CASE 4-3


 「……思い出したか?」


 ジンの白皙の顔は美しいものではなく、こんなにも恐ろしいものだっただろうか?

 イツキはまだ、すべてを思い出すことが出来ない中で、今まで見てきたのはつまり自分の人生の一部だったのだという驚愕の真実に囚われていた。

 

「おやおや、まだ思い出せないのか? 違うな。思い出したくないんだな? ならば、順を追って話してやろう。はっきりと思い出せるようにな。

 妻が事故で亡くなり、それを恨んだ息子がその男の子供を殺し、罪の重さに自ら望んで呪い殺された後、娘は自身の置かれた立場の辛さから自殺した。

 さて、どうだろう? これでそろそろお前のを思い出したかな?」


「願い……?」


 ジンはわざとらしく驚いた表情をつくって肩を竦めるとイツキを見た。

 そしてジンは片方の手をイツキの目の前に翳し、小指から順に指折り数えて見せるのだ。あの時言ってたじゃないか、と。


 まずはひとつ目、大切なもの奪っておいて、そいつにも大切なものがあるのが悔しいと思う息子の気持ちも良く分かる。相手にも同じ思いをさせてやりたいのは自分も同じ気持ちだと。

 次に二つ目、息子が人殺しになって少年院に入ると、こんなことになるなら自分が息子を殺しておけば良かったと言ってたな。

 最後に三つ目、娘があんなに酷い目に遭うのなら、いっそなかったことに出来れば苦しまないんじゃないのかってことも言ったな。


「ほら、ごらん。お前の願いだよ」

 

 相手に復讐し、息子を罰し、娘を消した。

 その願いを叶えたまでだ。

 順序は違ったがな。だろう?


 ジンがイツキの顔をじっと覗き込み、やおらその顎を、数え残った長く白い人差し指で掬い上げた。

 恐ろしい顔が間近に迫る。

 目を逸らすことが出来ない。

 ジンの瞳に映る自分の姿が見えたと思ったその時、ふうっと顔に息を吹きかけられる。びくり、と身体を動かしたイツキに、にやりとジンは笑った。

 我を失くしたイツキは、ジンの手を勢いよく払う。


「違う、違う、ちがうちがうちがう、違う!! 違う!!!」


 頭を掻きむしり、地団駄を踏む。

 思い出した。

 全部、思い出した。

 だが……。

 

「違う!! 誰にも苦しんで欲しくなかっただけなんだ!

 そりゃあ、相手は憎いさ。

 だけど、だけど違う! 

 こんなの!!

 葉子には、新には、明日菜には、幸せでいて欲しかった。特別な素晴らしい幸せで無くても良いんだ。難しいけれど、ただ当たり前に平凡な幸せで良いから……。

 いっそのこと葉子の替わりに、自分が……自分が……」



 そうだな。

 お前は、はじめからそう願えば良かったんだよ。

 とな。



「……え?」


 乱れた髪のまま顔を上げ、その髪の隙間を縫うようにしてイツキはジンの顔を見る。

 澄ました顔をしたジンは、目を細め小首を傾げて言った。


「世界の『ことわり』の話を覚えているか?」

 この世のルールは絶対……。


 だがルールさえ守れば、この世はどんなこじつけだって受け入れる。

 つまりは、それらは詭弁が罷り通るということだ。


 

 それでは、最初からやり直すとしよう。


 ジンの言葉が終わる前に、突如としてイツキは光の塊に襲われた――。








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