキになってますの?」


「君がどう言おうと、僕は婚約を戻すつもりはない。ごめん、アリア。もう、僕たちは終わりだ」


 そう言って僕は服に着いた汚れを軽く払って、ただ一回も振り向かず、扉を開けた。




 ふと、右手に突っかかるような感覚があった。


ナニカに掴まれてるんだろう。でも、僕は。




 何も言わず、それを振り払い、アリアの部屋を後にした。


 そして、そのまま身の着ままで館を出る。


 満月が浮かんだ夜空。

でも、なぜだろう。――心が晴れないのは。








 アリアはただ呆然としていた。


唐突のことで腰を抜かしてしまい、何故こうなったのかをひたすらに思考し、すると気付く。そしてアリアは顔に両手を当て、今更ながらに自身が行ってしまったたことに対しての罪悪感に苛まれる。


「エリック、私、そ、そんなつもりじゃ。ち、ちがうの、エリック。ごめ、ごめんなさい。あ、あ……」


 そして彼女は、もう失ってしまった彼を思い、虚空に対して謝ることしかできなかったのだ。

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