恋愛怪奇譚

ピート

 

一日目


 「亮……あそこにいるの見えるか?」俺はそう言うと、目立たないように公園のベンチを指さした。

「またか?」亮は小さくそう呟くと、指差された場所に目をやる。

どうやら見えてないようだ。

「やっぱりそうか。関わると面倒だ、帰ろう」俺はいわゆる霊感体質というヤツらしい。そういった類のモノは、今までウンザリするぐらい見てきた。

「何にもない……」

「そうか、じゃ行こうぜ」

「ハズだったんだけど……見える。制服着た娘がいる。」

「な、なんだと?冗談なら、この場で殴るぞ」が……亮の目は笑っていない。

「あの制服は桜花女子のだ」

「お前、制服で学校までわかるのかよ」呆れ顔で呟く。

「なぁ、零一?」

「なんだよ?関わらないぞ、俺は」

「その……彼女と……恋愛は成り立つのかなぁ?」

「は、はいぃ?ま、まさか、お前?ほ、惚れたのか?」冗談だろ?

「みたいだ、電気が走ったような感覚だ」

「現実を見ろ。それはびっくりしただけだ」そう言い終わらないうちに、亮は手を振りながら彼女に近付いた。

「お姉さん、一目惚れしました。名前を教えてもらえませんか?僕は緑陰の二年、藤川亮っていいます。」く、くどいてやがる。

「あの、もしかしてナンパですか?私、人を待ってるんです……他の人にした方がいいですよ」生真面目に幽霊がこたえる。

「邪魔にならないなら、一緒に待ってます」引き下がらない亮。

「別に構わないですよ。あ、私は桜花女子二年の松田京香といいます。藤川君よろしくね」そう言うと彼女はニッコリ微笑んだ、あまりにも幽霊のイメージとは程遠い、まぶしい笑顔だ。しかし、警戒心ないのか……?

「こちらこそ、よろしく」嬉しそうに答えると、亮は俺を指指してつづけた。

「あ、あそこにいるのは幼なじみの芦屋零一、放っておいていいからね」いきなり邪魔者扱いかよ。

「おい、亮!ちょっとこい」引きずるようにベンチから亮を引き離すと耳元でささやいた。

「自分がしてる事、わかってるのか?」

「当たり前だ、目の前に理想の可愛い女性がいる、仲良くなりたいと思うのが当然だろ?」さも当たり前、といったように亮はこたえた。

「そうか。じゃ、俺は帰るけど……気ぃつけろよ」俺はそう言うと公園を出た。

あのバカ……気になりはするが。……今日は放っておいてみるか。大丈夫だよな……たぶん。



二日目

 「亮、大丈夫だったか?」登校してきた亮を見かけて俺は声をかけた。

「大丈夫?何がだ?」本人は昨日の事など何とも思っていないようだ。

「生気を吸われたりは……してないようだな」亮の顔色を見るかぎり元気そうだ。

「セイキを吸う?」顔を赤面させて亮がつづける。

「朝っぱらから、なんて事言うんだ。京ちゃんはそんな娘じゃないぞ!」

「!?京ちゃん?」

「そうだよ、まさに俺の理想の女性だ。初対面なのに、あんなに打ち解けてくれて……」

思い出したのか、顔がゆるんでやがる。

「本気なのか?亮?」

「当たり前だ!俺の方に振り向いてもらうんだ」

「誰か待ってたじゃねえかよ、好きな男いるんだろ?」

「あぁ。京ちゃん待ち続けてるんだってよ」寂そうに亮が呟く。

「相手はわかるのかよ?」

「話から、見当はなんとなくついてる」

「そんな事まで聞いたのかよ?」亮、どういうつもりなんだ?

「いろんな事を話したよ。遅いから帰るって、昨日は別れたんだ」彼女の気持ちを思い出したのか、亮の表情が暗くなる。

「!?帰るって、どこに?」

「家に決まってるだろ?何言ってんだよ。零一、遅刻するぜ、急ごう」そう言うと亮は走りだした。

ま、まさか?あいつ……。

「待てよ!」後を追うように教室へと急いだ。



 「亮、彼女の状況わかってるか?」まさかとは思うが……。

「好きな男を待ってる。俺の入り込む余地なしだ……。でもな、あんなに待たすようなヤツに、京ちゃんを渡したくない」亮は何かを決心したようだった。

こいつ、やっぱり……。

「なぁ、亮」

「一人で京ちゃん待ってるだろうから、俺、行くよ。」言いかけた言葉をさえぎると亮は教室を飛び出していった。

わかってるのか、亮?結ばれる事はないんだぞ?



 気になって公園に見に行くと、昨日と同じように亮と彼女がベンチにならんでいた。ただ、昨日と違うのは彼女の表情が明るい事だった。

彼女はどのくらいあそこで待っているんだろう?亮の存在は、孤独をまぎらわせてるだけじゃないのか?このままじゃ、闇に落ちるのも時間の問題だ…干渉したくないが、このままじゃ、亮も闇に巻き込まれるだけだな…。

声をかける事なく、俺は桜花女子に向う事にした。確か、松田京香だったよな。

 あいつに貸しは作りたくないが…深くため息をつくと、零一は走りだした。




 桜花女子まで来ると零一は携帯をとりだし、電話をかけた。3コールで相手はでた。

「ゼロイチ、久しぶりじゃない」

「レイイチだ。その呼び方はやめろ」

「用事があるんじゃないの?ゼロイチ?」意地悪く相手は続ける。

「ゼロイチからの電話……急な用事だよね、それも会わないと無理って事でしょ?」

「近くまで来てる。桜花の学生名簿を覗きたいんだ……」

「おぉ、とうとうゼロイチも恋する年になったみたいね」茶化すように笑う。

うん?声、近くないか?

「そんなんじゃないよ」背後に気配を感じて、零一は振り向いた。そこには電話の相手が残念そうな顔で立っていた。

「久々の姉弟の再会だったのにねぇ、抱き締めれないなんて、お姉さん、ガッカリだわ」

一回り年の離れた姉の香織が、零一は苦手だった…。

しかし、桜花で職員をしている姉の力が、今の状況を変化させるためには、どうしても必要だった。

 零一は昨日の事、そして亮の事を香織に話した。零一の特異体質を、誰より理解している香織は、零一を助手席に座らせるとすぐに自宅へと向った。




 「本当はまずいんだけどねぇ……」少し困った顔をしながらパソコンの前に香織は座った。

「まぁ、可愛い弟の頼みだしね。亮も恋する年頃……か」そうつぶやくとマウスとキーボードを操りはじめた。

姉さん、サンキュ。

零一は部屋を見回す、ずいぶん前に来た時とほとんど変わってない。

「姉さん、巧さんとは続いてるの?」

「巧?あいかわらずよ、今はペルーじゃないかしら……」画面にむかったまま香織がこたえる。

巧さんは、姉さんが学生の頃から付き合ってる恋人だ。考古学の研究をしているらしいが、詳しくは俺も知らない。

「結婚しないの?」

「!?どうしたのよ、急に?」振り返ると、まじまじと零一の顔を見つめる。

「ふと思っただけだよ」

「惚れた女はいないのに、興味は持ちだしたか?」微笑むとこうつづけた。

「離れててもね、あたしと巧は繋がってるのよ。結婚なんてのはね、契約なのよ。たかだか、紙切れ一枚出す、出さないで気持ちに変化は起きないわ」

「でも、心配じゃないの?」

「興味津々ね」ニンマリと微笑む。弟の成長を喜んでるようだ。

「離れてる間に、いい女になるのよ。周りが放っておかないぐらいの、とびきりのいい女にね。巧は海外から帰ってくるたび、一段といい男になって帰ってくるわよ」少し照れたように笑うとパソコンの操作を再開した。

そんなもんなのかな…・・・亮はどうするんだろう?あいつ、わかってるのかな?


 「ねぇ、松田京香って言うのよね?」困惑げに訊ねる。

「そうだよ、本人が言ってた。桜花女子の二年だって」

「過去二十年の生徒を検索かけたけど、存在しないわよ。これ以上昔になると、判明しても情報が手に入らない。他にはないの?」

「亮が待ってる相手の見当がつくって言ってたけど……」

あ!何で話を聞いただけで相手の見当がつくんだ?

「姉さん……」

「卒業生じゃないって事ね」再びパソコンの操作がはじまる。

「どう?」

「三年前の在校者名簿にいたわ。ただ……」

「生きてないんだね……」

やっぱり、結ばれないのか。

「えぇ。生きていれば当時二年生ね……」残念そうにつぶやく。

「クラスメイトだった娘に話を聞いておくわ。夕飯ぐらい食べてきなさいよ。帰りは送っていくわよ」

「ありがと……」

「あんたがそんな顔してちゃ、ダメじゃない。さぁ、支度するから手伝って」二人は気持ちを追い払うようにキッチンにむかった。

俺……何ができるんだろう?



三日目

 「よう、零一どうしたんだ?元気ないやん?」昨日と違い、俺の方が心配されていた。

「亮、彼女……会えたのか?」途切れがちになる言葉。クソッ、なんて言えばいいんだ?

「待ち人か?来なかったよ。……俺は二人でいられるからその方がいいけどな」少し、声のトーンが落ちた。

「亮……彼女な……」

「死んでるんだろ?……知ってるよ」苦しそうにつぶやく。

「な!?なんで?」

「京ちゃんに聞いたよ。そもそも最初にお前が見えるか?って聞いてきたしな……」亮の声が震える。

「わかってて、なんで?」

「好きになるのにに理由なんかないだろ?好きな女の子を幸せにしたい、笑っててほしい。普通だろ?」押し殺すような声だ、涙があふれるのをこらえてるのが零一にもわかる。

「亮……俺にできる事あるかな…」

「馬鹿野郎……好きな子は、自分で幸せにするんだよ。今日、相手の男を連れていくんだ」

「わかったのかよ?」

「当たり前だろ?たった二日でも、真剣に想ってる相手の気持ちならわかる」

「でも、未練がなくなれば……」

「会えないんだろ?お前と付き合って何年になる?このままじゃ京ちゃん、闇に落ちるんだろ?お前から、そういう話は何回も聞いてるからな。……わかるさ」

「いいのか?惚会えなくなるんだぞ?」

「待てばいいだけだよ……生まれ変わるんだろ?いい男になって、今度は振り向かせる」そう言うと、亮は天を仰いだ。

「亮……」

何も言えないじゃんかよ。俺が誰かを好きになった時……今の亮の気持ちがわかるんだろうか?

「じゃぁ、行ってくるよ。相手を捕まえないとな」何かを決意した顔だ。

「亮、お前、学校は?」

「これ以上、京ちゃん待たせたくないからな。サボリだ」そう言うと、亮は駅へ走っていった。





その後


 その後、何があったのか俺は知らない……亮に聞く事もできない。ただ彼女の姿を、あの公園で見る事はなかった。

ただ、あの一件以来、男の俺がみても、亮は格好良くなった。……大きな成長をしたみたいだ。恋は、こんなにも人を成長させるものなんだろうか?あいかわらず興味だけで、対象を持たない俺には、まだその答えはわからない……。


 「零一、何呆けてるんだよ」ベンチを見つめていた俺の背中を強く叩く。

「痛っ!やっぱりいないんだな」

「当たり前だろ……」亮の表情が少しくもる。

「ごめん」言うんじゃなかった。

「気にすんなよ。俺は世界に通用する男になるぞ。京ちゃんの生まれ変わり捜し出して、必ず振り向かせる」陰りを振り払うようにそうつぶやくと、亮は歩きはじめた。


 中学を卒業し、俺は高等部へ進学した。亮は、あの日つぶやいた事を果たすように、海外へと留学した。




 亮が旅立って、ずいぶんになるな。あいつは、まだ独身でいる……今日も世界を飛び回っているんだろうな。彼女を捜して……。




 ある日、亮から一通のメールが届いた。添付ファイルを開く。


「見つけた。そして結婚するぜ!」


写真には、幸せに寄り添う二人の姿が写っていた。

その女性は、あの日の彼女と同じように、まぶしい微笑みをうかべていた。




Fin

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恋愛怪奇譚 ピート @peat_wizard

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